俺を見て、離さないで

>>ちょっとヤンデレ気味の北斗なので苦手な人は逃げて


アパートの前に真っ赤なスポーツカーが停まっている。見るからに高級なそれは、私の住んでいる駅から徒歩10分の1Kには似つかわしくなく、離れたところから見てもめちゃくちゃ目立っていた。

うわ、北斗じゃん……あまり視力に自信がない私でもはっきりわかるそれに、とりあえずスマホの通知を見て、それからカレンダーにとんだ。最後にあったのは先月の頭、それ以来ラインのやり取りは数回しているけど、私が既読をつけてスルーして終わっている。だって、私も忙しかったし、北斗もドラマの撮影だの宣伝だので忙しそうだったから、悪いと思って……

「久しぶりだね。ちょっとドライブしない?」
「わかった」
近寄ると静かに窓が下りて、北斗の顔が見えたので私はおとなしく観念した。

北斗がじゃあ乗って、と促したので私は迷わず助手席に乗り込んだ。北斗の愛車は左ハンドルなので、駐車券を取るときなんかに私が後部座席に座っていると、ギリギリまで前に出なくちゃいけなくなる。以前にそれをやった時は私が腕を限界まで伸ばすはめになり、ふたりで大爆笑した。冷静になって考えると、私があの時降りて駐車券を取ればよかったんだけど。

「首都高乗ってもいい?」
「いいよ……」
これは長くなるやつだな、と思って私は覚悟を決めてシートベルトを締めた。免許はもっぱら身分証として活躍している私と違って、北斗はドライブがけっこう好きだ。最後に乗ったのはいつだっけ、遅くまで飲んでて迎えにきてもらった時な気がする。楽しくなってあちこちに電話をかけた後、迎えの赤い車と表情の少ない北斗を見たとたんに酔いは一瞬で醒めた。しかも、あの晩はあまりにひどすぎると北斗にねちねち説教をされた挙句、スマホを没収されたのだった。思い出したくなかったな……

「し、仕事どう?」
「まずまずかな。そうだ、来月名前ちゃんが読んでる雑誌にのるけど、献本でよければ持ってこようか」
「うん……忙しくなければでいいよ」
「そのくらい、忙しくたって行くよ」
インターチェンジの料金所に差し掛かって車はゆっくり減速した。いざ首都高を走り出すと品川ナンバーの真っ赤なスポーツカーなんて目立って仕方なかった。

「名前ちゃんは?忙しい?」
「ぼちぼちかな……」
「そう」
北斗は多分、怒っている。忙しいのを言い訳にしたって別に連絡のひとつも入れられないほどではなかった。ただ、最初のひとことが送れない。今忙しい?って聞けば、北斗はまめだから忙しくなければすぐに返事をくれるし、忙しければ既読がつかない。それで、数時間後には「ごめん。仕事してた」って返事をくれる。私みたいになんとなく返事を送るのに数時間寝かすみたいなことはしない。性格の違いといえばそれまでだけど、私たちの関係は北斗がまめなおかげで続いている。

「来月で付き合って3年になるね」
「……うん」
窓に見える、いつもは下から見上げるビルと視線の高さが同じなのでそれをぼんやり眺めていたら返事が遅れた。そういえば、来月末で3年になる。今年は何をしたらいいんだろう。北斗が欲しがってたものは何かあったっけ。
「俺は何も要らないよ」
「えっ」
「ふふ、何か欲しがってたものあったっけ、って顔してたよ」
「……」
「思いつかなかった?」
「うん……」
「じゃあ今から当ててみて」
私が悩む間にどんどん景色は変わって、ヒントをもらおうと北斗を見たら楽しそうな顔をしてこちらに視線もくれなかった。運転中だからそういうものだけど。

「何も思いつかない?」
「ヒントはないの」
「ヒント?うーん、そうだな……」
何かのCMみたいに様になる横顔を眺めて返事を待った。これで後部座席に大きなバラの花束やブランドものの紙袋なんて置いてあったら完璧に北斗のイメージ通りのCMができる。具体的にイメージできるのは、1年目の記念日にまさに花束と高価なアクセサリーをもらった記憶があるからだ。

