玄武、ほんものの玄武になる
DOS見ててついに本当に鱗が生えちゃったねえ……というお話昔書いたのを思い出したので持ってきました!なんと最終更新2018年!!書きかけだしとびとびなので雰囲気を楽しむ用です。最後までかけたら2021の欄にしれっと移動の予定
三国志演義について昔ちょっと教えてもらったとき、鱗の鎧の話も聞いたんだけどどういう話だったかな……とすっかり忘れており自分の記憶力に絶望しています(以上近況)
年の終わりに来年の手帳を買わなければと、月のみちかけがわかる手帳を買った。家に帰ってぱらぱらとめくって新月の日に全部丸をつけた。予定を合わせようとした玄武くんが手帳を見て、その文字を指でなぞって黙ったので、余計なことをしたかなと背筋が冷たくなる。
「毎月、会いに行くよ。書いておいたら曇ってても今日が新月だってわかるでしょう?」
玄武くんは泣きそうな顔でそうだなって言ってわたしの手帳を閉じた。ああ、やっぱりいやな気持ちにさせたかな。続けられた謝罪の言葉は彼らしくない震え方をしていて私はやっぱり彼を傷つけてしまったようだった。
玄武くんは新月の日がきらいだ。月がまるくなってそれからまたきえていくまで、何日かかるのか玄武くんはしっかり覚えている。
「お邪魔しまーす……」
カーテンが閉ざされて何の音もしない玄武くんの部屋に私は静かに足を踏み入れた。今日は例の新月の日で、新月の日はいつも学校も休むし仕事も入れないようにお願いしてるのだという。珍しく片付いていない、むしろいつもと比べたらかなり汚い部屋の真ん中には膨らんだ布団の山があってわずかな布の擦れる音と耳をすませば呼吸の音が聞こえた。
「来たよ。玄武くん、ご飯食べた?」
布団の山から少しだけ離れて声をかけるけど、布団の中から聞こえる息が少し荒く大きくなっただけだった。
「今日、天気が悪いね。私も洗濯物外に干せなくて部屋干しして来たの。洗濯物溜まってるなら片付けようかなって思って来たけど部屋干し嫌いだもんね。洗濯はまた今度でいいかな……」
私の世間話に答える声はなくて、布団のおそらく頭のある方にしゃがみこんだ。返事がないのもいつものことなんだけど、普段は何を話してもたくさんの言葉を返してくれるからやっぱり心配になってしまう。
「……いたい?」
布団の中に尋ねるといたい、と聞こえた気がした。自分が吐き出した息に掻き消されそうな声で、こっちが泣きそうになった。やっぱり痛いんだ、かわいそうに、聞かなきゃよかった。色んな考えが頭をよぎりちょっと気を抜いた瞬間、布団からにゅっと長い腕が出た。あ、鱗生えてる、些細な変化に気を取られた隙にぐいっと乱暴に腕を掴まれ引きずられた。剥がれかけの鱗が引っかかって私の腕に一筋血が流れる。布団の中に力任せに引き摺り込まれ、きっと腕を掻きむしって落ちたのだろう鱗が肌を擦った。
「玄武くん、」
玄武くんがずっと篭っていたから、布団には熱が溜まっている。玄武くんと顔を付き合わせるように中途半端に布団に入ったせいで外の光が少しだけ入り薄暗い中に玄武くんの姿が見えた。先ほど見た腕の鱗は手の甲にまで達し、同じものがこめかみや喉元にも散っている。掴まれた腕は尖った爪で引っかき傷も作っていた。いつも見ている冷静な目は、爬虫類みたいに尖った光をたたえている。ああ、今月もちゃんと玄武くんは「玄武」になったんだなあと今更実感した。
布団を持ち上げて山を作っていた長い尾がもぞもぞと私の頬まで伸びてきてそっとなぞってまた彼の肩口に落ち着いた。突然伸びてきた尾にびくつかないですんでよかった、と内心ほっとした。血でもついてたのかもしれない。
「おはよう、玄武くん」
出来るだけ暢気な声がでるように意識する。玄武くんは黙って爬虫類の目で私を見た。
玄武くんは、新月の日だけほんものの玄武になる。昔からの伝説通りの特徴をいくらかその体に表した姿は初めて見たときびっくりしすぎて腰が抜けた。玄武くんはきっとそれを忘れられなくて、新月の日にはいつも布団に隠れている。私が怖がったばっかりに毎月不便な目に遭わせているのがすごく申し訳ない気持ちになる。
「今日、うるさいと思ったら雨か」
「うん、結構降ってる」
雨の匂いがする、と玄武くんは目を細めた。亀や蛇が鼻がいいのかは知らないけど、この姿の玄武くんは異常なまでに嗅覚が強くなって洗濯物も部屋に干せなくなる。
「に、におい嫌だった?ごめんね、部屋片して何か飲もう?暑いから熱中症になるよ」
引き摺り込まれた布団の中でひそひそ話をする。声を潜めるのは雨の音さえ煩わしくなるから。玄武くんは新月の日にだけ現れる爬虫類らしい光を目に灯してちょっと唸った。
「お水飲もうよぉ」
「いい」
いつにも増して冷たい声音にも、数回の新月の中でちょっと慣れた。前に口移しならいいの?とふざけて見せたら何も言わずに飲んだので、また今日も布団の外に落としたビニール袋からペットボトルを取り出して水を一口含んでお布団の中に戻る。生ぬるい水を玄武くんは大人しく飲んだ。
しばらくふたりで寝て、目が覚めた時に掛け布団は取り払われて、玄武くんが私を見下ろしていた。
なんでそんなに怯えるんだ、ど玄武くんは言った。初めてその姿を現した時に私が怯えたせいだ。今でも怖い。鱗も、爪も、人間と違うその目も怖い。怖くても、玄武くんだと知っている。知っているけど、人じゃないその姿がこわい。どうしてと玄武くんが爬虫類の目から涙を落とした。玄武くんの信頼する他の誰かなら何か言葉をかけられただろうか。私は、他の誰でもなく私で、今の玄武くんにかける言葉を持ち合わせていない。ただ玄武くんの鱗の生えた体を抱きしめることしかできない。
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