クライマックスの始まり

>>ゲームブックと16.5までのネタバレ全開注意

「君は……もしかしてこういうのが得意なの?」
内人がリュックサックの紐を弄りながら僕に尋ねた。内人のリュックはお土産やら要らないものでパンパンに膨らんでいる。成績は平均・女の子にはあまりモテない・たまに驚くような行動をとる、自称普通の中学生の内人のことだから、リュックの中身は僕の想像も及ばない色んなものが入っていることだろう。僕はもうちょっと内人と仲が良かったら、「リュックにそんなにたくさん何入れてんの?ちょっと見せてくれん?」と気軽に聞けたのに、と残念に思った。

「”こういうの”って……?」
僕は出来るだけ純粋そうな声で内人に聞き返す。内人は「えっとなんて言ったらいいかな……」と頭の中身を絞り出すみたいにうんうん唸った。

僕は家庭の事情で先日この中学に転校してきた、転校ばっかりしているよくいる転勤族の子供だ。だから転校自体はなんてことないのだが、今回転校してすぐに修学旅行があるのは流石に堪えた。すでに班も決まっており、転校早々ぼっちで奈良も京都も回るのか……と内心絶望していた僕。しかし女神は裏切らなかった!このクラスの女神・真田女史が「うちの班に入ったら」と声をかけてくれたのだ!その時の健一(僕が見るに、健一は間違いなく真田女史が好き)の悔しそうな顔を見て少々悩んだが、同じ班の内人や創也、堀越さんが賛成してくれたおかげで僕はひとりぼっちで奈良と京都を回る事態を回避できた。ありがとう真田女史!ありがとう!このクラスの女神!ありがとう優しい皆!真田女史の「これで確率が0.8%上がる……」という怖すぎる言葉は聞かなかったことにしたい(0.8%が成功を左右する、何の事態を真田女史は想定していたのか……それについては修学旅行を終えた今もわからないままである)。

しかし始まった修学旅行は内人と創也の知り合いのおじさんおばさん達(今一瞬背筋が凍ったが、これは何だ?)のお遊びに巻き込まれて、行く先々で謎解きをさせられる羽目になった。ゲェッと思わず声が出たが、皆が楽しそうだからそれでいいと思う。何を隠そう、僕は周りの決定に従うタイプだ。そしてその旅の最後には、なんだか不思議な部屋で不思議な絆創膏のおじさんと巡り合ったり、当初の目的通り彼らの知り合いのおじさん……とお姉さん(お姉さんでいいよね?)にお土産を渡す儀式にまで同席する羽目になったりしたのだが、無事に終わったので何も言うまい。

そして今、「お家に帰るまでが修学旅行!」と散々口酸っぱく言われていたのにすっかりそれを忘れていた罰が当たった。内人が学校に英語の課題を忘れた!とか言ってそれに付き合ったのが運の尽き。さっさと帰宅する創也と別れたその学校へ向かう道で、なぜだか仲良くなったはずの内人に問い詰められる事態に陥っている。変な優しさで「僕もついていくよ!」なんて言わずに、大人しく二階堂さんの車で送って貰えばよかったな……

内人は僕の様子を油断なく伺いながら、「こういうの」の言語化に取り組んでいる。余談だが、内人は考える時に口でうんうん唸るタイプだ。
「こういうのっていうのは……なんていうか、謎解きとか、脱出ゲームみたいな……」
「ああ、そういうの……どうだろう、どちらかというと苦手だな。見ただろ、初日の……創也のゴミを見るような目」
「あいつはいつもそうだよ……あんまり気を落とすなよ。君はよくやったよ……」
僕は初日の奈良での暗号を思い出した。はじめての暗号を見事読み違った僕は、法隆寺で暗号を探し回って創也に冷めた視線を向けられたんだ(もちろん法隆寺には探してるヒントはなかった)。内人は落ち込むなよと僕の肩を叩く。

「初日のことはそうだけどさ。でも変だと思ったんだよ。君はやたら……勘が強いじゃないか」
「そう?人並みじゃない」
僕はなんてことないみたいな顔で小石を蹴ったが、内人はそこで立ち止まった。僕は出来るだけ大したことない風を装って、内人ににっこり笑いかけた。

