御手洗翔太とSF

>>ジュピターの日記念に作った折本の再録です
>>この話がここにつながります

ファッション誌の撮影を終えて少し離れた駐車場までの帰り道、翔太と私はその日に翔太が着せられていたブランドのお兄さん向けのラインがかっこいいという話で盛り上がっていた。男の人の服は女の人のそれほど系統が複雑でないため、いざ望みの系統を探そうとするとその手の服が全く見つからないという事態に事務所のアイドル達もしばしば陥る。
 着たい服がない!というアイドルたちの訴えを聞き、その都度妥協するなり新規開拓するなりといった対処法を散々取ってきたので、そこに素敵な服があったのならば──たとえ今は着れなくても──唾をつけておくに限る。翔太も北斗や冬馬をはじめとする周りのお兄さんたちが成長とともに着たい服・着るべき服に悩んだことをよく知っているので、そのあたりの調査には余念がない。

「でも……僕は最低181センチにはなるつもりだけど、そうじゃなかったらここは難しいと思うんだよね。サイズは小さいのがあってもモデルのイメージには合わないし……」
「えっ」
「え、何」
「私、翔太は185センチくらいになると信じて疑わなかったよ……」
翔太は足元の小石を蹴ってうつむいた。一方の私は天気予報を確認して上を向く。レーダーの雨雲が近いしそろそろ降りそうだ。

「ほんとに?僕もそう思ってるんだけど、万が一ってことがあるでしょ」
「いやでも私には見えるよ……身長180センチ越え、すらっと長い脚、イケメンに育った翔太が……」
「それってプロデューサーさんの勘?」
「ふふん、どうでしょう」
「あ、その顔は外れるヤツじゃない?」
「なにおう」
「さーて事務所に戻ったら牛乳飲もうっと!」
翔太がさっさと歩きだしたので私も慌てて大股で追いかける。翔太の悔しそうな声が聞こえたけど、気にせずさっさと追い越して、額に雨粒が落ちた。ハイヒールがカツンカツンと地面を叩いて、こういうことをするから踵が減るとはわかっているけど気分がいいのでやめられない。

「翔太!降ってきちゃった!駐車場まで走ろう!」
「もープロデューサーさんがもたもたしてるから!」
「わ、私?いいからぐちゃぐちゃ言ってないで走る!」
振り返ると両肩にカバン──仕事用と学校用だ──をかけた翔太が騒いだ。屈んで靴紐を結び直している。私もカバンに資料に、荷物が多いので2人してもたもたと走る。社用車に置いているタオル、最後に補充したのはいつだっけ。残り少なくなると使った人が補充してくれるのに甘えてしまって、今日の車に入っているかもわからない。困った。

「翔太!早く!」
急に雨脚が強くなって、これはゲリラ的な降り方になりそうだ。私は早く車に戻りたいのと可愛いアイドルを置いてはいけないのでじれったくなって、大きい声で翔太を呼んだ。いつもの元気な返事が聞こえなくて振り返る。

「……翔太?」
この短い時間で走るのも馬鹿らしくなるくらいにびしょ濡れになった。張り付く前髪をかき上げる。先ほどまで靴紐を結ぼうとしゃがんでいたはずの可愛いアイドルの姿は見えなくて、背筋が凍った。翔太は、どこだ。代わりに知らない指先がスーツの裾を引いた。

「プロデューサーさん、もたもたしないで」
「え?」
「早く、このままだと僕たち風邪ひいちゃうってば」
「えっ……」
「もう、プロデューサーさんしっかりしてよ」
私のことをプロデューサーと呼ぶ、事務所のアイドルの誰でもなかった。なのにすごく、見覚えがある。私と同じくびしょ濡れになった男は私の肩にかかった荷物を無理やり奪って、私の腕を掴んで走り出す。身長も足の長さも違うから足がもつれる。駐車場を目前にして私は転ばないよう必死になって走った。

「待って、翔太が!翔太が、いないの!」
「……プロデューサーさん」
「ご、ごめんなさい。私……翔太を探さなくちゃ……だから、手を離して!」
「プロデューサーさん、本当にわかってないの?」
駐車場の屋根に雨がぶつかってうるさい。翔太はどこに行ってしまったんだろう。誘拐されていたら、事故に遭っていたらどうしよう。雨の中飛び出そうとする私を知らない男が引き止めた。

