A級2位 冬島隊


「なあぶっちゃけさあ」
 学生服に似合う調理パンナンバーワン(当社比)の焼きそばパンを食べながら、米屋はそう口にする。
 続く言葉がロクでもないのだろうなとは思いつつ、午後からの体育の授業のせいで、いつもなら一緒に飯を食う隣のクラスの三輪はすでにいない。だらけ切った空気感では止める者はいないわけだ。南無三。
「オペんなかで一番いいと思うのだれよ」
 濁しちゃいるが実際ロクでもない内容である。出水が隣でう〜んと唸った。お年頃なので仕方がないよなと苗字は心の中でひとりごちた。
「綾辻さんと小佐野は内外問わず人気あるよなあ」
「まあその二人は彼女にしたい系オペレータートップツーって感じじゃん?」
 苗字が上げた名に米屋は紙パックのミルクティーに口を飲みながら王道、王道と頷いている。
「ぶっちゃけていいんだよな。んじゃおれ、月見さん」
「へえ。国近さんかと思ってた」
「いや柚宇さんはスゲエよ?どことは言わないけどスゲエけど」
 濁しつつ最低の感想がきちんと言いたいこととイコールで結びつくと言うことはそういうことだ。猛省する。
「月見さんはいいぜまじで。普段のあの声と、太刀川さんに世話焼くときのギャップがやべえ」
 太刀川隊に属するからか、度々目撃する様子を思い出して微かに熱が入った口調で出水がそう告げた。自分の隊のオペレーターが挙げられたことに若干の照れと誇りを感じながら、米屋も続いて口を開く。
「オレは最近 みかみか がきてる」
「うえ〜槍バカの癖に意外すぎだろ」
「と思うじゃん?真面目で頑張り屋な年下女子最高だと思わね」
「この間まで柚宇さん一択って言ってた癖によく言うよ」
 おい言うなよ!と言う米屋に、お前最近うちの隊来てたのそのせいだろと出水は呆れ顔である。
「んで?苗字は?」
「俺は―――

