親が親なら
毒親生まれ毒親育ちの私は当時16歳で家を出た。高校は行けていないけど勉強することは好きだったから、今でも給料の少しを教材に当てたり資格のための貯金へ回している。学がなく感情に振り回される馬鹿な親を見ていたら、反面教師で学習欲がついたのだろう。周りで働く先輩たちに金の使い道を聞かれ、返答代わりに本を見せると、揃いも揃ってバイ菌を扱うかのように本を遠ざけられたのは、今となってはいい思い出である。
そしてどこの職場でも入ったばかりの新人の話をしたがるのはごく自然のことで、このことは店長にまで、きっと背びれ尾びれがついていただろうがしっかり耳に入ってしまった。
「頭いんならコイツ任せた。名前新人だから1番下だしな」
それが龍宮寺堅という子どもを見るきっかけになったのだ。
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「あああっ、ありがとうございますっ!名前さんにふまれてしあわせれすっ!」
「奴隷が一丁前に幸せ語らないの。お仕置ね」
「はいWッ!」
ここは何かに特化した専門ヘルスではない。けど私はただ一人、ここでソフトSMのS側ができる女だった。そもそもSM好きが少なかったので、そういう特殊な性癖の客は自分に回ってくる。
17歳からだ。17歳からそんな大人たちを相手にしていたら、人格形成にだってちょっとはそれが影響するもんで。それを3年経った今になって、堅越しに知ったのだ。
3年間、"母のように"なんてとても言えない育て方だったが、私は死力を尽くして堅と生きた。親に心を殺された私はどうしたって堅に違うように育ってほしかった。時に厳しく時に優しく。わからないなりにやってみたのだが、どうやら私にのみMっぽくなる堅を見て、プレイじみた飴と鞭の与え方をしていたのだと気がついた。
「ありがとう。また来てね?今度はもっといっぱいいじめたい」
「っうん…!」
「うん?」
「はい!行かせていただきます!」
帰っていく客を尻目に時計を見ると、今日は集会がないらしい堅の帰宅時間間際になっていた。15歳である彼と20歳である私にとっての3年は、そりゃ普通の親子に比べたら短いが、それでもお互いを大事な人として見るのには十分すぎるほどだった。現に私は堅のことを、息子とまでは行かずとも弟のように思っている。どっちもいたことないから知らないけど。
「たでーま」
「おかえり。ほっぺ血ついてる」
過保護も行き過ぎると毒親だという持論を持つ私は、外にいる時の堅とはあまり関わらないようにした。彼が言うにこの子は卍会みたいな不良のグループに入っているらしいので、拭ってやった血は喧嘩由来だと推測する。
「ん、っいて、力つえーよ」
「あんたが怪我すんのが悪い。この痛みをしっかり脳に刻んで反省しろ馬鹿」
「ぁWッ……ん、ぅ……ってぇ……えぐんなよ」
途中艶かしい声が漏れたのは私の教育のせいだろうか。それなら今すぐこの役を辞退すべきな気もするが。躾に痛みは必要ないにしろ、痛みにいい事なんてなにもないと教えるためゴリッと押した傷口からはもう何も出なかった。
「うWっ、名前……」
「はいはいごめんね。よしよし」
「……っはぁ……」
ああ、きっとこれだ。やりきった後になんだかデジャヴを感じると思ったら。堅の傷を抉って優しく撫でる行為は、客の尻に鞭打ちした後柔く撫でるソレと似ている。ソフトSMを謳うくせしてこっそりハードを好む客を取っているのはこの際置いといて。私はこんな日常にまでSMを織り交ぜてしまっていたのか。
「今日オレ飯つくろーか?この前エマに親子丼の作り方教わったんだ」
「マジ?凄いね」
「マジマジ。名前親子丼好き?」
「うん、まあ」
「じゃあ今日オレ作っていー?」
出会った当初、堅はなんでもかんでも私に許可をとるような子ではなかったと思う。言われてみれば彼のこんな性質も客と似ている。堅だって他の女の子達には今みたいな二度手間なことしないし、なんなら「なんで勝手にアレやっちゃったの!」とかなんとか言われてたりする始末なのに。堅のどこかに"名前はご主人様"という上下関係が刻まれているのかもしれない。
「いーよ。楽しみ」
