とっくのとうに無いのにね
※自傷行為 暴力 流血表現
がっしりした指が、ギャップのある緩い文字を指す。
「こーやって書くんだけど」
「へえ」
羽宮一虎。まず目を奪われたのは羽だった。虎よりも先に、名前に羽がついてるんだと興味を持った。あまりの偶然さに運命的とすら思う。なぜなら私は最近もっぱら、羽の生えた生き物の限界を調べるのに身を忙しなくしているからだ。
関連したものを見かけるだけでどうにも意識が引っ張られてしまう。今回殺人未遂を犯したという、この少年を前にしながら気を抜くなんて言語道断だと言うのに。
そうわかってはいるのだが、先程送られてきたばかりの資料を半分見つつ、もう半分の思考は未だ海底にある。羽っていいな、私もほしいな、なんていう風に。
勿論今みたく意識を飛ばすのは悪癖だ、と幼少期から気づいてはいるのだがやめられない。人間はそんな簡単に変われるもんじゃないからね。彼だって完全な更生は無理だろう。
「かわいい名前」
「……あっそ」
それにしても羽の生えた虎って、ヌエみたいな感じだろうか。そういえば中国では虎に羽を描くのは良くないとされていたっけか。悪を助長するとかなんとか、鬼に金棒と同じ要領で。まあそれも追追調べるとする。
このごちゃ混ぜな脳内はかき消し、ともかく対話をせねば。ようやく私は向き直って、彼の資料をトントン揃えた。
余談だが、職場から唐突に電話が入って、20分ほど前に担当を変えられたため、資料は今初めて目を通したばかりである。
「すごいピアスだね」
チリンと鳴ったそれは少年のように儚い印象を持たせた。
「じゃあ改めまして。先週から君の担当になってた先輩が暫く休職ということで、今日を以て一虎くんの保護観察処分の指導監督は私になりました。苗字名前です。突然だけどよろしくね。一緒に罪を償っていこう、一虎くんはひとりじゃないからね」
君の名前には一人ぼっちの一がついてるけどね。
♦♦
「オレは悪くないよ。全部マイキーが悪い。死ななかったマイキーの兄貴が悪い。人ってどっちかなんだ。両方は選べない。だから生かしてはおけねぇよ。そうだ、それでオレはあいつらをころさないと……」
保護司として対象との初回の面談を行っている最中だが、一虎くんは相変わらず変なことを言っているというか、これ関連の話題になると途端に頭が馬鹿になるようだった。
罪の意識に足を取られていたり、複雑な家庭のせいで脳のどこかが萎縮していたり。難儀なことだね。
ついでに私はと言うと、彼と再会するまでに、研究対象を羽のついた虫から鳥にグレードアップしていた。 昨日は二羽、看取った。
「一虎くん、一虎くん」
「っ、なに……え…」
衰弱した一虎くんを下心から抱きしめる。こっそり肩甲骨を撫でるとそこには羽が生えていなかった。なんと。それならおまえは今日から宮一虎だ。
「な、んだよ……」
「おうちではよく眠れてるの?ご飯は食べてる?つらいこと、かなしいこと、さみしいことはあったかな?一虎くんが幸せになってくれたら私も嬉しいの。遠慮しないでなんでも言って」
「……うん」
人は私を変だと言うし、私も私を変だと思う。それでも仕事と私情はこれまで分けてこれていた。給料を貰っている間の私は保護司としてとっても優しく、時に厳しく。未来ある子どもたちを指導する素敵な人間である。はずだ。
♦♦
それから二回目の面談で、早くも彼は限界そうだった。
「──うちに?」
「う、ん……。だめ?自分ちにいると……っおれ」
「そっか、大丈夫だからね。落ち着いて」
「うん、うん……」
前回からそれほど経っていないが、彼は身を震わせながら"私の家に住みたい"と言った。出会ってまだ二度目の私の何を気に入ったのだろう
。
住居に関しても、法律的なものに加え、業務内容以上の過干渉。上への報告だってバカ正直にするわけにはいかないし。彼には私が天使にでも見えたのか。
「パニックにならずに聞いてね。まずは親御さんの許可が必要なの。それに私の家じゃ……」
「はは、やっぱり名前さんの迷惑だよな、わかってたよ」
そう、端折っていえばただただ君は迷惑なやつだ。社会にだって私にだって迷惑かけやがって。こっちは慈悲活動してるんじゃないんだぞ。でも。
「羽宮一虎くんは特別」
「……え?」
彼には羽がついてるのか、深くまで調べてみたい。私の探究心は抑えられなかった。
君はちょっぴり特別な人間だよ。そう思って頭を撫でると、彼は殴られると思ったのか目を瞑って衝撃に準備していた。初っ端から殴るわけがないだろうに。
