でも、君は知っていた
青葉城西に入学して、あっという間に部活が始まった。問題なく女子バレーボール部に入部した私は第2体育館で練習を行っていた。
といってもなぜか私は監督直々に指示されて、あの人のアップに付き合わされているのだけれど。

「及川さん」
「名前ちゃん、もう一本いい?」

そういってボールを床にたたきつける。はあ、と小さく息をついて私はレシーブのために腰を落とす。

ピッと、ボールを高く高く上げる。ボールに合わせて飛び上がる彼の長い腕がしなり、その大きな掌がボールを打つ。強烈なサーブ。
それでも、私は2年間それを受けてきた。ボールの打点に迷いなく足が動く。しっかりとセッターの場所に返せば、及川さんは満足そうに笑うのだ。

「さっすが名前ちゃーん!俺のサーブこれだけしっかり取れるのって、名前ちゃんぐらいだと思うよ!」
「及川さん、もういいんじゃないですか。十分温まりましたよね?」

私の言葉に及川さんは肩を小さくくすめる。

「もー、もうちょっと名前ちゃんと一緒にいたいんだって、わかんないのー?」
「私にも練習がありますし、及川さんも練習試合でしたよね?」
「まあ、ね」

及川さんはそういって、脱いだ服を手に取る。

「名前ちゃんがそういうし、そろそろいこっかな」
「怪我、しないでくださいね」
「わー!心配してくれるの!?」

あ、言わなきゃよかった。周りをうろついてくる及川さんを手で払って、追い出す。きゃーと笑いながら第2体育館を出ていく及川さんに、ふぅと息を吐き出してから、私も練習に戻ろうを足を向ける。

「名前ちゃん。いまの練習終わったら、第3体育館おいで。監督には許可、取ってあるから」

そういって笑って及川さんは出ていった。

 ∬

キュッキュとバレーシューズの音が響く。はあ、と息を吐き出しながら開いた扉から体育館内を見る。
練習を抜けることになった文句を及川さんに言わなくちゃいけない、と思っていたのに


私はそこにあるユニフォームに目を奪われた。
真っ黒なユニフォーム。
いつかの夢で、彼が来ていたものにそっくりなそのユニフォーム。

「どう、して」

飛び上がる、いつか見たことのあるようなオレンジ色。そして、そのオレンジの手に引き付けられるように飛び込むボール。

そのトスを私は間違いなく、見たことがあった。鋭いそれは、ブロックを置き去りにして。仲間も置き去りにして、いたのに。

「か、げやま」

頬を伝うものが何か、わからなかった。
集合の後の講評を受ける彼らをぼんやりと見ながらも、初めてあのトスを打てる人がいた。オレンジの彼の力じゃない。でもそれでも、影山が、打たせたいとそう思ったのだ。彼が、影山を変えた。
きっとそれは、影山があの学校を選んだから。白じゃなく黒のユニフォームをまとったから。

「、苗字」

体育館から唖然とした声で私を呼ぶ声に、私は顔を歪めた。涙は止まらないし、きっと顔はぐちゃぐちゃだけど。それはきっと嬉しいって感情。

「影山、影、山!」

言葉にならない私の思いを、きっと君は知っていた。だってきっと君も同じ思いを持っているから。
だから、記憶にあるのと同じあの笑顔で、君は笑うんだ。


キミにはわからない
(でも、君は知っていた)



キミにはわからない end.140302
katharsis