 ――って話を今日してたんですけど、お二人の好みのオペレーターって誰ですか」
 作戦室 兼 元エンジニアである隊長冬島の作業場となっている冬島隊の作戦室で、ふと苗字は今日の昼の会話を思い出して暇そうにしている二人に話しかけた。今日は防衛任務が無いため、オペレーターの真木理佐は不在である。
「お前それ真木理佐がいるときに言うなよ。絶対言うなよ」
「フリですか?」
 当真の繰り返された言葉にお笑い芸人を思い出しつつ、キョトンと作った表情でそう返す。苗字の言葉にこちらに顔を向けている冬島の表情は固く、青ざめている。
「ちげえよ。見ろよ隊長の青い顔」
「分かってますよ。隊長死ぬから言いません」
「マジで頼むよ」
「三十路のマジ。本気と書いてマジと読むやつだ」
「こいつ分かってんのかなあ」
 分かってますってと言いつつ、軽い調子の苗字に当真は真木理佐が帰ってきた後の隊長の無事を祈ることしかできない。
「つーか友達の好みバラすのもどうよ」
「いいんですよ、どうせ来週には変わってますから。んで?どうなんですか」
 話を逸らそうとした当真の目論見を躱す。コイツ退屈なだけだなと、当真は予測する。ため息をついて暇潰しに付き合うことにした当真は、けれど真面目に答えるつもりはカケラもない。こういった話に抵抗があるわけではないが、詳しく話せば話すほど隊長が死ぬ。さっさと話を終わらせてしまおうと、頭に浮かんだクラスメイトの名前を挙げることにした。
「んじゃ俺、今結花な。若干キツイが顔がいい」
「同じクラスでしたっけ?」
 ふんふんと確かに綺麗な顔してますよねえと苗字は頷く。同じクラスである国近とはタイプが異なるが、当真の隣に国近が並んでいるよりも違和感はなかった。
 そして苗字は視線を隊長に移す。気付きたくなかったであろう冬島は頭を抱えながら小さく声をもらす。
「勘弁してくれ」
「隊長は女子高生ダメだからねえだろ。つうか隊長が未成年に手出したら犯罪臭エグいしな」
「んじゃ冬島さんは沢村さんてことで。でも沢村さんって忍田さんにお熱らしいですよ」
 残念でしたねと続ける苗字に食いついたのは当真だった。冬島は変わらず、頭を抱えている。
「どこ情報それ」
「太刀川さん情報です。あの人戦闘以外はポンコツなのにそう言うゲスい勘はいいですよね。沢村さんがバレバレなのかもしれないですけど」
「辛辣すぎだろ」
 つらつらと述べられる感想に三つ年上の先輩で、個人ランキング一位の太刀川にそうまで言ってしまえる後輩を思わず遠い目で見てしまう。名前は変わらず話を続ける。
「忍田さん一切気付いてないらしいですよ」
「まあそう言うとこありそうだしなあ」
「八つ違いますしね。忍田さんが二十歳の時、沢村さん小学生ですよ。出会う年齢にもよるとは思うんですけど、ああいうタイプは出会った時の外見、性格を引きずるんで多分このままだと一切発展しないですね」
 人の思考、行動についての分析力を買われて冬島隊に入隊した苗字の言葉に当真はへえと声をもらす。
「お前がいうと重みあるよな」
「相手が沢村さんなら、告白してからが勝負でしょうねえ。振られてからどこまでガンガン行けるかが重要です。告白が第一歩」
「へえ、沢村さんに言ってこいよ」
「沢村さんのタイプ的に現状ではどっちにしろ無理ですけどね。忍田さんがまだがっつり前戦出るし、そんな状況じゃないって言わないです」
「めんっどくせえ」
 はあとため息をついてソファに深く腰掛ける当真に、苗字は楽しげに背を伸ばす。話はいくつか聞いたし、適当ではあるが好みの女についての情報は出した。だが最も重要なことを聞いていなかったことに当真は気付く。最初の経緯説明でもこいつは自分のところをぼかしていた。
 自分の腹を探られるのは楽しくないが、隊長も死なず、そして普段可愛げのない後輩をからかえるのならそれはとても楽しい。当真はニッコリと微笑んだ。
「んで?お前も言うよな。好みのオペレーターは」
「俺ですか?真木理佐ですかね」
 あっさりと、そしてフルネームで答えたそれに当真は呆れ返る。照れのかけらもない。本気で好きな女を答えるとは思っちゃいないが、それにしたって可愛げがない。寄りにもよって同部隊の真木理佐である。隊長が頭の上がらない真木理佐だ。
「予防線貼りやがった…!」
 ジトリとこちらを見てくる当真と冬島に、苗字は先週意図せず抱くこととなった爆弾を投げつける。
「え〜いいじゃないですかあ。

 真木さんがこの間部屋掃除してた時に、二人のお宝守ってあげたの俺なんですからね」

 その言葉に二人は表情を固めた。お宝。部屋のどこかに隠しておくべきそのお宝。男ならば一度や二度は手にしたこともあるだろうお宝に二人は当然思い当たりがあった。学校よりも遥かにそういった類の物の貸し借りが簡単なボーダーにおいて、男子は女子に隠れてお宝を貸し借りしている。
 確かに、真木理佐から掃除をしたとは聞いていた。事前に通達がなかったので動かせず、バレたかと青ざめた。しかし真木理佐は怒らなかったので、大丈夫であったと安堵していた。お宝は元の位置に置かれていた。
「当真さんの
「うわああああ」と
 隊長の
「あ゛あ゛あ゛ぁ゛」は
 真木さんのお掃除が終わるまで掃除の終わってた俺のロッカーにしまわれてたんですからね。今後持ち込むときは気をつけてくださいよ」
 項垂れる二人は疲れ切った様子で椅子にもたれかかった。自分が原因であったことはわかりきっているので、二人にお茶を入れようと給湯室に入って急須にお茶っ葉を入れながら苗字は思う。
 恋敵がいるのかどうかの情報収集はしたくとも、本気で真木理佐に恋患っているなど同級生にだって彼らにだってまだ知られたくはないのだ。



執筆/公開 2018.10.26


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