タイトルなし
「あれ?靖友?!珍しいねいつこっちに帰ってきたの?」
「今日の昼過ぎ」
午後16時。
部屋から名前が帰宅する姿が見えた荒北は名前が玄関の階段を上がりきるタイミングを見計らい外に出た。案の定、自分の存在に気づき双方の家の敷地を分ける垣根のそばまで走って来た名前にわざと気怠そうな態度で返事を返す。
「…また身長伸びてない?」
「ンなゴロゴロデカくなるわけねェだろ!つーかなんで日曜に制服着てんのォ?」
「部活!全国大会も近いからね!」
そう胸を張りながら名前は大事そうに鞄から少しだけはみ出たフルートケースを荒北に見せる。確かにこうして見れば身長も変わったがお互いに色々と変わってしまったと思う。
忘れもしない中学2年のとき、肘を故障し野球を諦めざるを得なくなったことを理由に地元から少し離れた箱根学園に進学を決めた荒北。一方の名前は地元の公立高校に通っている。
あのころはとにかく離れたい一心で箱根学園を選んだのだが、今となってはこの学校に進んでよかったと心から思っている。しかし問題が一つ。名前の身辺がわからないこと。
『男いンの?』
本人に聞いてもし居る、と言われたらショックがデカすぎる。それでも聞かずには居られなくて、彼女と同じ高校に通う友人にメールで探りを入れる日々。
(結果、彼女はまだ誰とも付き合ったことはないらしい。)
だが今度こそと荒北は心に決めて今回、休みを利用し帰省した。
「…今から暇ァ?」
「暇といえば暇かな。どうかした?」
「散歩に付き合えよ」
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「いやぁ〜、見事な夕焼けですなぁ〜」
「親父臭ェ…」
「酷っ!靖友それは酷い!!」
近所の河原を歩きながら名前が荒北を指差す。そのポーズが同じ学校のある人物を連想させ気分が悪くなり、人差し指を手ではたく。
「人を指差してんじゃねェーよ、バァカ」
「だって……そ、そろそろ戻ろうか!?」
「あー?なんで?」
「なんでって、その…」
急に歩みを止め引き返そうと言い出す名前に荒北は怪訝そうに眉を寄せた。
焦る名前の思いをあざ笑うかのように河原下、河川敷からカキーンと金属製の音が響く。高く高く打ち上げられたボールはこれまた運の悪い事に荒北の足元に転がり停止した。
この河原下は河川敷公園。その一角は大きなグラウンドになっていて地元の少年野球チームが練習しているのだ。
「ナルホドねぇー」
「……、」
ボールに視線を落とした荒北のどこか棘のある物言いに名前は俯き息を止める。
「すいません!怪我ないですか?!」
「ねェよ。ホラ、気ィつけロ」
「ありがとうございます!!」
打ちあがったボールを追って土手を上がって来た少年に荒北がボールを投げてやると少年は嬉しそうに帽子を脱いで頭を下げたあと勢いよく土手を駆け戻って行く。
普通に見るなら何の変哲もない光景だが、荒北は別。
驚きで固まっている名前に荒北は小さくため息を吐いた。
「何ボーッとしてんだ。さっさと行くぞ」
「う、うん!…その、靖友…変わったね」
「はぁ?!何がァ!?」
「肘を故障して野球ができなくなってから荒れたでしょ?高校も遠くに行っちゃうし…。向こうでなにがあったかは知らないけど今は自転車部で活躍してるって聞いたよ」
そう口にされ荒北は少し渋い顔をして、名前も視線を下に落とす。中学2年3年。それは双方にとって苦い記憶でしかない。
肘を故障してから一週間、荒北は部屋に引きこもった。
家族とも会話をしない。ただ一日が終わるのをひとり部屋で待つ。そんな姿を見兼ねて彼の部屋にやって来た名前はクシャリと顔を歪めた。
『…靖友、リハビリやんないの?』
『やったってどーせ野球は出来ないって言われた』
『そんなの、やってみないと分からないじゃん!』
『ッルセーヨ!!お前に俺のなにが解かンだよヨ!!!』
直撃しないようにはしたのだろうが、ベッドで布団に包まっていた荒北が手元のクッションを名前の足元に投げつける。
大切なものを奪われた。
喪失感、虚無感。
やり場のない感情を周囲、とくに名前にぶつけてしまっていた。
今となってはすんなりと受け入れられるが、それでももしあのとき故障していなければ…と思わないわけではない。
中学2年から高校3年。4年という歳月はそれでも失ってもなんとかなるもの、ならないものがあると学ぶには十分すぎた。
そして名前と云う存在が後者であると自覚するのにもそこまで時間はかからなかった。
「靖友が靖友に戻ったみたいで、私は嬉しいよ」
物思いにふけていたところに名前が笑う。その顔が僅かに赤く見えたのは夕日のせいだろうか。
言うなら今だろう。
一拍置いて荒北が口を開いた。
「―――――名前、」
「だぁーかぁーらぁー…」
バシン!!
「っだァ!!」
背中がヒリヒリビリビリ。
平手で思いっきり叩かれた。
「今までの鬱憤はコレでチャラにしてやんヨ!!」
「テ、テメェ…!俺の真似してんじゃネェ!!」
せっかく腹を括った俺の覚悟を打ち砕きやがって!!
全速力で逃げる名前を加減して走り追いかける。
ふたりの青春はまだまだ続くようだ。
再執筆(20160409)
初執筆(20150624)
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