「内人には負けるよ。僕がなんとな〜く持ってたごみやガラクタで、内人が全部解決してくれたもん。さすが”ドラえもん”だね」
「いや、やっぱり変だ!君は、創也に生卵を渡さない、迷いなく傘の柄を選んで、創也のエプロンの縦結びだって……お土産選びも、それに最初の賭けでチョコレートを選んだことだって!変じゃないか、他のものを選んだら、修学旅行が”終わっちゃう”のをわかってたみたいだ。そもそも、君は転校してきてすぐに修学旅行だったのに、奈良と京都に詳しかった!まるで修学旅行に”行ったことがある”みたいだ!」
「内人」
「君は……君は、いったい何だ?」
どうだ!と言わんばかりの表情に反して、内人の目が完全に僕を危ない野生動物を見る目だったので、肩を竦める愉快な仕草で気安さをアピールしてみた。しかしそんな僕にいっそう警戒心を強めたのか、内人はポケットに右手を入れた。あのポケットからは何が出てくるんだろう?輪ゴムを使った殺傷力の高い武器?割り箸を使った小さな槍?内人お手製のそれらは、当たったらただじゃ済まないだろう。

「内人くん、心配しないで。私は南北磁石に危害を与えるどころか……一発でやられるような貧弱な中学生だよ」
内人くんの目が動揺に揺れる。こんな時、「ダメだよ内人くん!敵に動揺を悟られちゃいけないっておばあさまに習っただろう!」とか言えたりしたら、私だって君たちと互角に勝負するライバルになれたかもしれない。しかし私は、内人くんたちがあの不思議なおじさんの部屋で知った通りに、ただのいち読者にすぎないのだ。私は大きく息を吸った。

「内人くん、君は気づいたじゃないか。私がどうしてこんなにこの旅行について詳しいのか、ミスを冒さないのか!私が、栗井栄太の協力者でもなく、時見でもなく、プランナ……あるいはミッション屋の構成員でもない、ただの読者だって!そもそも君がこちらに語りかけてきたのが先じゃないか!なのにどうして私を恐れる!」
内人くんは私の方を見つめて一歩後ずさった。警戒心が強いのはいいことだと思う。世の中には、世界を滅ぼすゲームを作る君たちの命を狙うものだけでなく、ただの中学生の君たちを襲う不届きな輩も存在するのだ。そして、内人くんの右手は依然としてポケットの中に入っている。

助けを呼ばれるのが先か、創也が二階堂さんを引き連れて乗り込んでくるのが先か、それとも他の何かが乱入してくるのが先か……私が考えていると、内人くんが音を立てて砂利を踏んだ。険しい顔にどんぐりまなこがミスマッチだ。

「もしかして……君がアナミナティ?」
「私が!?あっはっは!!私が、アナミナティ!?わっはっは!さすが未来の小説家は考えることが違う!違うよ、私はね……!」
「……今だッ!!!」
BOOM!!大爆笑する私を他所に内人くんが「炸裂する何か」を私に投げつけた。油断していた私の目に砂塵が刺さり、「ぎょええ!」というバナナの皮で滑った創也より情けない悲鳴をあげてしまう。内藤内人ともあろうものが、音を立てて砂利を踏むはずがないのだ!あれは後ずさったのではなく、一歩後に踏み込む動作だとようやく思い立った私は慌てて目を守った。

砂埃が落ち着いた時には内人くんの姿はどこにも見えなくなっていた。おそらく気配を消して校庭の木の影や、校舎の影なんかに隠れているのだろうけど、どこにいるのかさっぱりわからない。私は目に入った砂埃を水道で洗おうと、目を擦らないようにしてよろよろと水飲み場に向かう。やれやれと頭を振ると、砂埃がパラパラと舞って最悪の気分になった。全く内人くんは、大したドラえもんだ!

よろよろ歩く私を、内人くんはどこからか監視しているのだろうか。いやそんなことより、今度の日曜日までにどうやって内人と仲直りをしよう。今度の日曜、”僕”は2人に誘われて例のゲームクリエイターの館に遊びに行く予定なのだ。いつもは参加しない、掃除中の擬野球ゲームに参加して心の距離を縮めるのはどうだろう。少しでも長く楽しい中学生を味わうためには、そういう小さな頑張りがものを言うのだ。そう、紅い夢から醒めて14の数字に辿りつくにはまだ早すぎる。そう思わないかい、君たち。


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