「プロデューサーさん、僕だよ。かわいい担当アイドルのこと忘れちゃったの?」
「えっ」
びしょ濡れの男が額に張り付いた前髪をかき上げる。あ、と声が漏れた。前髪に隠れていた顔は翔太が大人になったらこういう風になるんだろうな、という感じがする。服も、さっきまで話していたブランドのもののように見える。
「翔太……?」
「そうだよ。僕は21歳の御手洗翔太!こんにちは、僕が14歳だったころのプロデューサーさん」
「う、嘘だ……だって、私さっきまで翔太と一緒にいたのに」
「そっか。“こっちのプロデューサーさん”はまだ知らないんだね。14歳の僕と21歳の僕は一回入れ替わったことがあるんだよ」
翔太は口角を上げて14歳の時と何も変わらない笑顔を作って見せた。しかし顔のつくりは私が知っているよりもお兄さんの翔太なので、大人っぽく見えてなんだか落ち着かない。

「14歳の僕のことなら、大丈夫だから気にしないで。しばらくして満足したら帰ってくるよ」
「でも、一人でいたらどうしよう……きっと急に知らないところに行って不安じゃないかな」
「未来のプロデューサーさんと一緒にいるよ。プロデューサーさんのこと、独り占めして満喫してる」
「未来の私」
「そう。未来のプロデューサーさんと」
未来の翔太がいるのだから、未来の私がいてもなんらおかしくないのだが、あまりに信じられない話だったので未来の私の存在なんて頭からすっかり抜けていた。未来の私は、びしょ濡れの翔太と出会ったら──しかも過去に21歳の翔太がやってきたことを知っているのなら──きっとタオルを渡してそれから帰れるまでの面倒を見る。

「ねえ、あっちの僕は多分平気だけどこっちの僕たちの方が風邪ひいちゃうよ」
「あ、そうだ車にタオルが……」
後部座席に上半身を突っ込んでタオルの入った紙袋を探すも、思ったところにそれはなかった。補充のために誰かが持ち出したのかもしれない。

「あった?」
「ごめん、ないみたい……」
「そっか、しょうがないね」
「ごめんね……」
「ううん、でもこのままだと風邪ひいちゃうから移動しよう」
振り向くと思ったより近い位置に翔太の顔があってたじろいだ。なぜか私を追って車内に上半身を突っ込んでいる翔太もちょっと驚いた顔をしている。

あっさり身を引いた翔太が僕今免許証持ってないからプロデューサーさんが運転してねと軽く言って迷わず助手席に座った。私は普段アイドルを助手席に乗せないようにしてるのでちょっと!と声をかけると翔太はにっこり笑った。
「いいでしょ、今日くらい。誰も僕が未来の御手洗翔太だなんて思わないよ」

2人ともびしょ濡れのまま座席が濡れることを気にしないで座った。もうどうにでもなれ、という気持ちとこのまま事務所に戻ったらみんなが混乱するんじゃかいか、という気持ちでなかなか発信できない。
「えっと、翔太……」
「ねえプロデューサーさん、ホテル行こうよ」
「翔太!?」
「やだなあ、プロデューサーさんは向こうの僕に夢見てるみたいだからどうかは言わないでおくけど、僕21歳だよ?それくらい知ってるって」
「え、え、えっ……」
「お風呂もあるしタオルもあるよ。服干してる間にちょっと話さない」
「でも、その……」
「誰もわかんないよ。だってプロデューサーさんでさえすぐにわからなかったでしょ、僕が誰なのか」
「ええっ」
「ね、それ以上にいい案思いつかないでしょ?」
「……うう」
「はい決まり!それではしゅっぱーつ」
元気よく翔太はそう言ってシートベルトを締めて、カーナビを弄りだした。私はやっぱりもっといい方法があるんじゃないかとか一応大事なアイドルなのに……とかずるずる考えながらシートベルトを締めて、メールを打った。
「プロデューサーさん、直帰ね!」
「はあい……」
機嫌よく目的地を設定し終えた翔太がのろのろとメールを打つ私を促した。こういう機嫌の良い笑顔は、顔の作りが変わってもかわいいままだなと私はちょっとだけ安心した。

*前次#

TOP