とりあえずまずは、既に羽のちぎれている君のお母様にお伺いを立てないと。
それにしても、さすがに私も処理として人間を殺すのは無理かもしれない。だって人一人殺すのに消耗する体力や労力は、活動量にして丸二日分だとどこかで見た記憶がある。私は不定期にお休みを貰うから、土日でお休みが取れてたらできたかもしれないけど、この子を殺しては次の仕事に支障が出るかもしれない。
一虎くんはできるだけ殺生なしの方向で観察していきたいと思う。彼専用の、職場に提出をしない観察日記を買ってこなければ。
♦♦
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金曜日 1ヶ月経過 被験者 引き続き羽宮一虎
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日記を書く手が波に乗ってきたので、この調子で報告書もとっとと終わらせようと思う。
あれから変わったことといえば、私の保護下にきた彼のことを敬称なしに一虎と呼ぶことになったくらいか。
最近の彼は愛に飢える幼児のような発言を繰り返しているだけで、再犯はしそうにない。目立った外傷もない。今は砂糖を与える期間だから当然といえば当然だ。
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「ねえ名前さん、それまだ終わんねーの?オレ寂しいなぁ」
「よしよし、ごめんね。もうちょっと待ってね」
一虎が部屋に入ってくる前に日記の方は伏せて置いた。報告書をまじまじ見る彼の目はいつの間にか光を宿しており、いかにも健康児といった表情をしている。順調そうだ。
首や下顎をコロコロとくすぐってやると、一虎は気持ちがよさそうに目を瞑る。スキンシップが好きみたいだった。
彼は時折悪戯に私を抱きしめてみたり、怒られないかと瀬戸際を攻めて頬にキスしてきたりするから。普通なら注意くらいはするのかもだけど、私は敢えて叱らない。他人同士の距離感を教えない。今は全て許してあげる期間。
こうして何度も与えられることを学んだ一虎は、言わば──自分を神と形容するのは烏滸がましいが、神の寵愛を受け、側近と呼べる程に傍に置かれたことから、自分が堕ちることなど考えてすらいない浮かれた天使だ。その無垢さは素直に可愛らしいと言っておこう。
さて、私の研究はそろそろ最終段階に入る時ではないだろうか。
日記を綴る。
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火曜日 五ヶ月と二週間 被検対象 羽宮一虎
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・実験4 連絡をせずに一晩違う場所で過ごす
実験2では連絡を入れた状態で上記のことをしてみたところ、大きな効果が見られなかったため、今回は全ての連絡網を遮断して挑む。
今回で予想する一虎の消耗度は20。
前回の時点で、連絡を入れたにも関わらず私が帰ってくるなり抱きついてきて、1日離れなかったため、彼の精神状態を考慮するに今回多少は荒れるだろうと考える。
17:00 連絡を無視し始めてから3時間が経過 (下記省略)
・メールがいつもより頻繁に届く
・どこにいるの 誰といるの などこちらの状況を把握できる質問を延々と投げかけてくる
4時間
・電話がかかってくる
・メールの勢いが少し緩やかになる
・電話もそれほどこない
5
何も来ない
部屋についてあるカメラを見ると、泣き疲れたのか不貞寝しているようだ
8
・起きた途端に一虎は泣き出した
私の名前を呼んで私のベッドへ潜ると喚き声は更に大きくなった
カメラ 18:58:93〜19:12:54 泣き声
※帰宅後サンプルのため抜き取る
9
電話が鳴り止まないので10時間が経過する寸前まで電源を落とす
着信は68件
メール内容は全てひらがな
・家具が数個倒された
私のクローゼットからいくつも抜き取った服を自分の周りに置き号泣
10
・謝罪のメールがいくつも届く
カメラ越しに「死んでやる」と掠れた声が聞こえた
・続いて聞き取りづらいが恐らく「名前さんが帰ってこないなら死んでやる」と言い、自身の首を絞めた
11
・私の名前しか呼ばなくなる
1時48分頃、一虎がキッチンへ行き包丁を手に取った
自傷ならば観察続行、自殺ならすぐさま止める
自殺を図る様子
対処 電話
