蜃気楼になる前に


1



新たな春を歓迎するような青空。通学路を彩る桜。
今日は雷門中の入学式だ。
新入生である私も例外ではなく、真新しい制服を身にまとっていた。

雷門中といえば10年前のイナズマジャパンからは雷門中サッカー部所属のメンバーが多く選出され、その後も多くの有名選手を排出してきた、いわばサッカー名門校ともいえる。

とは言っても、雷門中サッカー部は男子サッカーの活動が主で、女子サッカーはそこまで活発という訳ではない。
なので、女である私が選手としてサッカーがやりたいのであれば、雷門中に入学する、というのは悪手ではあったが、私の目的はそれじゃない。
だからこそ雷門中に入学することを選んだのだから。

見慣れた紺色を見かけて思わず駆け寄る。私の存在に気づいた彼は、「げっ」と咄嗟に言葉を零して、そのまま門を抜けようとする。

「こ〜ら!京介ってば。無視するなよ」
「…小手鞠。学校では話しかけるなつっただろ」

確かに言われた。そう言われたけど、それを聞く義理はない。
それに彼の兄である優一は、むしろ「進学しても京介と仲良くしてやってね」というような優しい心の持ち主だ。
彼の気持ちを汲むというわけではないが、友人としては一人で事を成そうとする此奴を放っておくなんてことはできそうにないわけだ。

「もう、クールぶっちゃって」

そういうところは中学生の女子にはモテそうではあるけれど。いや、実際モテるだろうな。うん、同じ小学校に通っていた私が言うんだから間違いない。

うっとおしそうにする剣城に、そう腕でつつこうとすれば、慣れたように避ける。私は思わず転びそうになるが、思わず彼の学ランを掴んでとどまった。

「ね、本当にやるの?」
「ああ」

剣城は私の腕を振り払うが、負けじと両腕で剣城の腕を掴めば、「まだ何か用があるのか」と振り向く。

「京介にできるの?」
「できるさ、そのためにここに来たんだ」

強い意志を持った眼に怯まない態度を見れば、決意が揺らぐことは無いだろうと判断して、腕を離した。

「そっか。……まぁ、頑張ってね」

バツが悪そうにしながらも、やめる気の無いことはわかっていた。剣城はそのままグラウンドの方へ向かう。

見送ることしか出来ない。止める資格もない。
それほどに、彼にとって兄とは大きい存在なんだと知っていたから。

追いかけはしなかった。



2



入学式の前にサッカー部で何かいざこざがあったらしい。

大きな騒ぎだったからか新入生の間でもかなり話題になっていた。
新入生のほとんどは体育館へ向かっていたが、暇を持て余していた在校生は野次馬をしにサッカー棟で試合観戦をしていたとかなんとか。

窓際の空席に思わず目線を向ける。
剣城の席だ。入学式には来ないし、教室にも来なかった。

このいざこざが剣城の仕業だろう、ということは直ぐに検討がついた。


小手鞠薄と剣城京介の関係は至ってシンプル。
幼馴染。あるいは、ただの友人だ。
共通点があるとすればサッカーが好き、ということと同じ小学校の出身だった、ということくらいだ。

私には両親はいなかった。既になくなっているのか、あるいは捨てられたのか、それすらも分からない。

だからこそ、小手鞠薄という名前も自分の本名なのかは分からない。
全く別人の名前を名乗っている、という可能性もなくはなかったが、名がないのは不便だったし、持ち物に書いてあった名前など、状況証拠からすると、それが本名でほぼ間違いないだろう。
というのが私の見解だった。

それに、周りの話では、母が日本人ということに間違いは無いらしい。少なくとも近所に住んでいた母と交流のあった人間はそう言っていた。


幼少期の私は海外で暮らしていた。
そんな面白い話でもないので、諸々、細かいことは省くが、そこで暮らしていた私を千宮司さんが、「君にはサッカーの才能がある」と引き取り、日本で暮らすことになった、というわけだ。

剣城兄弟とはそこで出会った。
私自身、炎のストライカーと名高い豪炎寺修也のファンだったから、公園であの人の真似をする2人を見かけて、思わず声をかけた。
一緒にサッカーをしたいと伝えれば、快く仲間に入れてくれた。
それからは3人でボールを蹴って毎日走っていた。
あの頃は全力でサッカーができてとても楽しかった。


そう思い耽っていれば、ホームルームはいつの間にか終わっていたようで、皆それぞれ帰り支度を始めていた。
この様子じゃ、サッカー部もダメだろうと判断して帰宅してしまおう、と考えたところで、廊下から賑やかな声が聞こえた。

「俺たち、これからサッカー部に行くんだ!」

サッカー部。そう聞いて思わず聞き耳を立てる。
ちらりと廊下を覗けば茶髪の活発そうな子と頭にバンダナを巻いた小柄な子、それに青髪の子が立ち話をしていた。
見慣れない顔だったので恐らくは隣のクラスの人だろう。

「ね!それ、私も一緒に行ってもいい?」

噂でしか聞いてないのでどんな状態なのかは分からなかったが、危ない状況なのは分かりきったことだ。
だというのに、泥船に乗ろうとする人物が、どんなサッカー狂いの子なのか気になり、咄嗟に声をかけてしまった。

「もしかして、君もサッカー部に入部するの?」

茶髪の子は私がサッカーが好きと判断したのか、とても嬉しそうに目を輝かせる。
そんな表情をみてたら、馬鹿みたいにボールを追いかけていた頃を思い出して、思わず口角が上がった。

「どうするかはまだ決めてないけどね」
「あんな状況だから、心配だよね」

そう賛同した青髪の子はどう切り出そうか悩んだ後に、「ええっと…隣のクラスの子であってる?」と首を傾げた。

「そ、小手鞠薄。よろしくね。」
「うん、よろしく!私は空野葵。それで、こっちのクルクル頭が天馬ね!」

葵と名乗った青髪の少女は茶髪の子、天馬を紹介する。
天馬その紹介の仕方に少し不満があるのか、拳を握りしめて抗議する。

「クルクル頭ってなんだよ!」
「だって、さっき私の事、こいつって呼んだでしょ!そのお返し!」
「そんなことで根に持つなよ」
「もってないってば!」
「絶対もってる!」

