結婚願望n年目
学校を出て帰り道コンビニに寄った。バナナかスムージーか何か買おうと思って。寒さに耐えられなくてあったまろうと思ったのもあるけど。
明日食べるようにバナナと、それからグリーンスムージーを手にとってレジへ。寒い外との気温差で商品をうまくつかめない。
(ぽんた、持ってたかなあ)
この間財布を変えた。正確には、ちょっとファスナーが噛みやすくなったなあと思っていたらタイミングよく誕生日プレゼントにってもらったのだ。たぶん、私が家でレシート整理する時もたもたしてるのを画面越しに見てたのだと思う。
カード入れが前と違うところにあるので探すのにまだ慣れない。でも、すぐに見つかってこれでレジで慌てなくて済みそうだった。
「あ」
レジ前のお菓子のところに見覚えのある柄とキャンペーンの写真。積まれているのは野球選手のカードのついてるポテトチップスだった。
そういえば彼氏が野球選手なのに買ったことない、と思ってじっくり眺めてみる。投げてたり打ってたり守ってたりするパッケージの中で彼もちゃんといた。試合中の顔をしてる。
表面に載ってるってことは、カードにもいるのかしら。ひっくり返して裏側のラインナップを見ればベテランと同期の人気選手の名前に挟まれてちゃんと名前があった。よし、一個買ってみよ。彼のカードが当たるとは限らないけど。
レジでお会計をすると、くじを一回引かせてもらえた。ぺりっと久しく聞いてない音がして当たりか確認する。
「あ、野球のやつもう1つどうぞ」
野球なんて全く興味無さそうな店員さんが私の後ろを指差す。2つめのポテトチップスだ。もう一個もらえるなら、わざわざ買わなくてもよかったかな。あまりポテトチップス食べないし。
街灯のできるだけ多い道を通ろうとすると遠回りになる。でも彼がうるさいので出来るだけ大通りを通って帰るようにしている。何かあった時俺はすぐに助けにいけないんだから、一人暮らしの女子大生なんて1番あぶないんだから云々は大学生活6年め、耳にタコができるほど聞いた。まあ、花の女子大生って言っても院生なんだけど。
さて、この角を右に曲がればオートロックと玄関ホールに認証ロックのついた安全対策バッチリの我が家が待っている。大学に進むにあたって一人暮らしをする時、彼の譲らなかった条件だった。
家賃が高くなる!って嘆いた私が、「すぐに俺がちゃんと養えるようになるから」って丸め込まれたのも懐かしい。結局4年で解約しないで院の2年も更新して住んでいるのはやっぱり安心だからだ。それに彼の住んでるとこからもそこそこ近い。
言われた通りちゃんと曲がり角では振り返って周りを見て変な人がついてないか確認する。警戒心が強ければ強いほどいいって言い聞かされたから……よし、変な人は無し。
「ちゃんと言ったこと守ってるみたいじゃん」
「ひゃ!」
安心して顔を戻したところで突然声をかけられて飛び上がる。落ち着いて見れば電柱の下で彼が立ってた。スマホがピカピカしてて時間潰してくれてたのがわかる。
「ちょっと、こんなとこで待ってなくてもいいのに……!」
「だってお前んち、勝手に入れねえんだもん」
「御幸がそういうとこにしろって言ったんでしょ!」
「あーはいはい」
荷物持つから貸せよってコンビニの袋を奪われてわざわざ手袋まで外して手を繋いで、それがポケットに収まる。カイロが入っててあったかい。
部屋に入って手を洗って、うがいをしてそのあとに炬燵に入ったところでやっと御幸は変装用のごついサングラスを外した。
「コンタクト捨てていい?」
「好きにして」
コンタクトを剥がして見慣れたメガネをかけてやっと人心地ついた。ご飯は食べてきたんだろうしお酒はあまり好きじゃないし。お茶入れるねって席を立って、御幸が炬燵に入って顎を机に乗せてぼんやりしているのを眺めた。今日は練習うまくいかなかったのかな。
「はい、お茶どうぞ」
「名前ちゃん、これわざわざ買ってくれたの?」
「えっ」
机の上に置いたままのコンビニの袋からポテトチップスだけが出されていた。なんだか無性に恥ずかしい。にやにや笑ってわざと名前ちゃん、って呼ぶ。性格わるっ、って目を合わせて言ってやったけど全然堪えてないみたい。
