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ルージュを壊された件で竜胆は蘭に扱かれて、暫く接近禁止命令が出されたらしい。姉貴からの命令なんて無視できっし。なんて強気なことがメールには書いてあるけど、私も蘭から「竜胆の仕置きになんねーから避けて」と言われてしまっているので、竜胆に謝りながら携帯を折った。
「ねー……オレといんのにそんなにメールが大事?」
「……ん?ごめん、緊急だった。ごめんね?」
「まぁ……今からオレのこと構ってくれんならいーケド」
わんちゃんみたいに甘えてきたマイキーを撫でて、この子が適当に扱ってもいけるタイプで良かったーなんて心の中で汗を拭う。この前内緒で遊んだ妹分の堅ちゃんなら、こうは騙されないはずだ。そういえば堅ちゃんからも返信の催促メールが来てたんだった。後でいいや。
「行きたいとこってどこだったの?」
「んっとー…………ここ!」
「えっ、猫カフェ?珍しい」
「だって名前ちゃんが猫好きー!って言うから。オレより構うのはヤだけど、名前ちゃんの好きなものはオレも好きになりたいし」
えー可愛い。マイキーって狙ってない時に1番高ポイントの可愛さ出してくるから怖い。しかも会話の中で1回くらいしか出したことない猫の話を覚えててくれたなんて。まあめちゃくちゃ好きなわけでもないんだけど、訂正したら面倒だから口を噤む。
早速説明を聞いてから猫のいる方へ向かい腰を下ろすと、マイキーと私の膝にそれぞれ茶、黒の2匹が乗っかってきた。膝や腹が途端にぬるま湯に浸かっているような幸福感で満たされる。ちっちゃくてかわいくてあったかくて。やっぱ人も猫も人懐っこい方が愛せるなぁと、腐った考えで毛並みを整えてやった。
「猫撫でてる名前ちゃんさいっこーにかわいい♡」
「やーほんっとにカワイイわぁ。オレほっぽって猫撫でてる名前先輩ほんっとかわいーなぁ〜〜」
突如降り掛かってきた呪いのような声に顔を上げると、そこにいたのは一虎ちゃんだった。すんごいガンギマった目でこっちを見るもんだから、猫も怖いのか、私に助けを求めるようにくっついてくる。電話着拒の件もあって気まずいけど、逃げれる状況でも惚けられる空気感でもない。後ろの激マブなお友達も引いちゃってるけど、見えないふりをするべきだろうか。
「は?オマエらも来たのかよ。離れたとこ座れよな」
「はぁぁ?なんでテメーの言いなりになんなきゃいけねーの?潰されてぇ?」
「だめだめ、ここ猫カフェなんだから喧嘩はなし」
「こわいよぉなまえちゃあん……」
「クソ女……!」
もたれかかってきたマイキーを、猫を撫でる容量で可愛がると、一虎は負けじと反対側に座って甘えてくる。ここ猫カフェなんですけど。猫コンセプトのカフェじゃないんだけど。そんな具合に入店早々困ったことの連続で、うるさかったのか、周りのお客さんも静かに消えていった。
するとそれまでは喋らなかった、緩いカールのかかった黒髪ロングのお友達が、閃いたようにしてマイキーの方を見た。
「こういうの泥棒猫って言うんだよな!オレ知ってんぜ!」
「場地殺されてぇ?」
唖然。金髪ショートのミニスカギャルが「すごいです場地さん!」なんて喜んでるので一虎の類友はアホばかりなのだろう。可愛くてアホな子とか1番遊びやすいタイプ。ショートの子可愛いなぁ、沼らせたら献身的な感じがして。
「なんかここ猫集まってっしオレも座るな!」
「どーぞどーぞ、できたらこの2人も剥がしてほしいんだけど……」
「いや、悪いけどオレら猫触りに来てっから。ね?場地さん」