言葉ではそう言いつつも楽しそうに口論をしてる2人にキョトンとしてる信助と目が合い、思わず2人揃って笑みがこぼれた。

「2人とも仲良いね」
「同じ小学校って言ってたもんね!あ、僕は西園信助!よろしくね!」
「うん、よろしく」

それじゃあサッカー部の部室に向かおうか、と声をかけようと2人に目を向ければ、まだ痴話喧嘩の途中だったらしく言い争いをしている。

「…ってまだやってる!」
「というか、心做しかヒートアップしてるような気がするけど!」
「そろそろ止めたほうがいいよね!?」
「そうだね。…あー、その、お二人さん、そろそろ行かないと新入生の中で一番乗りにはなれないんじゃない?」

その言葉に天馬はピタリと動きを止める。
葵は初対面の人の前で口論してしまったことに対してか、少し恥ずかしそうに手で仰ぐ。
見てるこちらとしては微笑ましいと思うくらいだったけど。

「あ!そうだった!じゃあ、俺たち急ぐから!」

天馬のその言葉に信助も頷き、部室の方へ走っていく。
すっかり置いていかれた私と葵は少し呆然としながら顔を見合せた。

「せっかくなら葵ちゃんも一緒に行かない?」

手を差し出せば葵は大きく頷き、手を取る。

「うん!やっぱり私も行く!」


隣を歩いていた葵が立ち止まり、「そういえば…」とニコリと笑う。

「薄ちゃんはサッカーやってるの?」

その問いに私は「それなりに」と短く返して補足する。

「他にも理由はあるけど、雷門のサッカーが見たくて雷門中に入学したからね」
「わぁ、そうなんだ!なら天馬と同じね!」

どこから聞いていたのか、天馬は「じゃあサッカーやるために雷門に来たんだ!」とはしゃぎ始める。

「いや。ま、とりあえず、それでいいかな」

サッカーをやるために、というのは少し違う。
雷門のサッカーを近くで見てみたかった、というのは本当だ。でも一番は、サッカーをあんなに好きなはずの剣城がフィフスセクターの指示に従っていることが心配だったからだ。

「あ!それなら、マネージャーをするの?」
「うーん、それは考え中かな。葵ちゃんはどうするの?」
「私はサッカーに詳しいわけじゃないから」

そう雑談していれば目的地にたどり着く。
目の前に聳える大きなイナズマのシンボルが描かれた建物。
ここが雷門中サッカー部の部室であり、サッカー部棟と呼ばれる建物だ。環境の整った施設、と話には聞いていたが実際見てみるのでは随分と印象が違う。

「広いね!」
「そうだね、やっぱりサッカー名門校というだけあるね」

物珍しそうに辺りを見回していれば、サッカー棟から出ようとする先輩らしき生徒と目が合う。天馬が「あ…」と声を漏らす。

「お前は…」
「今取り込み中だぞ」

顔見知りだったのか、天馬の顔をみて、男子生徒は後ろを指しながら、そう告げた。

これは間違いなく今朝の件だろう。
噂によると剣城が一人でセカンドチームをぼこぼこした挙句、ファーストチームまでいじめてたとかなんとか。
フィフスセクターからの命令だということは理解していたが、…本当に何やってるんだか。

「何かあったんですか?」

天馬達が駆け寄って事情を聞こうとすれば、詳しく話すつもりは無いのか、諦めたような声色で告げる。

「入部するつもりならやめておけ」
「サッカー部はもう終わりだ」
「え?」

サッカーをするためにここまできた2人がその言葉に納得する訳もなく、信助は思わず先輩に詰め寄る。

「どういうことですか!?」
「けっ…いいから帰れよ!」

詰め寄る信助に心底嫌そうな声で怒鳴る。
そのまま2人はサッカー棟を出ていってしまった。

「やな感じ」
「……ま、先輩たちにも色々あるんだよ」

天馬はそのまま先輩の指さした部室の方へ走っていった。



3



私たちはグラウンド…ではなく、満開の桜が囲う人道橋を歩いていた。
部室の騒ぎや今朝の件のこともあり、入部希望者は明日来てくれ、と言われてしまい、結局私たちは帰宅することとなった。
とはいえ、天馬や信助に、もう来なくていい、と声をかけたキャプテンの言動を思い返せば、誰も入部させる気がないのは明白だろう。

「大波乱の中学生活一日目だったね!」

元気な葵に対して天馬は沈んだ表情で頷く。
本人は既に入部した気でいたのだから、無理もない話だろう。

「ねぇ、気持ち切り替えよう?明日テストなんだからさ」
「それなんだけどさ!」

葵は信助の言葉に立ち止まり、人差し指を高くあげる。

「私も入部するよ!」
「え?どこに?」

そのボケに呆れたように顔を引きつらせる。
「サッカー部だよね」と聞けば、葵は元気よく頷く。

「私、マネージャーやる!似合うと思わない?」
「僕、いいと思う!」
「でも、一つ気になることがあるのよね」
 やっぱり、マネージャーもテストやると思う?」

その問いに思わず、みんなで顔を見合わせる。

確かにマネージャーだとしても知識があってこそ、選手のサポートができるのだから知識があって損は無い。
今朝の騒動でマネージャーは皆辞めてしまったとのことなので、来る者拒まずとまでは行かずとも、人材は欲しいだろうし、無知だからといって入部を拒否されることは無い気もするけれど。

「やるんじゃないの?」
「じゃあさ、マネージャーのテストってどんなの?」

その問いにはお手上げなのか、2人はうーん、と頭を悩ませるが案は出てこない。

「それなら、やっぱり、サッカーに対する基礎知識テスト、とかじゃないかな」

その答えに「確かに!私に出来るかな」と深く頷いた葵はふと、思い至ったように声を上げる。

「そうだ、薄ちゃんも一緒にやらない?」
「私も?」
「うん!ここで出会ったのも何かの縁だもん!一緒にやろうよ、マネージャー!」

葵はそう言って私の両手を掴む。
剣城はきっと、フィフスセクターとして活動する姿を見られたくないだろう、と何となくわかっていた。

「無理強いは良くないよ」

考え込む私を見兼ねたのか、天馬が助け舟を出す。

「そ、そうだよね!ごめんね、せっかく女の子の友達ができたから、一緒に出来たら嬉しいと思ったの」

しおらしく謝る葵を見て、悪いことをしたわけではないのだが、良心が痛む気がした。

「…ちょっと、考えさせて貰ってもいい?」



4



用事があると告げて3人と別れた後、私は病院に訪れていた。行先はいつもと同じ。エレベーターで階を上がり、目的の場所まで向かう。
部屋の名札プレートには剣城優一と記されていた。