「わかった、ヒント1。お金はかかりません」
「うーん……」
「ただ、それに伴う準備のお金はいるかな。そこは俺も出すよ」
「何が食べたいの?」
「手料理?それもいいな」
「違うのか……」
「ふたつめ。名前ちゃんにとっては少し退屈かも」
北斗のその声が少し寂しそうに聞こえたので私はとっさに「そんなことないよ」と言った。
「答え……わかった?」
「いや、わかんないけど……退屈じゃないかもしれないでしょ。北斗がいるんだし」
北斗からの返事はなかった。あれっと思って横顔を見るとまっすぐ進行方向を向いていた。特に混雑しているわけではないし、通り過ぎた電光掲示板に渋滞や事故の情報は無かったと思う。

「嬉しいな。名前ちゃんは俺がいたら、退屈しないんだ」
北斗は本当に嬉しそうに顔を綻ばせ、思ったより幼いその表情に私は動揺した。

「俺はね、名前ちゃんの全てがほしいよ」
北斗からの急な答え合わせに、今度は私が返事出来なかった。私の全て?ぽかんとする私に北斗は至って真面目な顔に戻り「本当にそう思ってるよ」と続けた。

「名前ちゃんに俺の全部をあげられないけど……それでも、名前ちゃんの全部がほしい。自分のからだみたいに名前ちゃんのことを心配したいし、俺の幸せが名前ちゃんの幸せと繋がっていてほしい。名前ちゃんが俺から離れていかないっていう約束が欲しい」
本当に返事のしようがない。黙ったまま、相槌も打てずにいると、「ごめん、わがままだね」と北斗が静かな声で謝った。しかし、言葉は撤回されない。北斗のいう通り、「本当にそう思っている」のだろう。

北斗は冬馬くんと翔太くんの、ジュピターが大好き。ジュピターあってこその北斗。だから、全てをあげられないという言葉の意味はなんとなく察せられる。そこはもう、争おうという気にはならない。

北斗は軽薄そうに見えて、その実すごく重い。今まで付き合ったどの恋人より嫉妬するし、連絡はまめだし、私を束縛したがる。そのくせ、自分のいちばんをしっかり決めている。

「どうしたらずっとそばにいてくれるのか、ずっと考えてるよ」
北斗のことだから、ドライブの後にはおいしいレストランにでも連れてってくれるのだろうかと内心楽しみにしていたけど、そういう雰囲気ではなさそうだった。

「それと、寂しいから電話くらいはしてほしいな」
「考えとく。ちょっとスマホの調子悪いんだよね」
「それは知らなかったな」
「嘘じゃないって!電話かけると雑音がすごくて……」
「新しいのに買い替えたら?」
「もうちょっとしたらね」
それは知らなかったと笑う北斗の声が疑いとからかいの色をふくんでいたので、わたしはムキになって反論したが、北斗は楽しそうな声を上げるだけだった。

しかしわたしの方もそんなに気軽に買い替えられるほどお金に余裕がある生活をしていないので、来月以降のお金のやりくりを考えないと。カードの引き落としはいくらだったと考えると眉間に力がこもるのは避けられない。

「水につけたりとかしてないんだけどな、なんで通話の調子が悪いんだろ」
「んーどうしてだろうね」
北斗の声が白々しく聞こえ、私はどうしてもそれが気になった。北斗、スマホ、水没、電話、北斗、スマホ、北斗、引き落とし、スマホ、北斗……思い当たる言葉を羅列して記憶の糸を辿る。

思い出した、スマホの調子が悪いのは酔っ払った私を北斗が迎えにきたあの日、北斗に一晩預けてからじゃなかっただろうか。もしかして、北斗……途端に車内が寒くなった気がした。

「どうかした?スマホ、今から見に行く?」
「いや、また今度にしようかな……」
背中を冷や汗が伝い、心臓はスポーツカーのエンジン音なんて目じゃないくらい煩く鳴っている。シートベルトを外そうにもここは視界にうつる看板も秒で後ろに流される高速道路、嘘嘘嘘……

「どうしたの?怖い顔して」
「いえ、なんでも……」
なんだか視界がグラグラして乗り物酔いの予感がしてきたので、視線をそらして出来るだけ遠くを見つめる。北斗が「嫌だな、今ごろ気づいたの?」と笑ったのはとりあえず気づかないふりをしておいた。今ごろって、一体いつからだ。


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