なぜか私と話す時はツンツンした態度のショートの子が、突き放すようにしてそう言いのけ、場地さんとやらの膝に来た猫を撫でる。極度の人見知りだったりするんだろうか。この2人もそろそろ重いし周りの人も見てくるしで、どうにかしたいのに。
「アンタ猫みてーだな。あんま人にベタベタされっと嫌ンなってどっか行っちまう感じするわ」
「はっ……!」
「えッ、名前さん……!?」
なんでもないように笑って言われた言葉が、存外両脇の猫たちには効いたようだった。それに言ってることも概ね正解。やっぱりバカと天才は紙一重って言うだけある。
そして自分がツンケンした相手をあっさり助けちゃった場地さんに、金髪ショートは裏切られたような顔をしてた。見開かれた目が零れ落ちそう。
「名前ちゃんオレのこと嫌い……?」
「ううん、でも今は猫触りたいな」
「そっか……」
「名前さん、オレは……?」
「嫌いじゃないよ」
「じゃあ今度から電話でてくれる……?」
「ウン」
みんなから見えない位置で、一虎に腕をギリギリ掴まれる。ちょっと痛い。でもここでマイキーと殺り合われるよりマシなのかな。
ウダウダ考えていたら、目の前で楽しそうに猫を撫でてる2人が羨ましくなってきた。
「てかなんでマイキーと一虎はそんな懐いてんだ?」
猫から視線を外さないまま、場地さんが尋ねてくる。指にハマっているゴッツイ指輪や真っ黒なネイルからして、パンク系が好きなんだろうか。鎖骨から覗く髑髏モチーフのネックレスも、この子がつけると厨二病感が全くない。初めてのジャンルの子で色々と新鮮だ。
「好きだからー。オマエらは惚れんなよ、特に千冬な」
「千冬はマジで惚れんな場地はともかく」
なぜか阿吽の呼吸でそう制する2人に私までハテナが浮かぶ。千冬ってショートの子だよね、私の事を好きになるとは到底考えられない素振りばかりの。
「や、さっきからソワソワしてんじゃん」
「いや!してないっスよ!」
「いーやしてるね。いつもオレらと遊んでる時はリップなんか塗り直さねーし鏡も見ねーのに、ちょーいじってんじゃん」
「はァ!?いじってねーよ!オレはオマエみたいにそこの女に媚びたりしねぇから……!」
2人の波状攻撃によりタジタジになっていく千冬ちゃん。場地さんとは違って丸出しの耳が、ほんのり赤に染まってるように見える。なんかこっちチラチラ見てるし、確かにメイク直しが多いなとは思ってたけど。でもそれが私の為にという考えも安直な気が。
「確かに千冬、今日は猫あんま触ってねーな」
「えっ!?場地さんまで……!」
「なんでだ?あ、そーいやアンタ名前なに?」
場地さんから問われたのにスンナリ答えて、遅めの自己紹介をし合う。場地圭介ちゃんと松野千冬ちゃんというらしい2人は、同じ団地に住む同い年らしい。じゃあマイキー達の一個下ってことかな。
「あ、同い年ではねーけどな!ハハ!」
「ん?でも学年は……」
「名前ちゃん、コイツまじでやべーかんね」
「こればっかりはオレもフォローできないっスね……」
豪快に笑う本人を引いた目で見るマイキーと、呆れた顔で笑う千冬ちゃんを見て、ますます眉間に力が入る。
それまで会話に興味がなさそうにして、私の手のひらをひたすらニギニギしてた一虎が、口をひらいてポロッと衝撃的なことを一言零した。
「コイツ留年してんの」
「あー…………、エッ?」
今中学生だよね、という確認をするのは野暮になってしまうのか。深く考え込んで出た推測は、1年入院していた、とか。自信を持ってそう言うと、圭介ちゃんはツボったのか大声で笑って、その様子に見当違いだったかとこちらまで笑えてきた。その間も変わらず猫を撫でてるから、そういう置物に見えてきて余計に笑えた。