病室のドアを開けば、ベッドに体を預けて窓から外を眺めていた青年がこちらを振り向く。
こちらの姿を見た彼はニコリと微笑み、「やぁ」と手をひらつかせる。

「こんにちは、優一さん」
「今日は入学式だったんだろ?」
「そうそう。それはもう大波乱でした」

入学式初っ端から京介が色々とやらかして、とは言わず。彼に心配をかけるようなことは言う必要ないだろう、と判断して、校長の話の最中に騒いでる人がいた、だとか、他愛のない話をしていた。

「楽しそうでなによりだよ。京介は…」
「京介…えー、剣城くんはですね」
「剣城くん」

私の口からは聞き慣れない呼び名だったのか、彼はキョトンとした表情を浮かべて聞き返してきた。

「クールで誰とも馴れ合いたくない一匹狼を目指してる剣城くんのことを京介と呼ぶのはどのようなものかと思いまして」

その答えに優一は小さくな声でクスクスと笑う。

「京介は気にしないと思うけど」
「京介くんはそういうお年頃なんですよ」
「誰がお年頃だ」

うんうんと頷いていれば後ろから鋭いツッコミがくる。
後ろを振り向けば、どこから話を聞いていたのか分からないが、剣城が静かに病室の前に立っていた。

「お、剣城くんのお出ましだね」
「…なんだその呼び方」

本人にとっても私の口からは聞き慣れない呼び方だったのか、綺麗な顔を顰める。

「だって、剣城くんは一匹狼でいたいんでしょ?京介って呼んだら仲良いみたいじゃん」

実際、学校では一匹狼どころか孤高の新入生というか、なんというか。そんな無法者っぽい彼に思いを寄せるような女子は少からず存在するだろうが。

「いや…、もう、面倒だし、どちらでもいい」
「そう?なら親しみやすいように京ちゃんって呼ぼうか?」
「それはやめろ!」

そんなやり取りに微笑ましく思ったのか優一は頬を緩ませ、喜色を浮かべる。
そんな彼を見ていれば、どれだけ京介のことを心配していたのか理解することが出来た。

「相変わらず仲が良さそうで安心したよ」
「兄さん…、別にそんなんじゃ」
「照れ隠しでしょ、わかってるからね」
「お前は少し黙っててくれ」


先に帰ると伝えれば、優一は京介に近くまで送ってあげてと促す。京介は兄である優一さんの頼みを断れるはずもなく、私の方をじとりと見つめる。
当然、二人の時間を邪魔するのも悪い、と断りを入れたが、なかなか粘られるので、病院のエントランスまで、と妥協することとなった。

何となくこうなることは理解していた。
エレベーターに向かうまで、しばらく無言だったが、私がここに来た意図を理解したのか、京介はこう切り出した。

「それで。俺に何か用があったんだろ」
「うん、そんなとこ。一応伝えておこうと思って。
 私、サッカー部に入ろうと思うんだ」
「お前は入部しないと思ってた」

それは少し予想外だったのかこちらに顔を向ける。

「そうかな?」
「それで、何故それを俺に」
「別に。入部しようと思ったのは、京介が心配だったからって理由だけじゃないよ」
「……お前が好きなのは自由なサッカーだろ。今のサッカーの事情も知ってるのに、サッカー部に入る必要はないだろ」

そう、今のサッカーに自由などない。
サッカー実力主義となってしまった社会を平定させるために設立された組織、フィフスセクター。
全ての試合がそう、という訳では無いが、平等に勝利を与えるため八百長を仕組んだりしているわけだ。

素人目では分からないかもしれないが、サッカーをよく知る人間が見れば、本気でサッカーをやっていないことくらいすぐ分かる。
10年前の雷門イレブンのような、汗だくになって、泥まみれになっても、全力で楽しむサッカーが見たかった。
だから雷門を選んだ。

今の中学サッカー界にそんな全力で挑む試合はほとんど存在しない。
マネージャーをやるか悩んだのは、そんな試合を見たくはなかったからだ。
でも、天馬のようなサッカー馬鹿を見ていたら、そんなサッカーが見れるかもしれないという希望を与えられた。
そんなことは京介には言えないけれど。

「葵ちゃんに、友達に誘われたから。一緒にやってもいいかなって思っただけ」

葵はきっかけに過ぎない。
きっかけに過ぎないけれど、きっと彼らとの出会いや、彼女が誘ってくれなければ、今日、ここには来なかっただろう。
彼の方に向き直れば、顔を逸らされる。

「でも、私はフィフスの味方にはなれないけど、京介が困ってたり悩んでいたら協力したいと思うよ」
「…ああ、そうかよ」

1階に着いたようで、エレベーターが上品なベルを鳴らし扉が開く。

「着いたな」
「うん、ここまででいいよ。また明日ね」



5



昼休みになれば、昼食をすませたり、授業の復習をしたり、各々が自由に過ごしている。

葵ちゃんを探そうにも、休憩時間には教室に居ないし、ぶらぶらと校内探索をしていたが、見慣れた人物を見かけて、駆け寄る。
校舎の影で携帯電話を弄る剣城は内容も隠す気もないのか、こちらに気にせず、メールを打っていた。
内容は確認していないが、十中八九、フィフスセクターへの報告だろう。

隣で壁に寄りかかり、グラウンドに目を向ければ、入部試験を張り切ってる天馬や信助がサッカーをしていた。
ここからグラウンドは意外とよく見える。

「天馬くん達のこと見てたんだ」
「そんなわけないだろ」
「楽しそうだね」
「あいつらは何も分かってないだけだ」

それはそうかもしれないけれど。
理解していないからこそ、2人はこうして自由奔放なサッカーを楽しむことが出来る。それはとても素敵な事だが、入部後にその考えは通用しないだろう。

「それで、剣城くんは入部テスト受けないんですか?」
「免除された。それよりお前はこんなところにいていいのか」
「なんで?」
「もうすぐ授業が始まるぞ」

そう言って剣城の携帯に記された時間を確認すれば授業開始まで5分をきっていた。

「京介は?授業受けないの?」
「別にどうでもいいだろ」
「うわ〜、不良…。そんな不良の剣城くんにはノート見せてあげませ〜ん」
「別に見せてくれなんて一言も言ってないだろ」

階段を駆け上がる音が聞こえ、そちらに目を向ければボールを抱えた天馬がいた。隣には葵や信助も一緒にいた。
剣城の姿に気付いた天馬は複雑そうな表情を浮かべつつも彼に近寄る。

