A級7位 三輪隊


 ボーダー最寄り――とはいっても警戒区域外なので距離はある――のファミリーレストランに名前達はいた。学校帰りに先生に呼び出された隊長の三輪を待つ時間潰しとして、種類豊富なドリンクバーを完備したファミレスは学生に優しい。案内された六人がけのボックス席、周りにはちらほらと学生や主婦らしき女性達がお喋りを楽しんでいる。平和って素晴らしい。
 案内してくれたお姉さんにそのまま四人分のドリンクバーとポテトを頼み、幸運にも席のそばであるドリンクバーに飲み物を取りに行き着席する。人数分並ぶコップの中はいつも通り、米屋は炭酸飲料を混ぜた黒い液体で奈良坂は紅茶、古寺のコーヒーと名前のオレンジジュース。好みや性格が丸わかりだ。

 お姉さんが頼んでいた山盛りポテトをテーブルの上に置いてゆくのを合図に、名前は口を開いた。
「と言う事で、本日も初めていきたいと思います!本日の議題は…デデン!三輪秀次を健康にしたい!です!」
 ポテトをつまむ米屋の隣で、名前は一昨日の授業中にノートにマジックで書いていたその文を提示する。唐突に始まる話し合いに満たないグダグダとしたこの雑談は、主に三輪の幼馴染である名前よって彼についての話であることが多い。時には暇だと名前と米屋のクラスメイトである出水が混ざることもあった。
「別にこの間の健康診断は問題なかっただろう」
「いやいやいや!最近の秀次の顔見てる?いい加減ヤバイでしょ」
 ボーダーで義務付けられている健康診断の結果に首を傾げる奈良坂に名前が目尻を指で釣り上げながら言う。
 城戸派に属しているこの隊の人間は近界民に少なからず何か思うところのある者が多いのだが、幼馴染は特にそれが酷い。原因が原因であるために気安く慰めることもできないが、他人に相談するのも苦手な彼は玉狛の近界民の一件顔付きが凶暴だ。
「そうは言っても…流石に噂話はどうしようもないんじゃ」
 幼馴染の健康被害が要はストレスからだとみんなわかっているのだ。B級ランク戦の鮮烈なデビュー戦から、ボーダー内で彼の嫌いな近界民属する玉狛第2が話題に上がることも多い。ただでさえ嫌いな迅悠一の所属する玉狛の名前と共に、近界民を(知らない人が大多数とはいえ)称賛する声に三輪はボーダーにいるだけで毎日ストレスフルだった。
「わかってるけど!いい加減なんとか!秀次の髪をサラサラキューティクルに戻したい!」
「まあ髪質ならシャンプーでも変えたらどうだ?」
「奈良坂使ってるやつとかどうよ?こいつサラサラじゃん」
 ズゾゾと音を立てて意味のわからない黒い液体を飲み干した米屋は、コップを手にお代わりを取りに行く。近界民に対してあまり強い感情を抱いていない米屋は、自分の慰めが一番三輪に通じないことを理解している。薄情というには普段が親身だが、自分のきっちり把握しているような米屋にはそんなところがある。
 次は何を混ぜようか悩んでいるであろう米屋の背中から視線を正面に戻す。名前にはスナイパー二人が頼りなのだ。
「奈良坂の使ってるシャンプーは明日ドラッグストア寄るからその時教えて」
「あっそれは採用なんですね」
「当たり前でしょ、あのまま荒れに荒れて将来ハゲたら私泣くよ」
 そんな秀次は解釈違いですと、真剣な眼差しの名前に高校生で幼馴染のシャンプーを勝手に決めるっていうのはどうなんだろうと思わないでもなかったが、古寺は深く突っ込むことをやめ、大好きなコーヒーを味わう。
 古寺の思いなど知らない名前は相変わらず三輪の健康について思考を続ける。
「あとはやっぱり目の下の隈がやばいよね」
「本当にな!アイツただでさえ目つき悪りぃのに」
「あんたのハイライトの入んない目も大概だから」
 名前へのリアクションとともに戻ってきた米屋の手には濁った茶色の液体。どう見ても美味しそうには見えないそれに眉間にシワがよる。
「何混ぜたのそれ」
「カルピス烏龍オレンジ」
「頭おかしい」
「と思うじゃん?」
「頭がおかしい!」