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私はノートへ単語を書きなぐり、即座に一虎へ電話をかけた。しかしすぐに出るだろうと思いきや、衝撃のあまりに携帯を落としたらしい一虎は、タイムロスに顔を顰めていた。そして彼はやっとのことでそれを掴むと、床に這いつくばった状態で電話に出る。
「は、いっ……!なまえさん……?ほんとに本人……?ねぇ」
「もしもし」
「名前さんっ!!!いまどこ!ねえはやくかえってきておれこわいよしぬよいいの?おれしぬよ!?名前さんがほっておくからオレもういきたくないよはやくかえってきて……あいたいよぉ……っ」
電話越しにぐすぐす鼻をすする音が聞こえる。
私の記憶では、彼が今回消耗するメンタルは20程と予測したはずだが、これはかなり堪えたらしい。60、とノートに書き足した。実験は最後までできなかったため失敗とする。
「ごめんね、携帯を……」
「ん、なに……?携帯どっかに置いてっちゃってたの?」
ここで故意だと伝えたら、どうなるのだろう。新しいページに実験5と綴る。
「携帯は持ってたんだけど返す気になれなくて」
沈黙が痛いくらいに私たちの間を通過する。一虎はなんと言うだろうか。ふざけるなと怒鳴るのか、言葉もなく泣き崩れるのか。狂って笑ってしまうのか。
「ど、ういう、こと……?なに、おれ、むしされてたの?なまえさんのことおこらせちゃった……?ごめんなさい、ごめんなさいすてないで、おれ」
「捨てないでって、一虎のおうちは別にあるでしょ?捨てるも何も」
「ねえよッ!!やめろ!!!あ、いや、だ、やめて……やめてっ言わないでごめんなさいオレが悪いから全部言うこと聞くからいい子にするから!だってなまえさんいい子好きでしょ?おれがいい子だとうれしいよね、すきだよね?それだったら一緒にくらしてくれるよね?早く何とかいってお願いだからおれのことあいして」
面白い。今まで見てきたどんな生き物より実験しがいがある。
「愛してるよ」そう告げて家に着く予定時間を教えると「絶対電話切らないでずっとオレと話してて」と電話を強制された。
あまりスパンを空けずにやると一虎は「オレのこと嫌いなんだろ」と落ち込む──そういえばこれは最近の言葉では病む、と言うらしい。たしかに一虎には病むの方が似合っている。で、だ。ともかく彼は病むので、ちょくちょく確認される愛情にはしっかり応えた上で、彼を実験にかけなければいけない。早く羽がちぎれてしまえばいいのに。
「名前さん名前さん」
「ん?」
「タバコ、オレ消すよ」
他の問題児共の報告書を書きなぐっていると、一虎は、私がくわえた死体になりかけのタバコに気がついて、舌を差し出してきた。唾液がたっぷりと乗った舌の上で火種を消せということだろう。誰が教えたんだか。
「なんでそんなこと知ってるの?」
色々省いた質問だったがそれで一虎には伝わる。彼には話を聞かずに気づけば暴力を振っていたなんて時期もあったらしく、検察側などが言語に関する障がいを持っているのでは、と病院に送還しかけたこともあったが、寧ろ言葉の裏を取ったりするのは大得意な彼だ。ほら、この言葉だけで怯え始める当たり一虎は頭がいい。
「あ、おれ、別にへんなとこで知ったとかじゃなくて……ちが、行くなって言われたとこは行ってないから……他の不良とも絡んでねぇし……っ」
「それならいいけど」
「よかっ、た……」
次の瞬間じゅうっと肉が焼ける音がする。続いて一虎の悲鳴も。
「あWッ……!あ、ぁぁあ"あWッ!いっ、た……!ぐ、ぅうッ」
「心配させたお仕置」
「はっ、ひ、っひ……ご、めんなさ……」
「うん。でもこれ、ちゃんと消えてるか心配だしお願いしていい?」
「ん、んぁ」
今度は私の命令で出された舌に、タバコの先端をグリグリ押し付ける。一虎の太ももにはまぁるい火傷跡ができていた。焦げ臭い。あとで実験6のページに書いておこう。
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水曜日 六ヶ月一日 被検対象 羽宮一虎
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・実験7 孤独を実感させる
方法 (対象がこちらをどういった目で見ているかは不明だが)男の存在を匂わせることにする→幼児期に満足な愛情を受けていないことからエディプスコンプレックスが遅れて発症する可能性を考慮
友人と予定があると言って数日帰宅を遅める