「あ!葵ちゃん、探したよ」
「薄ちゃん?」

探し人を見つけ、思わず駆け寄る。
あの時、葵が私の腕を掴んだ様に、私が彼女の両手を掴む。突然両手を掴まれたことに驚きつつも、こてんと首を傾げる。

「サッカー部、入ることにしたから!これからよろしくね」
「本当に?」
「だから放課後、一緒に入部届けを出しに行こう」
「うん!これから一緒に頑張っていこう!」

二人で盛りあがっていれば、紅緋色の髪を下ろした女子生徒が私の肩を叩いた。

「へぇ、あんたもサッカー部に入るのか!」
「えっと、どちら様で?」
「2年の水鳥先輩だよ」
「小手鞠薄です。よろしくお願いします?」
「おう、よろしくな!」
「うわ!」

水鳥はお辞儀をした私の背中を追い打ちするように、叩いてきたので、思わず転けそうになった。



6



ホームルームの終わりの合図であるチャイムが鳴り響くと同時に、隣のクラスの慌ただしく駆けていく音が聞こえた。
姿を見ずとも、天馬と信助の2人だろうと検討はつく。

「薄ちゃん!」

廊下からは帰り支度をすませた葵が呼びかけてきた。

「今行く!」

待たせる訳には行かないと、そそくさに荷物をまとめ、葵と共に2人を追いかける。

入部テストを経て、合格したのは天馬と信助の2人だけだった。当然も当然だ。後の3人は内心目当てで、せめて諦めずにボールにくいついていけば話は別だったかもしれないが、あの態度は正直見ていられるものではなかった。

そんなわけで、今年の新入部員は天馬、信助、京介の3人のみとなった。
サッカー名門校とはいえども、入学式の騒動のことを考えれば、よく入部する1年がいたとも言えるけれど。


部室には既に先輩達は揃っており、重苦しい雰囲気を漂わせていた。

「どうかしたんですか?」
「栄都学園との練習試合が決まった」

栄都学園と言えば進学校として有名な学校だ。
サッカーに関しては、弱過ぎる、という訳では無いが世間で噂されているほど力のある学校では無い。
練習試合だというのに、この落ち込みようは、勝敗指示か定められた負け試合で間違いないだろう。

「……先輩たち、誰も教えないんだ」

確かにサッカーに対してこんなに熱意のある天馬と信助のに対して、この試合は負けることが決まっている、なんて伝えるのは心底苦痛だと思うけど。

「薄ちゃん、何か言った?」
「ううん、なんでもない!天馬くん達の初試合、楽しみだね」
「うん!沢山応援しようね!」

嬉しそうに両手で拳をにぎりしめる葵を見て、この試合はきっと負け試合になるとは伝えられなかった。



7



少し早めに学校に向かえば、剣城はサッカー棟の近くの陰で涼んでいた。残念ながら同輩である天馬達はまだ来ていないことは分かっていたので、剣城に駆け寄る。

「剣城くん、ちゃんと来たんだ」
「雷門の監視のためだ」
「正直、今日はサボると思ってたよ」
「サボるわけないだろ」

シードである剣城がここにいることこそが、今回の試合に勝敗指示が出されているという、何よりの証拠だ。
この役割を与えられている以上、勝敗指示の出ている試合で間違いを起こす訳にはいかないだろう。

先輩たちの様子を見るに、残念ながらそういうことを企むような人はいなさそうだけど。

「でも、学生の本業は学業なので、今日くらいお仕事休んでもいいと思うけど」
「残念ながら俺の本業がシードだ」
「そ〜ですか」

返事をしつつ棟の中に入れば、霧野に声をかけられる。霧野は比較的親切で温厚な先輩だが、挨拶や仕事以外で話しかけてくるのは初めてかもしれない。

「小手鞠か、おはよう」
「おはようございます」
「アイツと仲良いんだな」

誰のことを言っているのか分からず、変な声が漏れてしまったが、先程話しているのを見られたのだとすれば、アイツとはつまり。

「ほら、剣城と話してただろ」

霧野の声色から察するに探られてるというよりかは、純粋な興味によるものだと判断して、答えることにした。

「私は天馬くんたちと違って、剣城くんとは同じクラスですから。話すきっかけなんて沢山ありますよ」
「ふぅん……。って、ああ、いや!別にこれは、剣城と君のことを探ってるとかじゃなくてだな。えぇと……」

なんでもない事のように告げれば、霧野は少し慌てふためくように手を振る。彼の紡ぐ、しどろもどろに脈絡のない言葉に、思わず笑みがこぼれた。

「別に構いませんよ!剣城くん、基本的にシャイだから、クラスでもあんな態度ですし」
「いや、あれはもうシャイとかそういう次元の問題では無い気がするが……」

いや、私もあれをシャイの一言でまとめるのはなんか間違ってた気がするけど。

「じゃあコミュニケーションに難があるとか」
「それはそれでどうかと思うが!?」
「リラックス出来ました?」

そう伝えれば霧野はバツが悪そうに頬をかいた。

「皆さん、昨日から暗い顔されてたので」
「大丈夫だ。心配をかけさせたな」
「あの……」
「なんだ?」
「いえ。……試合、応援してますね!」

天馬達には勝敗指示のことを伝えないんですか?という質問は出来なかった。



8



栄都学園のスタジアムには多くの観客が集まっている。

「流石は栄都学園。調子がいいだけあってすごい応援ね」
「こんな人の中で試合するんだ」

初試合という事もあってか、天馬の表情は相変わらず固い。
観客の数に圧倒される天馬に水鳥は気合いを叩き込むように、思い切り背中を叩く。

「天馬!それが緊張ってもんだ!」
「はい!頑張ります!」

水鳥の応援に気合いが入ったのか、両手を握りしめて答える。
剣城といえば、近くで試合を見る気もないのか、着くやいなや、観客席の方へ向かってしまった。

「薄ちゃん、観客席の方見てどうしたの?」
「え?……いや、沢山お客さんいるな〜って思っただけ!」
「私たちが出場する訳じゃないけど、これだけ人が沢山見ていると緊張しちゃうよね」
「そうだね!天馬くんたち、大丈夫かな」

