旅に出なかったプリンの話
久しぶりにど田舎の自宅に帰ると、ママよりも先にかわいいかわいいふうせんちゃんがまんまるに膨らんで私を待ち構えていたのだった。
「ぷ、プリンちゃん……どうしたの、そんなに膨らんじゃって……」
プリンちゃんはまんまるの体を膨らませて、まんまるの目を三角にして私に対して怒りを露わにしている。遠く離れたカロス地方で社畜をしているとはいえ、3年ぶりの帰宅なのでこうも膨らんでも当然といえば当然だけど、10歳より前に出会い、幼馴染の旅立つ日にようやく私のプリンちゃんになった彼女とこうも長い間会わないのは初めてだった。
「プリンちゃん許してえ〜!プリンちゃあん!」
かわいいプリンちゃんはまんまるのほっぺをこれでもかと膨らまして不満をアピールしてから大きく息を吸った。何百回と見た、うたうの準備モーションだ。ああ、プリンちゃん。歌が上手になったね。これまで何百回と眠らされてきたけど、やっぱりプリンちゃんの子守唄には抗えない。カロスで買ったプリンちゃんのためのお土産がいっぱい詰まったカバンが肩から落ちた。プリンちゃんにあげるマカロンは割れてないといいんだけど……
プリンは床に潰れた妹分の足を短い腕で掴み、よっこいしょと引きずってラグの上まで動かした。さっきまで目の下にクマをこさえて死にそうな顔をしていた名前が、床に突っ伏して歌を聞きもせず呑気にスウスウ眠るのを見て、仰向けになるように足で転がすと名前は呑気な寝顔をプリンに晒した。プリンはいつものようにマジックペンのキャップをきゅぽんと外して、名前の顔に……と思ったがしばらく使っていないマジックペンはカスカスで名前に汚いヒゲをちょっぴりつけるに留まった。
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プリンちゃんと出会ったのは、幼馴染たちが旅に出る少し前、博士のところに行った時だった。最初のポケモンを何日に取りにきますと幼馴染3人は博士に申し出て、旅に出るつもりのない私は博士の預かっているスボミーと遊んでいた。幼馴染3人は無事に出発予定日にポケモンを受け取れることになり、私はもう少しスボミーと遊ぶからと言って3人が帰っても博士の研究所の庭でスボミーを転がしていた。
名前は旅に出ないのかと博士に聞かれて、私はそうだと返事をした。ポケモンのわざの効果も満足に覚えられない私はバトルには向いてなさそうだし、コンテストに出るセンスも容姿の良さも持ち合わせていない。なによりひとりぼっちで旅をすることは難しそうだから。
「ひとりぼっちじゃないさ」
博士が言った。相棒がいる、と博士は私の手元で転がされていたスボミーを優しく抱き上げた。初めてなんでも自分でやらなくちゃなのにポケモンの世話まで見てられないよ、幼馴染たちが旅に出るのを前に家の手伝いだとか料理を練習しているのを見てきた私はふてくされた。
目を三角にして博士を睨みつけた私に博士はわかったわかったと言ってスボミーを抱えたまま研究所に戻ろうとする。あーあ、スボミーまで連れてかれちゃった。「何してる、付いてきなさい」……博士は何考えてるんだろう。
そうして研究所の中に戻って博士が見せたのがあのプリンちゃんだった。まんまるのピンク色、つつくとぽいんぽいんと跳ね返る弾力、くるんとした前髪(前髪?)、何もかもが世界一可愛く見えた。
博士はいろんな地方のポケモンを研究だったり保護の目的で研究所に住まわせているけど、このプリンもそうだった。
「君が仲良くできそうなら、彼女はどうかね。ポケモンをもらったら必ず旅に出なくちゃいけないわけじゃない、彼女はそう……君のともだちだ」
私はさっきまでのふてくされた態度を放り去って博士にすがりついた。お願い、このプリンちゃんを私に譲って!博士は仲良くしなさいと私とプリンにそれぞれ言い聞かせて(プリンちゃんには特によく言い聞かせていた)、私は幼馴染3人と同じ日に研究所にきてこのプリンちゃんをもらうことになった。
幼馴染たちは走って研究所から帰ってきた私が、行きとは違って機嫌がいいのを見てなんだなんだと聞き出した。
「私もポケモンもらうことになった!」
よかったなあよかったねえほんとになあ、と幼馴染はそれぞれほっとした表情を見せた。ひとりだけここに残ることをやっぱり彼らはちょっぴり気にしてたらしかった。私は幼馴染たちに心配をかけていたことを少しだけ反省した。
それから毎日、研究所に通った。プリンちゃんは気分屋で私に対してちょっぴりつんけんしていて、びっくりするほど歌が下手だった。病気なのかと思って博士に聞くと「上手い子も下手な子もいる」し、「練習したらうまくなる」とのことで私はデパートに走った。私はデパートに行って例のCDを買った。CDのプリンちゃんたちはやっぱり歌がうまかったので私はプリンちゃんにそれを聞かせて、プリンちゃんはそれに合わせてうたった。毎日プリンちゃんがうたうので抗えず毎日昼寝をして、夕方になると幼馴染たちが日替わりで迎えにきた。毎日幼馴染たちに顔の落書きを笑われ、私はプリンちゃんにまた明日ねと手を振って家に帰った。プリンちゃんがうたひめになる日はまだ遠そうだった。
「プリンと仲良くしてるんだな」
「うん。プリンちゃんは私に対して態度きついけど、今日は一緒におやつ食べた」
「おれたち、名前を置いて旅に出るの、心配だったんだ。名前はポケモンいらないって言ってたし」
「うん」
「でもプリンがいるなら平気かー」