 勧められても絶対飲まない。ストローに口をつけてオレンジジュースを一口、うん美味しい。米屋のコップを視界からも記憶からも消し去って思考を戻す。
「とりあえずアイクリームでも塗ってあげればいいのかなあ」
 明日のドラックストアの買い物にシャンプーと一緒に追加だ。後はちゃんと眠れるようにハーブティーとかがいいのかなあ。お茶といえば見た目に違わず奈良坂だ。
「ね、ハーブティーだったら何がいい?」
「カモミールが定番だな。いくつか持ってこよう」
「流石奈良坂!頼りになるね!ドリンク混ぜる陽介とは格が違う」
「は〜?聞き捨てならねえ」
「事実を述べたまでですぅ」
 米屋にイーっと歯を見せる仕草は果たしてちゃんと同い年なのか奈良坂は少し心配になるが、こう見えても名前は学校ではそこそこ優等生で通っていて三輪が関わらなければ特に問題行動もない。
「夜ご飯はちゃんと食べさせてるからまあいいんだけど」
「いやほんと謎なんだけど、お前なんなの?」
「だって秀次の両親、市外なんだからしょうがないでしょ!」
 三輪の姉の死後、娘を亡くした土地で生活することはできないと結論づけた三輪の両親は今二つ隣の町に住んでいる。初めは県外に引っ越そうとしていたものの三輪が三門市に残ると言い張った為に、もしもの時には駆け付けられる場所にしたのだろう。
 元々末っ子で家事も手伝い程度しかしてこなかった三輪の食事は主に名前の家だし、もっといえばお風呂まで入っていくこともある。徒歩数分、小さい頃から家同士の付き合いもあって昔からそんな感じだったので名前には特に違和感がない。
「最近は秀次がちゃんと寝れてるか心配で、私寝るに寝れないんだから!」
「うっわ…もういっそお前抱き枕にでもなって一緒に寝れば?」
「えっ陽介珍しくグッドアイデアじゃない?ありだわ」
「えっ本気ですか」
「だって、秀次寝たのか確認できて朝もちゃんと食べさせられるわけでしょ!」
 一石二鳥じゃん!と、名前が叫んだ瞬間その頭に勢いよく冊子が振り下ろされた。振り下ろしたのはまさに議題に上がっていた三輪その人で、気付いていたであろう奈良坂だけが優雅に紅茶を飲んでいる。
「お前は静かにできないのか」
「お帰り!秀次!お疲れ様!」
「よぉ秀次、お疲れ〜」
 怒られたにも関わらずテンションの変わらない、むしろ三輪が現れたことによって上がった名前とひらひらと手を振る米屋に三輪はため息をついた。
「先生なんだって?」
「補講の日程調整だ。お前らも明日あたり呼ばれる」
「うっわめんどくせ〜、秀次の予定と変わりねえし勝手に組んどいてくれればいいのに」
「あっ秀次、明日帰りにドラッグストアいくから!」
「好きにしろ」
 そう言って踵を返し出口へ向かう三輪に名前が続いて席を立つ。先に店を出る二人に米屋達も帰り支度を始めて、大体いつもこんな感じでファミレス雑談は終了する。飲み終えたカップと空の皿を通路側に寄せる奈良坂と古寺に米屋も残っていたドリンクを煽り、伝票と鞄を掴んだ。

 米屋が会計を終え、ファミレスを出れば四人はいつも通り扉の横で待っている。いつの間にか覚えてしまったドリンクバーの代金がそれぞれから手渡され、年下の古寺を除いた三人で行われた漢気ジャンケンの結果、ポテトの代金は米屋の持ちとなった。
 負けるのもやだけど連続で払うのは癪なので次は勝たねえぞと誓いつつ、小銭が増えてじゃらじゃら音を立てる財布を米屋はリュックにしまった。
「そうだ秀次!今日は一緒に寝ようね!」
「お前本当に黙れ」
 そうして一方的に騒がしい名前は三輪と二人並んで帰り道を行く。その後ろをたまに茶々を入れながら歩く米屋のさらに後ろを奈良坂と並んで古寺は歩く。
 明日は防衛任務。何だかんだと釣られてぎゃあぎゃあと騒がしく前を歩く先輩達の様子に、明日もいつも通り騒がしくなりそうだなあと古寺はそう思った。



執筆/公開 2018.10.18


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