問題を起こせば即少年院の今、一虎は喧嘩や抗争に参加せず、学校と家を行き来している
学校では友人もつくらず、一虎の世界には仮の養育者である私しかいない状態
唯一の人間が自分とは違い交友関係の広い人間だった場合孤独を感じるだろうと考えた
この実験は一週間に渡って行う
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そこまで書いて偽の連絡先を作成する。
職場にいるしつこく品のない男を実際に使ってもいいが、実験のために優しく接しては勘違いをさせるだろう。これが人間じゃなければいくらでも替えがきくというのに。
部屋へ戻るといつの間にか自分の寝床を放り、私のベッドで寝るようになった一虎を端へ寄せた。
「ん〜やっときた」
「待ってたの?おやすみ」
「ぎゅーして」
「おやすみ」
「じゃーオレがする」
飴と鞭の差があまりにも大きいのか、一虎は時々二重人格を疑うほど言動にバラつきが出るようになった。羽がちぎれかけているのかもしれない。最終段階まで持つだろうか。
うだうだ考えながら目を瞑ると背に感じた温もりが歯がゆかった。
「あ、もしもし一虎?」
「ん、ぅ……名前さん……おはよぉ」
「今まだ家?学校は?」
「今日振替休日だってー……名前さんは今仕事ー?」
寝起きの声は若干がさついていて、彼は私の電話で起こされたのだろうと察した。
14時を回ったところなんだけど、いつまで寝てるんだか。気を取り直して携帯を耳に当てると一虎の欠伸が聞こえる。
「仕事。その後ちょっと用事あるから、夜ご飯は一人で食べてね」
「……はっ?ん、まって、今目ェ覚めた。なんで?」
「用事だって」
「なん、なんの?仕事関係?」
「いや、関係ないよ」
自分でも言っていたように目が覚めたばかりのはずの一虎は、そんなことお構い無しにどんどん早口になっていく。最早私が追いつけない。
「は、だれ?だれかと?」
「うん。一人でディナーなんて寂しいじゃん」
そう言い放つと、向こう側でそれはもう笑えるくらいに吃った声が。
私は基本一人行動が好きだから言ってて呆れる嘘だけど、彼は容易にそれを飲み込んだようだった。大人になればなるほど人は一人が一番楽だと感じるのを、幼い一虎はまだ知らないのだろう。
「オレの知らない人?」
「逆に私の知り合いで知ってる人いる?」
「い、ない、けど……。男……?」
「うん」
「まって、むり、名前さん彼氏いたの?いないでしょ、いないって言った」
「いつの話をしてんのよ」
子育てを齧っているからか、うんざりした母のようなセリフが口から飛び出た。実験対象と過ごすうちに自分すら変わりゆくのは恐ろしいことで血の気が引く。
「……まって、オレ一人で飯食えないんだ!起きた時腕怪我したから……っ」
「怪我?今からしようとしてるんじゃなくて?」
「っなんで」
カメラを見るまでもないが一応答え合わせをしておこうか。ほら、やっぱり腕を折ろうとしてる。床に利き手を寝かせて片手で棚を倒すみたい。荒らされた時も思ったけど、彼はここが人の家だってわかってるのかな。
「治療費がかかったら生活に回すお金がないかもなぁ。治るまではあっちの家に帰ってもらうしか」
「え、あ、やだ、わかった!なにもしない!してない!!」
「してない?」
「してないッ!!」
「よかった。じゃああとはよろしくね」
「あ、まっ」
世間一般では非情と言うのかもしれない。しかし変人の部類に入る私は、抗議する一虎の声をやかましく感じたので、早急に電話を切った。そこらのカフェに入って専用の小さな画面を覗くと、一虎は暴言を吐き散らかして物に当たっていた。
家に帰れば彼からの尋問が始まったが私は伊達にこの職に就いているわけではない。犯罪者予備軍の子どもたちをのらりくらりと躱す術は十分に鍛えられている。
適当に返事をして煽ったあと「一虎ってかわいいよね」なんて言えば彼は「誰よりも?」と気を良くして丸まるのだから、やっぱり保護司は強い職だと思う。
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水曜日 六ヶ月一週間 被検対象 羽宮一虎
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・実験7
今日で一週間が経過したため、前のページに全曜日分書き留めたことを掻い摘んで記載する
2、3、5、6日にはそれぞれ友人と用事があると言い、3日に関しては連絡をしたのち一晩帰らずに様子を見た