そう言った幼馴染は、旅に出た後にジムリーダーになった。もうひとりの幼馴染はリーグを制覇したし、後の1人はコンテストのカリスマになった。私は旅立ちの日に博士の研究所でプリンちゃんを抱いて彼らを見送って家に帰った。
プリンちゃんが世界的うたひめになる前に、私とプリンちゃんの別れの日は来てしまった。カロス地方のテレビ局に就職が決まり、実家を出ることになったのだ。
「プリンちゃん、ママと仲良くね……」
涙ながらにプリンちゃんとの別れを惜しむ私にプリンちゃんはプイッとそっぽを向いてカチッとCDの再生ボタンを押した。そうして深く息を吸い込む。何百回と見た「うたう」の準備モーションだ。プリンちゃんはだいぶ歌が上手になったけど、それでも気持ちよくなるとやっぱり音が外れる。そして私は「うたう」の効果で寝て、怒ったプリンちゃんに落書きされる。
社会人になってようやく初めてひとり暮らしを始めて、それと同時にプリンちゃんの世話をひとりでするなんて無理だと思った。幼馴染たちは10歳の時に旅をしながらちゃんとそうしていたけど、私には無理だよ。
結局わざの効果的な組み合わせは自分じゃ編み出せなかった。こんなに可愛いプリンちゃんをステージで輝かせる演出も思いつかなかった。「うたう」ばっかり練習させたかわいいプリンちゃんとど田舎で暮らして数年、立派になった幼馴染たちと違って私にはトレーナーの才能が全くなかったことをようやく認めて、私はプリンちゃんを置いてひとりぼっちで家を出た。
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はっと目を覚ますと服もそのままに床に転がされていた。久しぶりのプリンちゃんの強制睡眠だった。ママはまだ帰っていないみたいだから、いつものようにちょっとしか寝てないみたいだ。
プリンちゃんはすっかりふてくされて私のカバンを勝手に開けてお土産のマカロンを食べていた。割れてなかったかな。
「プリンちゃん」
プリンちゃんはポケモンマカロンを黙って食べている。ピンク色がプリンちゃんデザインだったので迷わず買った。黄色はピカチュウ、水色はワニノコ、黄緑はナエトル、オレンジがヒトカゲ、茶色がイーブイ。プリンちゃんはイーブイを頭から齧った。
「私ね、今テレビ局で働いてるの。お天気レポーターとかしてね、大雪の日にエイセツシティで中継したり……死ぬかと思ったよ。それでね」
プリンちゃんはイーブイマカロンを食べ終わってちらりと私を見た。かわいいかわいいまんまるのプリンちゃん。
「私、根性ないしバトルのセンスもコンテストのセンスもだめだから、プリンちゃんと旅ができなかった。大人になってもひとりで頑張りながらプリンちゃんと一緒にいるの、無理だと思ってた。だめな相棒で、ごめんね」
プリンちゃんはそっぽを向いたまま、私の話を聞いているのかいないのかわからない。プリンちゃんが勝手に開けたカバンの口から、ロケで行ったかがやきの洞窟で拾ってきたきれいな石とかユキノオーのぬいぐるみとかがあふれている。ミアレの名物はジュースもガレットも遠くまで持って帰ってこれなかった。仕事で行ってもいつもプリンちゃんと食べたいなあって思っていた。プロモーションビデオの取材をした時もプリンちゃんだったら……と考えた。大雪のエイセツだってプリンちゃんとだったら、プリンちゃんは嫌がるだろうけどきっと楽しかった。かがやきの洞窟もバトルに慣れてない私たちじゃ大騒ぎしながらになるだろうけど一緒に探検したかった。日時計も、自転車レースも、水族館もなんにもない古城も、プリンちゃんと行きたかった。
「今度ね、ニュースのアナウンサーになることが決まったの。アナウンサーの先輩が違う地方に行くことになって、えらい人が私のレポートが面白いからって言って」
プリンちゃん、私今度こそやるよ。新しい仕事で大変だろうけど、バトルもコンテストも向いてないけど。この間久しぶりに会った幼馴染にも「名前は自己評価が低すぎる、ポケモンとの旅なんて名前が思ってるほどハードル高くないよ」と呆れられてしまった。「まだ決心つかないの、ポケモンといられるのは永遠じゃないんだよ」と別の幼馴染は悲しい顔をした。ジムに寄ったら「いい加減にしろよ!この弱虫!」と久しぶりに顔を合わせたというのに泣きながら怒られた。プリンちゃんも怒っているだろう、3年間一度も家に帰らずほったらかしにしていた私を。
「プリンちゃん、私もう逃げないよ……それで、あの、もしプリンちゃんが嫌じゃなければ……私とカロスに来てくれない」
プリンちゃんはそっぽを向いていた顔をこっちに向けてまんまるのほっぺを膨らませた。やっぱり嫌かな、と思ったけど短いプリンちゃんの手が精いっぱい私に向かってのばされている。かわいいプリンちゃん。私をジムから追い返した幼馴染が大きな声で叫んでいたことを思い出す。「トレーナーになるのなんて、今からだってぜんぜん遅くないんだからな!プリンと、俺のジムに挑戦しに来い!それで、あいつらともバトルして、コンテストにも出て、タッグバトルも特殊なのも、ポケスロンもミュージカルも全部やってそれから向いてなかったって言え!」社会人なんだから全部なんて無理に決まってるのに、幼馴染は引きずってでも連れて行くと息巻いた。
プリンちゃん、弱虫の私と一緒に来てくれる?プリンちゃんはまんまるのほっぺを膨らませて当然だというように自信たっぷりの声を上げた。まずは幼馴染たちに連絡しなきゃね。プリンちゃん、一緒に頑張ろうね。私、プリンちゃんがいてくれるなら、きっと頑張れるよ。
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