「だって、鳴くんが大きく写ってたんだもん」
「はいはい照れ隠し照れ隠し」
ハサミ貸して?と嬉しそうに言われたので席を立ったついでにハサミを渡す。さすがに刃は向けなかった。
「なんでハサミなの?手で切ればいいでしょ」
「粘着力強いからハサミで開けた方がいいんだよ」
御幸は慣れたように2つカードの封を切って裏返したまま机に乗せた。誰が写ってるか一枚ずつ見ろということだろう。
野球に詳しいわけじゃないから、全然知らない選手だったらどうしようと思ったけど御幸がいるならまさか2人とも知らないということはないだろう。一枚、裏がえす。
一枚目、知らない人だった。御幸と違うリーグのユニフォームだからかもしれない。御幸は当然知っていたみたいですげーなんて言ってステータスまで読んでた。今季の守備がどうだの打撃がどうだの言っていたけど適当に相槌をうった。
「2枚目、鳴だったらウケるよな」
「えーどうだろ。でも他の人もあんまりわかんないし鳴くんだといいなあ」
さっきと触った感じが違うなあってなんとなく思った。分厚いっていうか。
めくった瞬間2人とも思わずあって声が出た。さっきと違ってキラキラしてる。
「み、御幸一也……」
捕球のシーンを横からとらえた一枚で顔ははっきり見えないけど名前とステータスを見る限り間違いなく今、隣にいる人のカードだった。
「えっこれレアカードってやつ!?」
「はは、らしいな……」
2人でじっくりカードを眺めてしばらく、当然これどうする?という話になる。
「名前にやる。自分のカード持っててもって感じだし」
「どこには挟もうかな……手帳か、スマホか……」
「スマホ。なんならサインだって、かわいい名前ちゃんのためなら……」
「サインくれるの!?ちょうだい!」
「……そんなに欲しかった?」
御幸はちょっと驚いて油性ペンを手に取りさらさらっとサインを入れた。手慣れている。
「……欲しいよ。でもなんか逆に頼みづらいじゃん……」
御幸のくれるものならなんだって嬉しいし大事にするよってずっと言いたかった。でも重いかなって思うと言えなかった。6年我慢したら一層重くなった。
高校卒業後にプロ入りして御幸はそのルックスと野球センスで一気に人気になった。高校の時から人気はあったけどそれとは規模が違う。プロになって6年にもなるけど私は御幸の事は知っていても御幸選手のことは知らないことも多い。
「大事にして。あんまり遊びに来れない俺の代わりに」
「……そういうの、無駄に似合うからイヤ」
「無駄にって……」
手のひらにカードをぽんとのせられて、空いた片手にペンを握らされる。キザなセリフが似合うやつ。
そういうタイプだからか、写真の仕事もそういう女性向けのばっかり任せられて不安になる時もある。まあ、そういうのは御幸が「今回もカッコよく撮れてるから見といて」ってLINEと共にうちに堂々と送りつけてくるから不安は吹っ飛ぶけど。
「早く結婚すれば、そういう寂しいのも無くなるのになー」
「うん」
「俺は名前が学生でも社会人でも関係なくできるだけ早く結婚したいんだけどな」
「……いいよ」
「いいの!?」
「待たせてごめんね」
ぱっと御幸の顔が明るくなって見てるこっちがむず痒い。いっぱい待たせちゃったなあと思う。
できるだけ早く結婚したいなというのは、プロに入って2年目くらいから提案されていたことで御幸なりの考えがあるのもわかっていた。けど私は自分でお金が稼げるようになるまで待って欲しくて結局院まで行って6年目になった。もういっぱい待ってもらったから卒業を待つのも待たずに結婚するのもあんまり変わらないんじゃないかと思う。
「あ、待ってカードもう一回貸して」
さらさらっと何事か書き足してカードが返された。
「俺の奥さんへ、どう?」
「恥ずかしいよ!」
ノリノリで書き加えたハートマークも恥ずかしい。そもそも、落としたらもったいなくてこんなの持って歩けないって言ったら喜ばせてしまうだろうか。家宝だよ、もう。
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