「おう、絶対うまいのつくっから」
ふと、ホクホクとした顔で笑う堅に、一体彼は私をどういう目で見ているのかと気になった。私は料理はからっきしなため、堅が今卵をなんだかごちゃごちゃやっていることくらいしかわからないが、彼が火を使ってない間に部屋でわざと指先を切り、流れ出た血を落とす目的で堅の隣のシンクの前に立った。
家族が雄と雌に切り替わる瞬間をこれから経験するかもしれないと言うのに、私はピンポンダッシュする程度の軽い気持ちで堅の胸の奥に触れようとしていた。
「どんだけ腹空かしてんだ。まだできてねーぞ」
「んー」
「ん?っおい、指、」
「切っちゃったから水で流しにきたの。ほら」
まさかとは思うが一か八かで、あくまで見せる体裁を装い指を突き出すと、堅はなんの迷いもなく私の指を咥えた。ああもうこれは、
「んぁ、深く切ったな……ん…」
黒だ。
上からちょろっと垂れてる髪が指に当たって擽ったい。故意で切った指先は暖かい粘膜に包まれて、たまに聞こえる水音は行為の音みたいだった。一般人がどう感じるかはともかく、ここまで従順だとこちらも意地の悪いことのひとつやふたつ、してみたくなるものだ。舌をぐりっと押し潰してみれば堅の眉毛がピクリと揺れた。私は"これ以上はまずい"とも感じず、ただ、笑えるなと思った。
「ごめん、ちょっと痛くてビックリした」
なんでもないように言うと、堅は何を想像したのか頬をちょっと染めて「気にすんな」と言う。私が「お礼」と一言呟いてから口の天井、硬い部分を掠めるようになぞると堅はとうとう耳まで赤く染め私の腰を掴んだ。立っていられないのか腰は丸まり膝も時折カクッと揺れる。
すると突然私の手首を掴んだ堅は、また丹念に指を舐めしゃぶり始めた。
「ぢゅ、んん、っは…んぇ……」
なんだかもう、どうでもいいな。育て親とかでもなんでもない、所詮は大したことない世話係なんだし。結局血の繋がりのない男女って、こんな風な結果になってしまうんだ。思った通り、男女の友情だって成立しないんだろうな。家族に憧れた私は堅に何かを見出そうとして、結局何も残せなかった。ただ彼の中に眠っていた被虐性を掘り起こしただけだったのだ。
既に血の止まった指に何度も何度も舌を絡み付けては熱い息を吐く堅。私は奴隷が褒美ばかり貰うとは贅沢だと思い、その太い首を掴んだのち、奥のやわこい天井に容赦なく3本の指を抜き差しした。
「んぅWッ!?ぉWえっ……ぉ…がっ…」
「イラマチオって知ってる?」
「は、…おWッッッ……!あWくWっ♡……っは、アWっ、は…っ!ごほっ、おWぁWッ♡」
デカい口いっぱいに私の指を頬張り涙を流す堅。その気になれば突き飛ばせる私をどうともせず、首すらそのまま差し出している。思った何倍も堅は重症のようだった。
指を抜き出すと低く掠れた「あWー……」という声と共に唾液が伝う。
正直に言うと私はこんなやり取りなら客と3年はやってきているので、動悸も呼吸も乱れることはない。愛情を注がれてこなかったからか人間に執着を抱くこともなかったせいで、たった今人間関係の亀裂を肌で感じていても"やってしまった"とすらならない。至って自然に水で唾液を洗い流した。堅はと言うと案の定股間に欲が出ていて、恍惚とした表情のまま、ぼうっとそこに立ち尽くしていた。
「堅、この鶏肉ちぎんの?」
「んぁ、え、あ……っと…」
「あ?ハキハキ喋ってよ」
「……トイレ、いってくる……」
「うん」
いつだか「堅って何で抜いてんの?」と下世話なことを聞いた時には「恥じらいとかねえのかよ!!」と珍しく怒鳴られたが今考えるとそれもそうだろう。トイレからちょくちょく聞こえてくる「なまえっ♡……ぅ、なまえ…ッ♡♡」という呼び声に私はすんなり納得してしまった。他の子にそうやって質問されたらだるそうな顔で交わすもんね。
さて、そんなことより親子丼はあと何時間後に胃に届くだろうか。こんなこと考える代理の養育者は異常だろうか。だけどやっぱり、感情が欠けていたとて私の責任にはならないんじゃないか。堅の性癖が歪んでしまったのだって、元を辿れば全て私の親のせいだ。
全部全部、この世の毒親達がぜーんぶ悪い。
2021/8/30