そんな雑談をしていれば背中に重みがのしかかる。
視線を向ければ水鳥が私と葵の肩を抱いて元気よく励ましてくる。

「ま、天馬なら大丈夫だろ!」
「そうですよね!」
「だからあたし達はアイツらがちゃんと試合出来るように応援とサポートをしてやろうぜ!」
「はい!」

ストレッチをしている皆に水鳥は強い眼差しを向ける。

「水鳥さんってそういうところありますよね」
「そういうとこってどういう意味だ!」

そう言って水鳥は髪をかき乱すように強い力で撫でてくる。

「いたた、元気が貰えるって意味ですよ!」

各々試合の準備をする。
試合時間になれば、神童の掛け声とともに皆、フィールドにかけて行った。

雷門は順調にパスを繋げて互角な攻防が続いていたが、栄都にボールを奪われる。
葵や水鳥が応援しているが、雷門の素早い連携について行くのが精一杯なのかボールに触れる様子はない。

浜野にパスを催促した神童がボールはボールを奪われ、そのまま栄都の選手はゴール前までパスを繋いでいき、シュートを撃つ。

「バーニングキャッチ!」

三国は腕に炎を纏い、ボールを地面に押さえつける。
力は拮抗しているように見えたが、覚悟を決めた表情を浮かべれば、ボールと共に吹き飛ばされ、ゴールが決まる。
俯く雷門イレブンの表情は伺えない。
天馬が先輩たちに声をかけるが、表情は晴れない。
音無の表情も暗いままだ。

「……」
「天馬ー!信助ー!頑張れー!」
「お前の底力見せてやれ!」

元気に応援する2人と共に応援することは出来なかった。

栄都に一点奪われてからというものの、雷門の調子は戻らず、あっという間に追加点を入れられてしまう。

本当に調子が悪いわけではなく、調子が悪いふりをしているだけだ。
流石の天馬も先輩たちのプレイを違和感をおぼえたようで困惑した表情のままフィールドに立っている。
前半の終わるホイッスルの音と共に、暗い表情の雷門イレブンがフィールドから出ていく。

意気消沈。かける言葉も思いつかないが、そもそも、何を言ったところで無意味だろう。
お疲れ様ですと声をかけながら、葵達と分担してドリンクを手渡していく。
沈黙が雷門を支配する。あんな弱小サッカー部に苦戦しているフリをしなければならないのだから不満がないわけが無い。

だからこそ、フィフスセクターの内情を知っている私はこの人たちの表情を見て見ぬふりしてはいけない。
この人たちの悔しさを、苦しみを、目に焼き付けなければならない。


「どうしてあんなプレイをするんですか!」

天馬のその訴えに全員が振り返る。

「三国先輩も、車田先輩も、天城先輩も、南沢先輩も、霧野先輩も、倉間先輩も、速水先輩も、浜野先輩も!」
「ちょっと、天馬くん!」

誰も彼も、悔しそうに食いしばる。
マズイと思い、咄嗟に声をかけるが、天馬は無視して神童へ詰め寄る。

「キャプテン!なんで本気で戦わないんですか!」
「お、おい……天馬、いきなり何言い出すんだよ」
「先輩たちが本気を出せば栄都学園の守りなんて簡単に崩せるじゃないですか!なのに、なんで!なんで本気を出さないんですか!」

その言葉に神童は悔しさで肩を震わせる。
当然だ。一番悔しいのはキャプテンを任されているのに何も出来ない神童自身なのだから。

「先輩たちは負けてもいいんですか!?」
「いいのよ!負けても」

この状況を見かねた音無は沈んだ表情で事実を告げた。

「天馬くんたちにはまだ言ってなかったけど」

その声はとても苦しそうで、本当にこの人はサッカーが好きなのだと理解して、耳を塞ぎたくなった。

「この試合は、初めから3-0で雷門が負けることが決まってるの」


こっそりとベンチを抜け出して剣城の元へ向かう。
雷門が勝敗指示を破るわけないと高を括っているのか、どこか余裕そうな表情を浮かべていた。

「何もしなくていいの?」
「…松風のことか。アレを聞いた後に何をするって言うんだ」
「数日の付き合いだけど、分かるよ」
「何が」
「天馬くんはすっごいサッカーバカだってこと。きっと諦めないよ」



9



後半が始まる。皆、フィールドに入り、試合の準備をしていたが、天馬はベンチで考え込んでいた。
水鳥に促されたことで、ようやくフィールドに戻る姿は先程の事実から立ち直れていないようにも見えた。

「あいつ、大丈夫かよ」
「分からないけど……、でも」

入部試験の時だって、天馬は唯一諦めなかった。
一緒に合格した信助ですら、神童の本気のプレイに圧倒されて諦めかけていたというのに、天馬は寧ろ、絶対に合格しようと、諦めずにボールを求めてグラウンドを駆け巡っていた。

「天馬くんならきっと大丈夫ですよ」

だからこそ、こんなところで終わるところは見たくない。半分くらいは、そうであって欲しいと願う、自分の願望だ。

私がそんなことを言うのが予想外だったのか、水鳥はキョトンとした後、ニヤリと笑う。

「へぇ。そういうの、葵が言うと思ってたよ。意外だな、アンタがそんなこと言うの」
「そうですか?」
「いいね、アタシ、そういうの嫌いじゃないよ」

そう答えた水鳥はホイッスルの音ともに天馬を応援するために立ち上がり拳に力を入れる。
しかし天馬は動かなかった。
天馬が動かなくとも、試合が止まることは無い。
ボールを持った栄都の選手が天馬の方へドリブルをする。それでも天馬は動かない。そのまま天馬は栄都の選手の激しいタックル受け、そのまま尻もちをついてしまった。

「天馬!」
「監督!一度、天馬くんをベンチの外に出した方が」
「いや、このままでいい」
「でも、監督!」

久遠は天馬を見定めるようにグラウンドを眺める。
栄都のキャプテンの指示でパスが繋がり、一点を取られた。
これで勝敗指示の3-0になった。

キックオフと共に倉間からボールが奪われ、勢い付いたように見える栄都学園のオフェンスに雷門は為す術ない振りを続ける。
そして天馬はようやく顔を上げて走り出し、ボールを奪った。

「キャプテン!」

ボールは大きく逸れて栄都の選手にわたる。
周りの声も気にせず、天馬は何度もボールに食らいつき、何度もパスを繋げようとする。
その姿に感化された信助が栄都のボールをカットし、天馬へパスを繋げ、神童に向かって放つ。

