技術部門のオペレーター(後)

『名前くん!』
 内線にて、聞き覚えのある声が名前を呼んだ。凛とした声は、本部長の忍田である。普段と変わらず聞こえるが、そうで無いことを#雅#のサイドエフェクトが理解した。
 音に現れる微かな揺れ。焦りから現れるそれに、急を要することだと名前は判断を下した。
「雷蔵さん、忍田さんから。急用です」
「オッケー」
 技術部門のチーフエンジニアである寺島雷蔵は、キーボードをカタカタと操作し一切の視線を名前に移す事なくそう返す。
 新型トリオン兵が現れた現在、技術部に余裕が無いことは名前も分かっていたが、忍田からの指示ならば優先すべきはそちらであった。
「忍田さん、苗字です」
『すまない。すぐにオペレーションに入れるか』
 久々の指示であったが、名前は躊躇うことなく頷く。
 本来、技術部所属の名前の指示は直属の上司である鬼怒田から与えられる事となっている。しかし反して、忍田が指示を出すならば城戸からの指令である可能性が高い。問題はなかった。
「それなら今すぐにでも大丈夫です。担当は?」
『太刀川、三輪隊だ』
 てっきり専属のオペレーターのいないB級、もしくは忍田本人を担当すると思っていた名前だったがその驚きを表面に出すことはない。
 即座に頭にインプットされている太刀川隊・三輪隊に所属する隊員を思い出す。ランク戦のデータからも、サイドエフェクトを通じて迷う事なくオペレーション可能なレベルまで情報は揃っていた。
「6人とも情報所有。通常通りに可能です」
『よし、通信コードはニマルサンナナ』
「苗字、了解」
 通信が切れ、名前は技術部の研究室に併設される ほぼ自室となっている資料庫にてコンピューターを起動した。


「太刀川さん屋根伝いに右へ、500メートル先に新型です。出水さん援護射撃を。三輪さん、道中左方に注意して下さい」
『太刀川、了解』
『出水、了解!』
『三輪、了解』
 それぞれの視界に情報を随時表示、各隊への音声の切り替えをキーボード操作で行いながら名前は指示を出し続ける。
 目の前に投影されたモニターは情報が絶え間なく更新され、その度に名前の頭脳が最善の選択を導き出す。
「奈良坂さん、狙撃位置の変更でしたらルート表示します」
『!はい、お願いします』
 表情は勿論、些細な目の動きや微動した筋肉、声や呼吸から思考を読み取る――それが名前のサイドエフェクトである。オペレーターとして非常に使い勝手のよいサイドエフェクトではあるが、フル活用しながら大人数のオペレーションが出来るのは ひとえに名前自身の頭脳によるものが大きいことは言うまでもない。
 サイドエフェクトを用いながら、隊員が求める情報を即座に提示する。更に言えば、本来の実力はチームを組んでこそ発揮される。思考した段階で補う形で提示される情報は、言葉に出して指示を出すタイムロスがない。圧倒的なスピードと正確な情報は、チームを組み場数を踏めば踏むほど強固なものになってゆくのだ。
 名前は、久々オペレーションに思考が加熱し先んじて情報を提示しそうになっている自分に小さく苦笑した。初めて担当する隊員に一言の断りを入れずに提示すれば、それは逆に動揺に繋がりかねない。そんな事、元祖オペレーターの名にかけてあってはならない。
「それでは、三輪さん――」

 画面上のトリオン兵の反応が消えた事を確認しその旨を太刀川、三輪隊に伝える。先程までの張り詰めた思考が面白いほどプツリと切れ、画面に映る彼等はいつも通り軽口を叩き出していた。
「苗字、手空いたらこっちよろしく」
 名前が息をついたタイミングで、資料庫の扉の向こうから寺島の声が届く。
 そう防衛任務が終わってからが、本来の名前の仕事である。エンジニアとして今回の防衛任務の情報を元に、新型のレポート、更にトリガーの改善点の模索。やるべき事はまだまだ残っている。
「では私はこれで失礼します」
 そう告げて、彼等の内線を本部のオペレーターへ戻そうとキーボードを操作する。あとは本部が上手くやってくれるだろう。通信解除とエンターキーを押し込めば、ふと太刀川が視界に入った。
「お疲れ様でした」
 その瞬間、ここ半年毎週のように告げている言葉が口からすべり出る。太刀川が僅かに目を見開いたのが名前にはわかった。同時に通信が解除され、通常の画面に切り替わる。
 先程までの音が消え、同時にサイドエフェクトからの情報も途絶えた。シンと静まり返った室内で、先程までの太刀川が映っていた画面を見ながら、名前は返ってこない返事を何処か物寂しく思う自分に首を傾げた。



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