技術部門のオペレーター(前)

 学期末が近付けば A級隊員はともかく、B級隊員としてボーダーに所属する者の中には大学進学の為や家族揃っての引っ越しの為、将又階級問わずトリオン器官の限界の為と第一線から身を引く者が少なくない。
 即ち、一月頭に始まる入隊式の前から学期末までは、防衛任務に防衛隊員――特にA級隊員が中心に休みなく派遣されるのが例年通りであった。
 そしてそれは戦闘員だけに留まらず、もちろんオペレーターにも当てはまる。
 空いた穴を埋める為の戦略の強化、更には随時投入される新機能の講習と定期的に行われるトリオン兵の事前情報の共有。階級問わず、身体を使わないからこそその頭脳で、全ての情報しサポートする。オペレーターの出来が、そのチームの戦闘力を二倍にも三倍にもする――言うまでもなく、彼女らも防衛隊員の一員であった。
 したがって、年末から学期末まではは本部や各部門などとの情報のやり取りも活発になる。少しの情報共有の遅れが、防衛任務に大きな影響を及ぼすこともあるのだ。

「なに、国近がいない?」
 本部のオペレーターから告げられた言葉に目の前のトリオン兵を切り捨てながら、太刀川は返事をした。
『申し訳ありません。此方と広報部で情報共有に不備があったようです。国近隊員、月見隊員は共に他県にて広報活動中。今から戻っても一時間はかかるかと』
 学期末の避けられない隊員の減少を見越して、前日に防衛任務を済ませた太刀川隊と三輪隊のオペレーターはより多くの志願者を得るために嵐山隊に付いて行く形で広報活動の協力をしていた。
 その通達がどうやら本部に上手く伝わっていなかったらしく、予期せぬ、新型トリオン兵の出現により急遽駆り出されることとなった両隊にはオペレーターの不在を知らされていなかった。
「通りでさっきから応答がないわけだ」
「空いてるオペレーターいないんすか?」
『現在、防衛任務中のオペレーター以外は学校等で本部にはいません。今技術部他も含めて、確認してます』
 第一線を退いたオペレーターか、と太刀川は小さく溜息を吐きそうになる。人数の少ない太刀川隊はまだしも、隊員を隊員を四人持つ三輪隊のオペレーションが第一線を退いた者に務まるのか。
 最悪俺たちだけでも何とかしなくちゃならない。太刀川と出水がそう意気込んだとき、普段用いているのとは別の内線から戦闘体への接続を確認した。一拍遅れて、声が聞こえた。
『遅れて申し訳ありません』
 明らかに聞き覚えのある声。太刀川の脳がその人物を理解する前に、その疑問を吹き飛ばす言葉が、続いて述べられる。
『今回、太刀川隊・三輪隊のオペレーターを務めます。技術部所属ですが、オペレーションの経験はありますのでご安心を』
「おいおい、六人を同時にオペレーションすんのかよ」
 オペレーターは本来、四人をサポートするのが限界とされる。各部隊の戦闘員の上限が四人なのはその為であり、それは戦闘員ももちろん知っている。出水と同じ質問を三輪隊でも行ったのだろう。『はい、出水さん 米屋さん』と聞き覚えのある名前が並んで告げられた。
『忍田さんから許可は得ていますし、彼自身をオペレーションしたこともあります。問題はありません』
「!」
 "忍田"という圧倒的な信頼感を与えるパワーワードに不満を抱く訳にはいかない。僅かな苦笑と共に微かな楽しみを抱きながら太刀川、そして出水と三輪隊はそのオペレーターに了承の意を返した。


 ――ピッ ガコンッ
 自動販売機で炭酸飲料を購入し、太刀川は今日の防衛任務――正しくはオペレーターによる指示の数々を思い出していた。
 欲しいと思った瞬間に、目の前に提示される情報。視覚に入ると邪魔になる情報は、確かで分かりやすく簡潔な説明が入る。初めは訝しげに思っていたが、それもすぐになくなった。
 忍田さんが許可を出すのが納得できる、圧倒的なオペレーション能力であった。
「凄かったすね…」
 そう思っていたのは出水も同様だったらしい。太刀川に奢られたスポーツ飲料をすでに半分空にして、しみじみと言葉を零す。
 一体どうしてあれが一線を退いて技術部門に―言葉は悪いが―甘んじているのか。初めて担当されるに関わらず、確実に自分の能力を完璧に把握されていた。いや、あれだけ把握できたのは技術職故なのか。
 技術部に急ぎで呼び戻されたとトリオン兵を片付け終わった後すぐに本部のオペレーターと変わってしまったが、技術職としても非常に優秀な人物らしい。
 しかしそれよりも―
『お疲れ様でした』
 交代する際に一言だけかけられた言葉が、太刀川にはここ半年 毎週のように聞いた声に重なっていた。
「名前聞いときゃよかったなあ」
 太刀川の心を読むように、そう言って残念そうに出水は肩を竦めた。



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