そしてついに神童がダイレクトシュートした。
真っ直ぐとゴールへ向かい、ゴールキーパーはボールと共にゴールネットへたたきこまれた。

「だから何もしなくていいか聞いたのに」



10



翌日。朝練の準備のために早めに家を出たというのに、前方には見慣れた姿がある。剣城だ。
真面目だなと感心しつつ、折角なので驚かしてやろうと忍び足で這い寄る。

「誰だ!」

しかしあと一歩のところで気配に勘づかれてしまい、彼は声を荒らげ、警戒の姿勢をとりつつ、振り向いた。

「小手鞠……」
「お、京介、おはよ〜」

そして私の顔を見てあからさまに顰めた。失礼な。
驚かそうとした私も悪いけれど。
歩幅を合わせる気が皆無の剣城は歩くスピードを早める。

「おい、何故着いてくるんだ」

何故、と言われても。目的地が同じ学校である以上、どう足掻いても同じ通路は使うし、この道程がここからなら1番近い。

「いや、無茶いうなって。目的地同じなんだから」
「違う道を使えよ」
「でもこの道の方が早くつくもん」
「なら、俺はこっちから行くから着いてくるなよ」

逆方面に向かおうとする剣城の腕をがっちりと掴み、そのまま学校の方面を指さす。

「え〜、そんな無駄なことしてないで、せっかくだし一緒に行こうよ」
「誰のせいで…………。ああもう、勝手にしろ」

執拗い態度に呆れたのか、素直に、とは言えないが、諦めたように隣を歩く。ここで抵抗することは無いだろうと見て、掴んでいた腕を離した。

「これから雷門はどうなっちゃうんだろう」
「勝敗指示の無視。結果的に久遠はクビになった。これで雷門は終わりだろ」
「新監督が誰かまだ分からないでしよ」
「新たに監督を派遣するのはフィフスセクターだ。久遠の様な奴や、反旗を翻すような奴を寄越しはしねぇよ」
「ま、それはそうだけど。でもまた天馬くんが何かやらかすかもよ?」

その言葉に剣城は黙り込む。

「その時は、俺があいつを潰す」

本当に出来るのだろうか。
フィフスセクターの「潰す」行為と剣城の思ってる「潰す」行為は同じじゃない。
例えば、サッカー二度と出来ないようにしろ、と命令されれば、剣城なら、完膚なきまでに叩きのめして絶望させることで二度とサッカーを出来ないようにさせるだろうけれど、フィフスセクターの真意は違う。
彼らならきっと、二度とサッカーができないように故障させてくるだろう。

「なんだその微妙な顔は」
「そんなに可愛くない顔してた!?」
「可愛いも何も無いだろ」
「ひっど」
「はぁ。お前だって、逆らうやつのがどうなるかも知っていただろ。それを間近で見る覚悟があったから入部した。そうだろ」

いや、そこまでは考えてないけど。



11



新監督の存在に不安を感じている皆の予想を反してやってきたのは伝説のゴールキーパー、円堂守だった。
雷門の新監督は円堂守になったわけだ。
正直何を言っているのか分からない。困惑しているのは私だけでは無い。
恐らく純粋に喜んでいるのは天馬や信助くらいで、他の部員達は、どうしてこんな人が監督になったのか、と困惑しているだろう。どう考えても、試合に勝つための練習をするなんて発言する人間はフィフスセクターが送り込んでくるとは思えない。
聖帝であれば許可するかもしれないが、そんな危険な真似をあの人がするわけないだろう。
となれば、これは恐らくフィフスセクターの人間ではなく、外部の人間が円堂をこの雷門に引き入れた。そう考えるのが自然だ。


「それで。どうするの?シードの剣城くんは」
「フィフスセクターが奴を監督として認めた以上、俺は監視をするだけだ」

校長室の傍で聞き耳を立てていた私たちはひっそりと周りに聞こえない程度の小声で会話する。

「もう、真面目だね。なら河川敷には行くんだ?」
「当たり前だろ」
「あの人はきっと、シードとか関係なく、歓迎してくれるよ」
「それがなんだって言うんだ」
「べっつに〜」

分からないなら、今はそれでいい。
シードの仕事など関係なく、声をかけずとも剣城なら円堂の特訓がどんなものなのか気になって河川敷に行くことは目に見えてる。

少し遅れて河川敷にたどり着けば、円堂の他に、天馬と信助、葵に水鳥、茜、音無が揃っていた。

「お、薄、お前まで来ないと思ったぞ!」
「薄ちゃん、もう練習始まってるよ」

こちらの姿に気付いた水鳥は大きく手を振る。
茜はシャッターをきりながらにこりと微笑む。

「あはは、すみません」
「大丈夫よ、今日は2人しか来てないもの」

音無の言う通り、グラウンドで特訓をしているのはドリブル練習をする天馬とヘディング練習をする信助の2人だけだった。

「薄、どうだった?」
「大丈夫ですよ、皆さんサッカーが好きですから!」
「そうか!」

円堂との会話に疑問を感じたのか音無が首を傾げる。

「円堂さん、何か頼み事でもしてたんですか?」
「まあな!うちの部であの剣城に声をかけられるのはお前と天馬くらいだろうし」
「まさか。剣城くんも呼んだんですか?」
「正確には先輩達と剣城くんの様子を見てきて欲しいって頼まれてたんです」
「でもどうして小手鞠さんに……」

「だって、お前は剣城と仲良いだろ?」

その言葉に思わず硬直した。別に隠している訳では無いが、就任して半日の円堂がその関係に気付くと思わなかったからだ。
わざわざ剣城を含めた部員全員の様子を確認してから河川敷に来て欲しい、なんて頼む時点で円堂は気付いてたのだろう。
表情を強ばらせた音無や、不安そうに眉を顰める水鳥と茜に気付いて咄嗟に言葉がこぼれた。

「シードって疑ってるなら違いますよ!」
「おう、知ってるぞ!」
「なら何故わざわざ……?」

頼み事をしてきた意図も、ここで剣城の話題を出てきた意図も理解出来ず、曖昧に問いかければ円堂は答える。

「だってお前、剣城はともかく、みんなから距離を置いてるだろ」
「え?」
「この間の栄都との試合の時も。お前は後ろめたさから、松風に駆け寄ることも、二年や三年の連中にも声をかけることが出来なかったんだろ?」

図星をつかれて思わず否定も肯定も出来なかった。
あの試合の時、水鳥と葵はすかさず天馬に駆け寄っていたが、ベンチから動くことは出来なかった。先輩たちを慰めることも、天馬たちと一点を取れたことを喜ぶことも出来なかった。
円堂はそんな私を気にしつつも話を続ける。

