A級3位 風間隊


「え。駿、玉狛の白い子に負けてたんですか?知らなかった」
 風間隊唯一の中学生にして、A級最年少の一人である苗字名前はそう言って人畜無害そうな外見のままに頷いた。顔の作りが穏やかで性格も物静か、誰がどう見ても図書室で読書が似合うと答えるであろう名前が戦闘員としてボーダーに所属しているのは、幼馴染の緑川駿が引っ張ってきたせいであった。
「ぼくも知ったの最近だし」
「僕らそんなにランク戦室行きませんもんねえ」
 そのランク戦室に行かない彼らは今まさに久々に個人ランク戦に赴こうとしているところであった。先日行われた隊長風間からのお声がけによって、菊地原達隊員は隊内においてポイントをかけた真剣勝負を行った後、他のA級部隊員と対戦し、目標値までポイントを増やさなければならない。時々指示されるこれはA級部隊内――主に太刀川に――風間ブートキャンプと呼ばれ、この期間内はランク戦室においてレアキャラである風間隊が頻繁に出没するため、A級隊員の中でも戦闘狂に分類される者にとっては喜ぶべき期間とされている。
 風間隊の能力は個人戦よりもチーム戦によってその真価を発揮するが、個人の力が備わっていればそれに越したことはない。この理論に文句はないし、理解もしている。だがしかし、そんな扱いをされるのだから菊地原は基本的にやる気がない。
「歌川先輩と風間さんは後で合流ですかね」
「多分ね、先に隊内戦やっちゃおう。風間さんの講評鋭くてしんどいし」
「あはは、わかります」
 ラウンジを過ぎて、一本廊下を越えればお目当てのランク戦室である。入って真っ先に目に飛び込んでくる部屋番号の記された画面と、その上のモニター。モニターには現在個人ランク戦を行っている中で最もポイントが高い人物の戦闘映像と結果が投影されており、現在戦っているのは白い隊服同士、C隊同士のようだった。
 モニターから視線をずらし、辺りを見渡せば白い隊服とちらほら見える私服とは異なる、カラフルな集団。それぞれがトリガーを起動し隊服を装着している。
「げ、いるじゃん他の奴ら」
「タイミング丁度だったみたいですねえ」
「こっち来る前にブース入って隊内戦…」
「お、レアキャラ発見!」
 菊地原のセリフを遮って、集団の中から声をかけられる。同じくA級隊員である米屋の声に集団の視線が二人を捕らえた。先ほどまで話題に上がっていた緑川の姿もある。
「…最悪」
「隊内戦の前に、個人戦ですかねえ」
「…風間さん来るまでに終わらせたかったのに」
「風間隊例のあれかよ!ナイスタイミング!」
「ふむ、例のあれとは?」
 白い髪に小柄な体格、玉狛のマーク。空閑遊真。風間さんが目をかけているメガネの先輩の隊員。ログを見たことはないが情報だけを得ていた名前の視線が、米屋の背に隠れていた彼を捕らえる。
「名前達、たま〜に風間さん命令でポイント稼ぎにくんの。それ以外はチーム練しかしないからさ」
「だからレアキャラ」
「なるほど」
「お前らどうせポイント荒らしにA級縛りだろ。付き合ってけよ」
 風間のA級隊員との戦闘という指示はポイント移行の観点もあるが、あくまで戦闘による経験値を考える上で格下に勝っても意味がないからである。今ここに集まっているメンバーはB級でも戦闘力を鑑みれば、A級レベル。ポイントの移行は微かな相手もいるだろうが問題はない。
 菊地原の微かなため息。巻き込まれることは避けられない、しょうがないと諦めたらしい。にやにやとする米屋が視界に入るが、それならばと名前はその柔らかな表情のまま空閑に微笑みかけた。

「じゃあ僕、君とやってみたいなあ。駿に勝ったんですよね」

 その言葉に周りが二人に注目しているのが空気で分かった。共にそれを感じ取ったであろう空閑も目を細めて微笑む。
「ほう、お目が高い」
 
「待って名前!どこで聞いたんだよそれ!」
「ん〜?菊地原先輩情報」
「ちょっと、きくっちー先輩やめてよ!」
「負けたのは事実でしょ、大体その呼び方やめてって前から言ってる」

