黄瀬涼太に惚れ  た女の子の話

 黄瀬涼太――超一流高校バスケットボールプレイヤーにして、モデルとしても名高い彼は中学時代から女性人気を欲しいがままにしてきている。スキャンダルを避けるためか開けっぴろげに女の噂は聞かないが、女に困ったことはないはずだ――だって、彼とかつて関係を持っていたなんてそれは学生という小さな枠組みすらも越えて、一種のステータスにすらなり得るのだから。
 そんな彼が女性からのアプローチに辟易していることは知っている。アプローチを受ける際に一瞬だけ見せる、あの面倒臭げな冷たい視線。それはそれは美しいお顔に貼り付けた完璧な笑顔ですぐに隠されてしまうその本音に、群がる女は気づいているのかいないのか。どちらにせよ、斬って捨てるほど彼に女は集まるのは確かであった。
 そして、それは私も。

 キラキラと輝くその姿に目を奪われた。

 あの長い脚が狭いコートを駆け抜ける。普通に走った私なんかよりよっぽど速いスピードで、ドリブルをしながら一人、また一人と抜き躱してゆくその姿。応援をする黄色い声を興味なさげにチラリと酷く冷めた目で見て、その後でニッコリと微笑み手を振るその姿――誰にも何者にも染まらないその鮮やかな黄色に、どうしようもなく、惹かれてしまったのだ。

 それからの私といったら。
 今まで斜に構えていたのが嘘のように、彼の取り巻きの一員となってしまったのだから現金なものである。とはいえ、キャーキャー騒ぐのは性に合わないので、群衆の中から眺めていただけではあったけれど、彼からすれば違いなどない。
 時より向けられる決して内には入れてもらえない、どうしようもなく冷たいあの視線にほぅと声が漏らしつつ、胸の高鳴りや締め付けられるような痛みを味わっていた。
 諦めきっていたバレンタインには、ひょんなことから鉢合わせをし直接手渡したりもした(その時の黄瀬くんは一瞬酷く冷たい目をした後で「ありがとう、嬉しいっス!でも俺が君から貰ったって事は二人の秘密にして欲しいな…」と言って受け取ってくれた。市販のそこそこ良い品にしたので食べてくれたかどうかは五分五分だと見ている)し、スポーツ推薦で海常高校に進学するとの情報を得てしまったので海常高校に進学すらした(ちなみに海常高校は普通科という名のスポーツ推薦やスカウトによる入学者が集まる学科と、海常高校の平均偏差値を上げるためといっても過言ではない特進科しかなく、まるっとカリキュラムも異なり神奈川において特進科はレベルが断トツで高い)。この時ばかりは自分の頭の出来に感謝した。

 進学してみれば学校柄か、周りに今までのようなとりまきは少なく、そうなれば欲張ってしまったのはしょうがないと思う。この時私はお盆や正月の暇な時間にバスケットボールの情報分析を否応無しに強制した、あのずば抜けて頭の良い従兄弟に初めて感謝した――要するに私は分析能力を認められて、あの黄瀬涼太が所属する海常高校バスケットボール部のマネージャーとなったのだ。
 その時の黄瀬くんの私に向けた冷たい目線といったら、凄まじいものがあった。ストーカーか?というのがありありと伝わってきた(あながち間違いでもない)。
 元々黄瀬くんは女子マネージャーは桃井さんレベルで使える人間じゃないと要らないし自分は認めないと伝えていたらしい。月バスでもキセキと並んで特集されていた彼女に、実際黄瀬くんも海常への誘いをかけていたらしい(彼女は幼馴染についていってしまったらしいけれど)。
 当然分析は海常の歴代主将がつけてきたものもあったが、私がノートにまとめて持っていたのは中学時代の黄瀬涼太とキセキの世代と呼ばれる彼らの試合における成長をまるっと分析したものである(中には帝光中学体育祭で何の間違いか起こったキセキVSキセキ戦なんてものもある)。
 黄瀬くんが進学したということは、キセキの世代も進学しているわけで確かにその情報は有益であったのだろう。黄瀬くんがいくら文句を言おうと―桃井さん並みとは言わないが―確かに有益であると認識されてしまった私を、監督が起用してしまったのだからしょうがなかった。女子が苦手だという三年の笠松さんですら良いと言ったのだから、キセキとはいえ下級生の黄瀬くんの文句が通じるとは思えない。
 蛇足だが、IHで従兄弟には(彼が私へ嫌がらせとして)仕込んできた分析を海常の為に使っているとばれてキレられた。身勝手すぎる。

 そんなこんなで時より黄瀬くんからの八つ当たりすら受けながら―その度に笠松さんらが黄瀬くんに怒ってはいたが、特に苦痛はないので大丈夫だと告げた―海常高校バスケ部のためにマネージャー業をこなし、そして非常に悔しいWCが終わった。涙を流す黄瀬くんや先輩方に、私すら図々しくも泣いてしまった。
 WCを機に―私は詳しく知らなかったが―いつの間にか仲違いをしていたキセキの世代がまた連絡を取るようになったらしい。

 そして、それ以降何かがおかしい。
 

「名前っち!」

 ぶんぶんとまるで尻尾を振って喜びを表す犬の様に、全身を使って歓喜を表す彼の姿に私はため息をこぼす。
 そう、WCが終わって以降黄瀬くんの態度がおかしいのだ。とりまきの女(私を含む)に向けていたあの一瞬の鋭い視線は鳴りを潜め、黄瀬くんはまるで笠松さんやキセキの世代の彼らに対するように私に接してくる。
 これをおかしいと言わずになんと言おうか。
「…おはよう、黄瀬くん」
「はいっス!今日も可愛いっスね、名前っち」
 満面の笑みでそう言う彼に、ぞわっと肌が粟立った。確かに引かれていた一線、身内には優しいが、私のような他人を決して内には入れない彼はどこへ行ったのか。ジャリと、距離を取ろうと思わず引いた右足が音を立てた。

「そうだ、ちょっと相談に乗って欲しいんスけど―」

 スッ―と頭から心から、何かが引いていく感じがした。
「黄瀬くん」
「はい!なんスか?」
 ニコニコと笑う黄瀬くんに私もニッコリと笑った。

「私、黄瀬くんのこと好きじゃなかったみたい」

黄瀬涼太に惚れていた女の子の話。

長編ダイジェスト版って感じする。
ここから鬼ごっこの鬼が交代する。

裏話としては、従兄弟が花宮。
自分の好意を受け入れる前の、一線引かれてる状態の黄瀬が好きだった女の子。

懐いた黄瀬とそうじゃない黄瀬って差がすごいよね。一線引いてる黄瀬が好き。



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