「フィフスセクターのことを知っていたのに、松風達に伝えなかったのは、本当のサッカーが見たかったからなんじゃないのか?」
「もう、別にそこまで考えてませんってば!」
「そうか?」
「そうですよ」
「でも、お前のあの時の表情を見れば分かるさ。お前がサッカー部の皆に負けないくらい、サッカーが好きで今の管理サッカーのことが許せないってこともな!」

「あ、あの!……円堂監督は、本気でサッカーをやるつもりなんですか?」
「もちろんだ!わざと負けていい試合なんて存在しないからな」

ニカッと太陽のような笑顔で円堂は答えた。
選手では無いから何も出来ないと、行動を起こさない私とは違う。この人は本気で本来のサッカーを取り戻すつもりだ。

「よし!次の特訓だ!」

円堂は天馬と信助に声をかけると共にグラウンドに入っていく。必死にボールを追いかけるその姿は本来のサッカーの姿で、私が一番見たかったものだ。
思わず拳を握りしめた。

「3人ともすごい楽しそうね」
「ちょっと羨ましいです」
「ふふ、そうね。……それにしても、どうして小手鞠さんはフィフスセクターのことを知っていたの?」
「剣城くんのこともありますけど……、昔からお世話になってる方がフィフスセクターで働いてるんです」

「あの人は、サッカーに対して熱い思いを持ってました。だから何の意味もなくフィフスセクターに加担するような人間じゃないんです」
「もしかして、その人って……」

音無は何故か驚いた表情を浮かべたあと、ゴホン、と咳払いをし、微笑んだ。

「いえ、貴方にとって、その人は大事なのね」
「でもだからってフィフスセクターのことを肯定するわけじゃないですよ」
「ええ、分かってるわ」

フィフスセクターのやってる事全てが悪いこととは思わない。だとしても私が好きな自由なサッカーはフィフスセクターが掲げる平等による平和を守ることが出来ない。
だから、私に出来ることがなんなのか、未だに分からない。

「さっきのこと、円堂さんはああ言ってたけど、気にする必要なんてないわ。それに円堂さんもきっと気付いてるもの」

音無はグラウンドの3人に柔らかい眼差しで見つめる。
つられてグラウンドに目をやれば3人は必死になってボールを追いかけていた。
私を安心させるように表情を綻ばせ、にこりと笑う。

「今の貴方と、あの瞬間の貴方の顔を見ればわかるわ。
 純粋なフィフスセクターの人間なら神童くんか得点を決めてしまった時に素直に喜べなかったはずなんだから」

「天馬!」
「うわぁ!」

信助が天馬に対してヘディングでパスを試みるが、ボールをとる事が出来ずに、天馬は足を取られて滑る。
そしてボールはそのまま階段の方へ転がっていく。
視線を向ければ必然と上にいた存在に気がつく。

「ああ!来たか、剣城!そのボールを取ってくれ!」

不安そうな天馬を他所に、円堂は片手を上げ、剣城に呼びかける。剣城は不快そうに顔を顰める。

「なに?」
「サッカーやろうぜ!」
「虫唾が走るぜ、アンタのサッカーやろうぜには」
「そうか!」

円堂は剣城の態度に気にした様子も見せず、後ろを振り向く。

「おーい!お前たちもそんな所にいないで、こっち来いよ!」

円堂の声に天馬と信助は振り向く。
建物の影で練習の様子を伺っていた先輩たちが出てきた。

「アイツら、なんやかんや、気になってたんだな」
「だってほら、サッカー好きの人間が気にならないわけありませんから」

見学していた先輩達を集めた円堂はキック力を見るために全員にシュートを撃たせていく。そして全員のシュートが終わり、円堂は階段の方に向く。

「最後は剣城!残ってるのはお前だけだ!サッカーやろうぜ!」
「……っ、いいだろう、やってやるよ」

階段を降りてく剣城と円堂を皆は不安そうに眺めていた。
止める人が居なかったのは、剣城と円堂の対決を見てみたい、という欲もあっただろう。
剣城は器用に足でボールを浮かせ、力強く一回蹴り、少し浮かせると手を突き出しボールを放つ。

「デスソード!」

そのボールは勢い良くゴール前の円堂に向かう。
葵は思わず顔を両手で覆い、他のメンバーも驚いた表情で見守るが、そのボールが円堂に当たることは無かった。
ボールはそのままゴールへと吸い込まれていく。

「すごいシュートだな!やるじゃないか!」
「っ…ふざけやがって」

円堂がシュートを止めもしなかったことに対して、剣城は舌打ちをするとそのまま引き返していく。河川敷を離れると共にあたりの緊張が解け、皆はほっとため息をついた。

「今日の練習は終わりだ!」
「結局ここでしか見えないものって何だったんだ」
「みんな勝つ為の特訓に来たんだろ?だったら見えたじゃないか。本気で勝利をめざしたいと思ってる仲間の顔さ!本気のサッカーをやろうと思ってるヤツらのな!」
「みんながここにいる。それが今日の特訓だったんだ!」

拳を握りしめて皆に訴えかける円堂に、皆は顔を見合わせる。

「明日からは学校のグラウンドで待ってるぞ!」



12



皆が帰った後、円堂と私は河川敷に残ってボールを蹴っていた。日はすっかり暮れ、空は橙色に染まっていた。
少し力を入れてボールを蹴れば、綺麗な弧を描き、円堂の足に吸い付くように渡る。

「お、上手いじゃないか!サッカーやってたのか?」
「昔に少しだけ。パスだけは得意だったんです!」

だって、パスを繋げば、ストライカーはきっとシュートを決めてくれる。だからこそ、私はシュートよりもパスやブロックの練習は人一倍重ねていた。
サッカーは1人でやるものではないし、シュートを決めるだけがサッカーじゃない。後衛がゴールを護ると信じる前衛の期待に応えてボールを蹴るあの瞬間がとても好きだった。

「そうか!…ん?あれって」

ふとベンチに置かれた鞄が目に入る。

「あら、誰か鞄を忘れてますね」

鞄を持ち上げて確認すれば松風天馬と書かれている。

「天馬くんの鞄みたいです」
「はは、忘れて帰るなんて、相当サッカーのことで頭がいっぱいだったんだな!」
「まだ近くにいるかなぁ」
「ま、気付いたら戻ってくるだろう!戻ってこなかったら明日渡せばいいさ」

それもそうか、と思い、頷きながら帰り支度を進める。
帰り支度を済ませたところで、円堂が「そういえば」と話を切り出す。

「お前はどうするんだ?」
「私は、分かりません。あの人が何を考えてサッカーの管理をするに至ったのかも、なにも」
「なら、お前のやりたいことはなんだ?」
「やりたいこと…」

