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あの山の奥に近づいてはいけない、と一番最初に私に教えたのは誰だったろうか。幼いながらもそれを理解していた私は、言いつけもきちんと守って寄り付く事もなかった。幼少期特有の、両親に七不思議とか都市伝説的なことを聞かされ怯させられた記憶もまだ残っている。
でもそれが初めてではないのだ。両親に、近づいてはいけない、と初めて言われた時には私ももう知っていた。あの山は普通とは違う特別な場所であることを。
私の生まれ育った島は北巻諸島という小さな島だった。
同世代の友達もそんなに多くなく、近場にあった小学校は全校生徒を出しても30人に満たない位で授業なんか2学年一緒の教室の前と後ろを二つに分けて行われていて、先生があっちこっち行き来してたのを覚えてる。
それだからか、1、2歳しか変わらない人は皆友達という感覚で育っている私達は、年齢差関係なく皆仲が良かった。
「名前、そういえば来週の林間学校の準備終わった?」
「あともう少しだよ。今日帰ってからラストスパートかな!」
「楽しみやね!」
「だね!」
中学に上がってからは自宅から程遠い市街地にある中学校を受験した。地元でのんびり過ごすのもいいけど、新しい学校、環境で新鮮な気持ちを味わいたかったし、なんと言っても私の家の周りには本当に山から海しかない。自然もいいとこ、というのが一番ウリではあるのだが、いかんせん年頃の女の子からすると少し物足りない。…親も少し反対してたところをやや強引に突っぱねたのだが、今の学校生活は満足している。片道電車で一時間半なんて苦じゃないと感じるくらいには。
…なんて寂しいことを一緒に生まれ育った幼馴染達に言うと拗ねられるんだろうな。そんな情景が思い浮かんで少し笑った。
さて、本題に入るが、私の通う学校は中学1年生の6月の初旬に臨海学校というものがある。
入学して、友達も出来てきた頃にさらに親睦を深めようと言うアレだ。かく言う私も地元から一緒に出てきた友達もいるため孤独という訳ではないのだが、今までの少数のクラスとは一変し、幼馴染達との交流も減ってしまった。それもそうだ。唯一地元から共に通っている幼馴染は男の子なんだから。
思春期もさながらやや疎遠になってしまった為、今は新しくできた友人ミコトちゃんと共に過ごしている。
ミコトちゃんは今年から九州から関東に引っ越して来たようで、この学校から徒歩10分の所に住んでいるらしい。誰も知り合いが居ないから心細かったらと笑う姿は私の状況とそっくりで、意気投合するのも時間の問題だった。
彼女との出会いは入学初日の自己紹介の時、私の地元を言うと、もしかしてあの東銅山のある!?と大いに食いついてきて、そこから仲良くなった。
そして東銅山、正式名称東尽銅山跡地というのは、私の生まれ育った町である北巻諸島の南部にある近くにある鉱山とその跡地であり、標高は2000Mを越えたこの辺り一体じゃそこそこ大きな鉱山である。
なぜ鉱山と跡地が別れているのかといえば、今は土砂崩れで山の一部が崩れており、人が足を踏み入れる箇所がないからである。
そのせいで、登頂出来るのは山の3分の1までとなっており、ここ近年では恐らく山頂に登ったことがある人なんて居ないだろう。KEEP OUTと大きく書かれたテープに山頂への入り口は固く閉ざされており、見るからに危ない。危険を冒してまで登ろうとする人は登山家にはいない。余程の命知らずではない限りは。
しかしかつてその山が高々と聳え立っていた頃の頂上の景色はそれはもう見物だったそうだ。
世界の百景に名前を連ねるくらいには。ーそれももう数年前の話ではあるが。
ミコトちゃんは生きているうちに一度は行ってみたいと豪語しているくらい東銅山に興味があるらしく、もし長期休みがある時は案内して欲しいと息荒く告げられるのもほぼ日課だ。
話を聞けば、ミコトちゃんは実は景色マニアであり、ありとあらゆる山や遺跡跡地などを巡るのが趣味らしく、東尽銅山に関しては本でしかみたことない、深く興味を示していた。それもそうかわざわざ都会に住んでて、電車で一時間半もかかる私の地元まで来る必要もない。
「ねえ、なんで名前は東銅山に登ったことないと?」
「あるよ。あるけど…」
「けど?」
しかし、こんなに東銅山に興味がある彼女に本当のことを打ち明けてよいものか。こんなに憧れを抱いている彼女に、その憧れ否定するようなことを言っていいものかと言い淀んでいると、この話はやめよっか、と困ったように笑うから私も決心せざるを得なかった。
「実はずっと黙ってたことがあるんだけどちょっとした所以があってさ、あまり近付かないように両親に言われてるんだ」
「え?なんで?昔は世界遺産にも登録されてたんやろ?」
「ミコトちゃんがずっと興味あるのに隠しててごめんね。実はさ、土砂崩れがあったでしょ?数年前の大きな土砂災害が起きた時がね、丁度両親が私を連れて、東銅山の北東を登山している時に起きた出来事だったみたいで、両親にとっては一種のトラウマになってしまったんだって。幸いにもだれも負傷者は居なかったらしいんだけど、一歩間違えたら家族を失うかもしれないそんな場面に出くわしてたとしたら…今もあの時の状況を思い出すと震えが止まらないって言ってた。完全にではないけど修復されて安全に一部登れるようにはなったけど、それでも両親はその事件が深く根付いてて、あれからどこの山でも登山をする事やめたんだって」
「え、そんなことがあったんや…。私も東銅山の災害は知ってる。ニュースにもなってたくらいやし。それなのに何も知らんくて毎日東銅山に連れてってなんてワガママ言っとってごめん!」
「ううん、なんか知り合って間もないのにこんな暗い話するのも気が引けちゃってさ」
「いやいや気にせんでいいよ。私がワガママ言いよっただけやし。てか、名前の中では私がそういう話をしてもいい間柄になったってことよね?めっちゃうれしい!」
「…そういうことを面と向かって言われると照れるなぁ」
私のことをもっと知って欲しい、と思うくらいにはミコトちゃんも大事な友人になったと自覚はしているが本人に図星を突かれるとなんとなく気恥ずかしものになるのは仕方ない。
だから案内は出来ないかもしれない、とミコトちゃんに告げるとしょうがないなぁと言わんばかりに今度はベプシで手を打とうと笑った。
懐かしいなぁ。東銅山。
小さい頃に両親と登った、と言ったが私はほとんど記憶がない。物心も付いていて、覚えていても変じゃないのに、なぜかぽっかりと消えている。これまで生きていた記憶に塗り替えられているのか、10年にも満たない記憶だというのに。
ぼんやりと考えていたそれは、担任の先生のHRが始まったことで数分後には頭から消えていた。
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授業が終わり、ミコトちゃんは部活へ、私は自宅へと別れた。本当は部活に入りたかったのだが、ただでさえ自宅から離れているのに、部活に入ると帰る時間が遅くなってしまうので、諦めた。
そまそもこの学校に通いたいと強く志願したのは私だったので、そのくらいの諦めは簡単についた。その代わりに地元に帰ったら知り合いの店のパン屋さんでアルバイトをしているので、何も不便に思ったことはない。
「ほう、立派に浮気か。寂しいではないか」
「…だ、誰?」
「山のことは俺に聞いておけば間違いない。そう言ったのはお前だろう?」