ピカソは嗤わない


「上手いな…」
夕日色に染まる教室で絵を描いていたら突然声が振ってきて、名前は慌てて顔を上げた。するととっくに帰ったとばかり思っていた金城が上から見ているではないか。


金城とは3年にあがって初めて同じクラスになり、席が前後なのでよく話すのだがなんとなく気まずくて、名前は吃驚したと言いながらさりげなくノートに描いていた絵を手で隠す。

「なんで隠すんだ?」
「下手、だから…」
「そうなのか?俺からみれば十分に上手いと思うが…」

手で隠した絵になおも視線をやったまま、名前の予想と反し彼は前の席、つまりは自分の椅子を引き出し名前の机にくっつけて向かい合うように座るものだから名前はえ…と思わず声を漏らす。

「あの、帰らないの?」
「俺は後輩に渡す練習記入用のノートを取りに来ただけだから時間はある。…邪魔なら直ぐに行くが?」
「邪魔じゃないよ!?」

慌てて返事したおかげで声がひっくり返っておかしな声になってしまった。しかし本当に邪魔なんかじゃない。ただ鮮麗すぎて一緒に居るのに気後れしてしまうだけ。

今年、インターハイで長年王者を守り続けていた箱根学園から王座を取った総北自転車競技部。優勝に導いたのは確かに1年生の小野田という子かもしれないが、あのチームワークがあってのものだった。そしてそのチームワークを作ったのは紛れもなく主将を務めた彼だと名前は思っていた。



月とスッポン。
地味でクラスでは目立たず、美術部に所属していたくせに一度も大きな賞を取れなかった彼女にとって金城真護という人間は眩しすぎる存在だった。



「せっかく見てもらっても私は他の人たちみたいに綺麗な絵を描けないから…」
「綺麗に描くことがさほど大事な事なのか?」

今日の彼は珍しく質問が多いな、と思いつつ名前はうーんと言葉を探す。

「綺麗じゃないと賞は貰えないし評価も低いから」
「一般論ではそうだろうがそれを枠で当て嵌めない奴もいる。小野田のようにな」
「小野田?インハイで一位になった子のこと?」

「あぁ。小野田がロードレースを始めたのはココに入学してからだ。」
「うそ…!?」

インターハイという選ばれた場所で一位をとった子が!?
とても信じられなかった。

「好きだからこそ、だろう」
驚きの顔をする名前に金城が優しく目を細めグラウンドのほうへ視線をやった。つつられて同じ方向を見ると自転車競技部員たちが練習のためか峰ヶ山へロードバイクを走らせる姿が見えた。

「……長々と悪かった。そろそろ行く」
「あ、ううん。ありがとう。また明日ね」
「あぁ」

椅子を直し、教室を出ようとした所で金城は立ち止まり振り返った。

「苗字、少なくとも俺は枠に嵌めたりはしない。俺はお前の絵は好きだ」

そう言い残し今度こそ教室を出た金城に名前はゴン!と勢いよく机に突っ伏して大きく長い息を吐く。
顔は真っ赤で誰もいないのに口元を覆い照れているのを隠そうとする。

(吃驚、した…)
『少なくとも俺は枠に嵌めたりはしない。俺はお前の絵は好きだ』


ふわふわとした気持ちのまま携帯を弄って写真フォルダから友人に貰ったインハイのときの写真を出してその中から金城が写っているものを探した。

(よろこんで、貰えるといいけど…)

嬉しくて心が温かい。
この気持ちをどう言い表せばいいか分からない。
だから…。

名前は鉛筆を取りノートのページを一枚捲ると白紙の紙に線を描きだした。



写真に写る金城の真剣なまなざし。その先にあるのは勝利。そして…。

再執筆(20160409)
初執筆(20150624)


- 2 -

*前次#


ページ:



ALICE+