やりたいこと、とは違うのかもしれないが、見たいものはある。あの頃みたいに、全力のサッカーを見たい。何のしがらみもなくボールを蹴る剣城の姿をもう一度見たい。
その気持ちに嘘は無い。
考え込む私に円堂はニカッと笑顔を向け、手に持っていたサッカーボールを投げてくる。咄嗟にそのボールを抱える。

「答えなくてもいい。最初に思い浮かんだことがお前が今、1番望むことだ!」
「…でもそのために何をしたらいいのか分かりません」
「今はそれでいいさ。アイツらを見ていれば、きっとお前が本当にやりたいことが、見えてくるはずさ」
「円堂監督…」

腕の中のボールを見る。
そうだ、今ここで、悩む必要なんかない。どうせ自分に出来ることなんて限られているんだから。私は私のできる範囲やれることをすればいい。

「その、話してたら悩んでたのが馬鹿らしくなってきました。ありがとうございます」
「おう!じゃあまた明日、待ってるからな」
「はい!」

拳を前に突き出す円堂に大きく頷いた。



13



「あれ?3人とも早いね」

部室に入れば、来ていた葵と天馬と信介の3人がいつかの雷門の試合をみていた。

「薄ちゃん!おはよう!」
「去年のホーリーロード決勝の試合だよ!」

「へぇ」と相槌をしながら画面に目線を向ける。
神童の神のタクトによって雷門のパスが繋がっていく?そしてゴール眼前の神童にボールが渡り、そのまま必殺シュートを放ち、ゴールが決まる。

「すごいね!キャプテン大活躍じゃん!」
「うん、すごいシュートだね」
「でもこれもフィフスセクターの指示通りなのよね」

葵のその言葉に天馬と信介は顔を曇らせる。

「俺、去年の決勝戦すごい真剣に見てたんだ」
「どっちのチームも本気を出しているように見えるけど」

「当然よ、本気だもの」

その言葉に振り返れば顧問の音無がいた。

「本気の試合だからこそ、神童くんも神のタクトを使ったし、フォルテシモを打ったのよ」

そして試合終了のホイッスルが鳴る。
2-1で雷門の負けだ。
リモコンを片手に音無は続ける。

「負けちゃったけど、あの試合はみんな充実していたと思う。フィフスセクターが管理する試合の中にも時にはこういう全力を出せるものもあるのよ」

ホーリーロードのような大舞台でこうなったのは珍しいケースだけど、と続ける。

「…で、どうしてみんな去年の試合を見ていたの?」
「もうすぐホーリーロードだから、去年どうだったかなって見直してたんです」
「ここなら前の、いっぱいあるし!」
「ああ!おはよう!はやいな、お前たち」

何かを片手に抱えた円堂が元気よく挨拶する

「お前たちだけか?」
「はい」
「昨日、みんな河川敷に来てくれたのにね」
「みんなじゃないけど…」
「うん、キャプテンとか来なかったね」
「なぁに、すぐ集まるよ」

円堂は壁にポスターを貼る。
ホーリーロード。少年サッカーの全国大会で、フィフスセクターの聖帝を決める選挙も行われている。
去年の試合に指示がなかったのは聖帝選挙でイシドシュウジが聖帝になることが決まっていたからだろう。

「ホーリーロード…」
「俺がお前たちの歳の頃はフットボールフロンティアって大会だった」

円堂がそう語っていると部室のドアが開かれる音に振り向く。そちらを見れば制服姿の三国と浜野が入ってきた。

「おはようございます」
「おはざーす」
「おはようございます!」
「良かったね、天馬」
「うん!」

続々と先輩たちは部室に来ているようだったが、倉間と神童の2人だけは来なかった。



皆の朝練の途中、いち早く神童に気付いた茜が即座にカメラを取りだす。

「神サマ登場」
「茜、はや!」

グラウンドの皆や円堂も気付いたらしく、上を向けばユニフォーム姿の神童がグラウンドを見ていた。しかし練習に参加する気は無いのか降りてくる様子は無い。
駆け寄る天馬を無視して神童はそのまま去っていってしまった。


雷門がサッカー強豪校ということもあってか、キャプテンである神童がサッカー部を辞めるという噂はあっという間に広がった。
もちろんその噂は私たち、マネージャーの耳にも届き、校舎近くのベンチで集まってた。
とくに神童のファンである茜の顔は明るくない。

「はぁ、神サマ、辞めちゃうんだ…」
「あぁ、やっぱりですか。神童くんらしいかもしれませんが」

茜の言葉に隣のベンチで落ち込んだ表情をする速水に水鳥が「暗い!」と怒鳴れば、驚いた速水が情けない声を上げながら飛び退く。

「ビックリするじゃないですかぁ」
「お前らそれでも雷門イレブンか!」

怒鳴りつける水鳥に臆せず、浜野は「内申書に響いたらやばいもんね」と呑気に返す。

「そゆこと、ホーリーロードも近いしな」
「ちゅーか、上手くやりゃ、去年の決勝戦みたいに普通に試合できるかもよ」
「あればよかったよな」

去年の試合に思いを馳せる2人に気に食わなかったのか怒りを収めることは無い。

「お前らほんと後ろ向き!1年みたいにサッカー超好き!とか無いわけ?」
「ありませーん」
「速水ぃ!」

思わず拳を握りしめた水鳥を茜が止める。

「水鳥ちゃん、鉄拳禁止」
「でも、こいつら許せねーじゃん!」

隣で騒ぐ2年生たちを横目に葵が呟く。

「サッカー部どうなっちゃうんだろうね」
「…円堂監督は退部届を受理しないと思うけど」
「でも、神童先輩が部活に来る気が無いんじゃ、受理してもしなくても、意味は無いんじゃないかな」

一理ある。その言葉に返事はできなかった。
周りの空気に飲まれたのか、暗い表情の葵に、どうしたものか、と思考を巡らせるが、いいアイデアなど思いつかない。

「大丈夫とは言えないけど、私たちには私たちのできることをしよう」
「薄ちゃん…そうだね!私たちの仕事はみんなをサポートすることだもんね!」

隣からはお前らもアイツらを見習えよ、と言った野次といやですよ、と否定的な応答が繰り返されていた。

「でもちょっと意外だったかも」
「なにが?」
「薄ちゃんがそういうこと言うの」
「あはは、私も柄じゃないと思った」

prev  log vita  next