「んでどうすんだ?」
 横から飛び入りした緑川達を無視して、米屋が空閑に問う。挑戦を投げつけられたのだ。その相手が風間隊の一員であることしか空閑は知らないが、A級3位風間隊の一員。それで十分だ。入隊日に風間本人に言われたことを思い出す。まだA級まで、追いついていないが――
「やるよ。やるに決まってる」


 A級部隊に所属する中学生は全部で四人、内木虎を除いた三人がアタッカーである。A級6位加古隊の黒江、A級4位草壁隊の緑川、そしてA級3位風間隊の苗字。同じ中学校に通う彼らはボーダーに属して共に一年ほどであり、入隊時の対近界民戦闘訓練においては空閑が新記録を出す以前まで最速タイムとなっていた緑川の4秒が他の二人をぶっちぎって早かった。名前のタイムは53秒。他の入隊者と比較すればまずまず優秀なタイムではあったが、戦闘センスという点を置いてすれば緑川や黒江に遠く及ばない。
 だが、名前は確かにA級3位風間隊に属する優秀な、優秀すぎるアタッカーである。

 2-0で空閑がリードしている。第三戦目、始まりから現在までずっと空閑ペースで進められる戦闘であったが空閑は決して油断していない。風間隊の代名詞であるカメレオンも使われていない。空閑は格下として挑んでいるつもりで、戦闘時自分が割ける最大限の注意を名前に割いていた。
 ランク戦室のフロアで画面を眺める集団に、菊地原と名前同様に個人ランク戦をしに来た風間と歌川が近付く。画面には空閑のスコーピオンによる攻撃を紙一重でさばいている名前の姿が映っている。
「なんだ、苗字が戦闘中か」
「風間さん」
「何戦目だ?」
「さっき来たとこで、隊内戦もまだです」
「そうか」
 風間が画面を眺める。その顔はいつもと同じように凪いでおり、感情は読み取れない。風間さんに今日こそはと、対戦を申し込もうとした米屋がその表情を見てふと思ったことを口に出す。
「あの、実はオレ、苗字の個人戦見たことないんすよね。ログ残されないし」
「あまり来ないしな」
「はい。で、もちろん風間隊の強さは知ってるんですけど!どうなんですか実際…苗字の個人戦って、強いんすか?」
 菊地原が不機嫌そうに視線を向けるのが見える。風間が画面を見つめたまま、口を開く。
「ああ、奴は――」

 
「なるほどなるほど。君はそういうタイプなんだねえ。兵士、いや傭兵って感じかなあ」
 ぼそりと名前は微かな声で呟いた。微かな声は決して空閑の耳には届かなかったが、その空気に肌が粟立った。この感覚を空閑遊真は知っている。思わず距離をとろうとした瞬間、空閑の視界を横切る白い刃。


「――強いぞ」
 風間の言葉と共に、空閑遊真の首が落とされた。


『空閑緊急脱出』
 三戦以降の動きが読めない。理詰めで動く風間とも、動物のような緑川とも違う。かといって向こうの兵士とも違う何か。一番近いものを思い浮かべようとするが、思い浮かんだのは一度空閑の命を消し去ろうとした黒いなにか。ぞわりと悪寒が背を伝う。


 米屋の視線が画面に釘付けになり、緑川が手のひらを握り、C級隊員がざわめいた。画面を見ながら、風間は初めて名前を見た時を思い出す。その段階ですでにチームとして完成していた風間隊に異物を入れるつもりなどなかった。それでもその動きに目を奪われた。
 圧倒的センスで輝く緑川や黒江に隠されていた、隠れるようにひっそりと鳴りを潜めていた人畜無害そうな少年の隠されたその能力。戦闘センスなどではない、この少年の恐ろしさ。挙動の一つ一つに意味があって、罠がある。気付けば足は動かせず、首元を掠めている刃。兵士などでは決してない、言うならばそれは確実に目標の命を奪う暗殺者だろうか。
「俺はあいつが末恐ろしい」
「それならやっぱり、対名前だけ無くしましょうよ隊内戦。気疲れが酷いんで」
「おまえ毎回言ってないかそれ」
「諦めろ、隊内戦は総当たりだ。今回は誰から苗字とやる?」
「歌川です」
「おまえなあ…」
 最後の試合の勝敗が丸とバツで点される。
『10本勝負終了。8対2、勝者 苗字名前』
 風間隊における総当たり戦の勝率は、苗字が風間を僅かに上回っている。



執筆/公開 2018.10.21


- 1/14 -


katharsis