そしてこれから告白をする
彼女の帰宅にぴったり合わせて、食事の支度が完了した。
腕によりをかけたメインディシュはこんがりしっとりと焼き上がっている。香辛料を効かせたスープには旅の食事では足りていないことを見越して野菜をたっぷりいれたし、野営中は野菜に飢えてそこらへんの草さえ食べる彼女のために今日ばかりは葉物ばかりのサラダも用意した。今日は格式高いフルコースではないから、オードブルも彼女の好きなものばかりの「なんでもあり」のひと皿をつくった。最近お気に入りのブーランジェリーで買ったバケットはあたたかく、リストランテで出しているのと同じバターがとろりと黄金色にとけるだろう。やわらかい実を潰さないように煮込んだクラボのコンフィチュールは明日の朝に出そうかとも思ったが、冷蔵庫にあると知れば食べたがるに違いない。
真新しいテーブルクロスを広げ、磨き上げた食器を並べ、暖かいものは温かいままに、冷たいものへ冷たいままになるように時間配分には殊更気を使った。いつもは料理に合わせてバトルを構成することが求められるが、目的の時間に合わせて料理を用意し並べることだってズミの手にかかれば、何の造作もないことだった。文句のつけようがないほど完璧にセッティングしたところでドアベルが鳴り、自ら迎えに出た。
支度が間に合わない時はガメノデスが手足を器用に使ってドアを開けるので、ドアを開けてズミの顔を見た名前はまず「あれ、今日はズミさんなんですね。めずらしく」と目を丸くした。
「それより先に言う言葉があるんじゃないですか」
「あっ!ただいま、ズミさん」
「……おかえりなさい」
「あは、ズミさん眉間そんなに力入れてると皺になっちゃいますよ」
能天気な名前の顔を見ると、自分があれこれ考えているのが、ばからしくなってくる。ズミはため息をついた。
「そうだこれ、お土産です」
「ありがとうございます」
「綺麗でしょう?洞窟で張り込み中にちっちゃい鉱石を集めておいて、磨いたんですよ。まあ今回は出現待ちが長くて長くて!そうしたらガブリアスが穴を開けてくれたのでノースサイドの工房に預けてブレスレットにしてもらいました!」
「……どうぞお気遣いなく」
名前がポケットから出したのは、青やら水色やらのきらきら光る石を繋げたブレスレットだった。包み紙も箱もないのは「ちょうどさっき仕上がったので受け取りながら帰ってきた」からだという。
「……ズミさんはお仕事の時にこういうのは付けないからどうかなと思ったんですが、とても綺麗だったので似合うと思って」
「……そうですか」
褒めて!!喜んで!!と顔全体を期待の表情に染めた名前がズミと生まれがほんの数ヶ月しか変わらないとわかっていても未だに信じがたい。表情の多くを(不本意ながら)不機嫌だと読み取られがちのズミにとっては、名前の表情の豊かさはかつては羨ましくさえあった。絶対口にはしないが。
「ズミさんはほんっとーに天才ですね……」
名前はメインにたっぷりオレンのソースを絡めて、その複雑な味を堪能した。
「しばらくカンヅメばっかりだったので……肉汁がたまらん……」
「いい加減装備を見直したらどうですか」
「張り込み中にご飯にかまけて奇跡の1枚を逃すわけにはいかないので……んん……んま……」
名前は、ポケモンを専門にするカメラマンをしている。初めはカロスの出版社で週刊誌に乗せるポケモンのスナップを撮っていたが、湿地帯で生活するヌメラの群れを追っていた時の1本の映像をきっかけにポケモンスナップの仕事を辞めた。
彼女が撮影した、ヌメイルの進化やツノのレーダーを使って生活する映像は、長年「自然界におけるヌメイルのレーダー有効範囲」というニッチな研究をしていた研究者にたいそう喜ばれたらしい。このことをきっかけに出版社を辞めて、今では研究所所属のニッチな需要に応えるカメラマンとして世界中の研究者から引っ張りオクタンだ。ポケモンスナップを取ることは趣味として続けているようだが。
そんなわけで名前はカロスさえも飛び出してあちこち駆け回る生活をしている。あまりに自由なので連絡を取り合うことさえ難しく、テレパシーの特性を持つムシャーナの方が出現の条件が判明しつつある昨今、遭遇することは容易いのではないかとさえ思う。出現条件が絞られつつあるのも名前のようなトレーナーの調査によるものだとは理解してはいるのだが。
「ただでさえおいしいズミさんの料理が飢えた後だと一層おいしく感じられるので、野営も悪くないですよ」
「……このズミの料理を、あたためもしないカンヅメと草と比べて評価するのはあなたくらいですよ」
「うえっすみません……」
「悪いと思うなら、明日はパティスリー巡りに付き合ってください」
「ええっ!ズミさん明日お休みなんですか!」
「あなたが帰ってくるので休みを取りました」
「ううっ……気遣いができない恋人で申し訳ありません……」
うっとりとした表情で食事を楽しんでいた名前がフォークもナイフも下ろして、ゼニガメより顔を青くしたので、ズミは顔をしかめた。せっかくの食事がそんなどうでもいいことで中断されたのがまったくもって気にくわない。
「私の言い方が悪かったようですね」
「うっ……お仕事終わりなのにこんなに美味しい料理作ってくれたのに、私ときたら……」
「うじうじするのはやめなさい。いいですか、私があなたと過ごしたいが為に、休みを取りました。あなたの喜ぶ顔が見たいという理由で仕事を早退して夕食の支度を優先し、そして先日見つけたパティスリーにあなたと行きたいのでそれにも付き合わせます。だから、あなたがそんな顔をする必要はありません」
「ず、ズミさん……私ちょっと驚きすぎて理解が追いつきません」
「何も心配することはない。理解するまで何度でも説明するだけのこと」
「ひぃえ」
「あなたは、私たちの関係があなたの一方的な感情で成り立っているのではないということをそろそろ受け入れるべきです」
「ず、ズミさん……」
「何ですか」
言いたいことを言ってすっきりしたズミは料理に合わせて出したワインをひとくち含んで気持ちを落ち着かせた。お互い酒には強い方だし、酔うほど飲んではいなかった。なのにワイングラスを手放して名前の顔を見ると、先程の青ざめた顔色が嘘のように赤い。これではゼニガメというよりギャラドスだ、と先程までの考えを改めた。そんなことはさしたる意味を持たないのだが、そう思うくらいにはいい年した名前が照れているのは不思議な感覚だった。
「ず、ズミさん、おいしいごはんをありがとう……」
「……好きでやっていることですから」
「ズミさんの、そういう優しいところ、すきです」
「……知ってます」
顔を真っ赤にした名前が死にそうな顔でそう呻いたのでズミは珍しくときめいてしまった。掠れた声でたいしたことはない風に返事をするのがやっとで、テーブルの上の料理が冷めてしまうというのに2人はそうして暫く見つめあった。
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