結果、次の日の私の睡眠時に携帯をこっそり確認する一虎をカメラが捕らえた
自分の携帯からは、彼が友人宛てに送信したメールを即刻削除したようで、何も見返せない
全ての架空の友人の連絡先は、私の仕事用の携帯で作成されているので、そちらから受信メールを確認した
「殺されたくないなら縁を切れ」と全員分に送られていた
敢えてプライベート用の携帯を枕元に置き、気づかれないうちにベランダへ行くと、一虎が勝手に私のプライベート用の携帯を使用し仕事用の方(一虎は私の友人の携帯だと思っている)へ電話をかけてきた
声を出せば自演だとバレるため無言を貫いたが、いつまでも暴言や脅迫が繰り返され、挙句の果てにはオレは名前の夫だと名乗ってた
1、4、7日はいもしない恋人とデートするという設定で帰宅を遅めた
1日 先に私のベッドで寝ていた彼は、真夜中に起きると、寝たフリをした私のシャツを捲り腹部に顔を埋めて寝た
何度か「産まれたい」等気色の悪いこと言っていた
4日 10時半に帰ると重要な書類を入れている棚が全てが空に
ファイルから何かを探していたようで、叱らずにそれを尋ねたところ、「絶対結婚させない」と血走った目で返される
恐らく私が婚姻届を隠し持っていると思ったのだろう
探し尽くしたのち恋人関連の書類がないとわかったようで、ようやく言葉が通じる状態に戻った
恋人の特徴や名前、職場を笑いながら聞かれた
7日 稀にある職場での保護対象との面談後、定時で職場を出ると待ち伏せされていた
今日はデートだと伝えると「オレも行く」と言って聞かなかったので一度一緒に家へ帰り、一虎が風呂に入った瞬間に家を出た
携帯は鳴り止まなかった
前回と同じく10時半前に帰宅
彼は自暴自棄になっているようで、見える部位に自傷痕を残していた
─────
歩いて書いていたノートをバッグにしまう。
記述の通り今日で一週間が終わったので、一虎の状態を記録しようと玄関を潜り家を探す。滅多にない事だが一応、と彼の部屋を覗くと一虎はそこいた。更には床に三角座りをして膝に顔をうずめている。
「ねえ、風呂場が血まみれ。どうしたの?」
「なまえさんが……っ!なまえさんがオレを捨てるからぁぁ……」
「捨ててないでしょ?」
「捨てたじゃんかぁ……もうしにたい、しにたいしにたい死にたいんだよオレはぁぁ……」
見つける途中に見た風呂場はB級ホラーに出てくる殺人現場みたいで、そろそろ一虎の精神の限界を悟った。やはり人間相手は見極めが難しい。
「わぁ、手痛くないの?」
「っいたいよぉ……いたいのに名前さんがオレを置いて無視するから!オレよりクソ男を優先するからっ!だからこんなんになってんだよぉ……」
人のせいにするところは、殺人未遂を犯した時からなんにも変わってない。彼と対面した日もこう考えた記憶があるが、やはり人間はいい意味でも悪い意味でも変わらない生き物だ。
考え耽っていると、一虎は血が止まらない腕を力任せに握って呻く。今に始まったことではないにしろ近所迷惑を考えてほしい。
それでも鞭のあとは、やっぱり甘いものをやらなければならない。今の一虎にはとびっきり甘い砂糖菓子をあげようね。
「おいで」
「い、やだぁ……ッ!そうやってオレのこと騙すんだろ、もういいよ、もういい、いらない名前さんなんていらない……」
「えー……一虎のために別れてきたのになぁ」
勢いよくあげた頭につられ、ピアスがチリンと言った。一虎の顔は逆光で見づらかったが、私は彼の瞳にまた光が入ったのを見逃さなかった。まだいける。まだ心が死んでいない。そうして彼にチャンスを見いだせたので、キャパオーバー寸前のあと1回。それで実験は終えようと決めた。
「オレのほうが好きだからわかれたの?」
餌を垂らされた魚のように私の体へ食いつき、肌と肌を1ミリも離さない彼からはシャンプーのいい香りがした。だけど私の服は血で汚れてしまった。
「一虎のこと見ててあげないとだから」
「ん……ふふ、ふふふ、すき」
「……ち、とめなきゃね」
「やだ、もうちょっとこーしてよーよ。名前さん、ねえ好きだよ。好き、オレ多分名前さんのこと愛してる」
愛って素敵なんだろう。感じられる人にとっては。
というか次は彼に何をしよう。家を追い出してみようか、最後だし。
間を空けて二ヶ月後、私のノートには「壊れた 成功」とだけ書かれているのだけど、やはり実際に見える羽をもがないと楽しくないことも同時に知ってしまったので、これで羽宮一虎に干渉するのはやめることにする。
2021/09/09