それからみんなの昔のヤンチャ話(主に圭介ちゃんの)を聞いて盛り上がって思ったけど、ここの学校に入学して以来、武勇伝をもった人達に会いすぎている気がして、学校に都市伝説があるのかと疑い始めた。もっと怖いのが、みんな揃いも揃って可愛いってこと。
「名前さんこっち見て、ん♡」
放置に我慢できなくなった一虎がキスをしてきて、マイキーと危うく喧嘩になるところだったのを圭介ちゃんによる仲裁で回避する。普段はこんなことしないみたいだけど今日は猫がいるから嫌なんだとか。たしかに、車に火をつける女が喧嘩はやめろなんてなかなか言わなそう。
「ア、めっちゃ腹へった」
暫くすると大きいお腹の音が5人の輪の中で響く。そのせいで圭介ちゃんのとこの猫が飛び退いて来たので一撫で。
その流れでマイキーが「ファミレス行こーぜ」と声をかけると、みんなそれぞれ猫を退かして腰をあげ、近場のレストランへ入ることになった。
「あ、松野さん、猫の毛ついてるよ」
圭介ちゃんにパシられた千冬ちゃんと、ジュースを自分で入れたかった私の2人で、ドリンクバーの前に立つ。因みに呼び方に距離があるのはあれから度々睨まれていて怖いからである。怖いというと語弊かもしれない。荒れてた時のイザナに比べたら、千冬ちゃんはそれこそ子猫みたいなもんだけど、ただ、変に呼んでキレられたら面倒って意味合いが近い。
「チッ……」
「あー…………もっとうしろ」
「……ざっす。つか、なんで」
「ん?」
遠くの席からでも3人のうるさい声が聞こえてきて、千冬ちゃんの声がいまいち届かない。それでなくともこの時間帯のファミレスはうるさいし。
近づいて彼女を見ると、ベージュのカーディガンの萌え袖部分がギュッと握って、プルプルな唇を噛んでなにかに耐えているようで、私にまで緊張が伝わった。
「場地さんは圭介ちゃんで、2人もマイキーと一虎で、なんで……なんでオレだけ松野さんなんだよ!」
「私のこと苦手かなって」
「はー?べっっっつに苦手じゃねーし。……ほら、次。アンタ何飲むの」
数秒置いて、わかってしまった。全部、理解した。この子って、本当にデレ少なめのツンデレちゃんだ。ずり落ちてもないルーズソックスを伸ばしたり、ピアスを触ったりして、これも全部照れ隠しだったんだ。目付きが怖いから初見じゃ本当に嫌われてるっぽく見えちゃうだけで。
ただそれにしても、逆にここまでされる理由はわからない。
「あー、アイツはコーラでいーんじゃん」
一虎は「先輩とおんなじの♡」なんて可愛くお強請りしてきたのに、千冬ちゃんはコーラを勧めてくる。私が自分のに紅茶を入れてたのも、一虎がそう言ってたのも聞いてたはずなのに。そして最後に自分のを入れた千冬ちゃんに中身を聞くと、そっけなく「紅茶」と返された。
「同じだね」
「べつに、たまたまなんだけど……」
もう彼女の嘘は見切ってしまったから、クスッと笑って席に戻る。席に着くと隣の一虎は、私の顔を見て話聞いてたのかなんて目で見てくるし、パシりからコップを貰った圭介ちゃんは「千冬ぅ、オマエそれ飲めんのか?前ドリンクバーで紅茶飲むやつは邪道つってたよな?」なんて純粋に聞くしでちょっと癒された。
「なーなー名前ちゃん、アーンして?」
「オムライス?……はい、どーぞ」
「んー…………ンマイ!好き♡」
マイキーは最早これを口実に抱きつきたいだけではと思う。外国人並みにスキンシップが激しいけど、本名は万次郎なのも温度差で風邪をひきそうだ。
「名前さん♡オレも♡」
「え、肉?これ私が切るの?……もー…………、はいアーン」
「んー♡……アリガト♡」
「ん、ちょっとかずとら……ん」
パフェを食べてたのに、触れるだけのキスでも口が肉の味を感知する。ガッツリしたご飯食べてる時のキスって、あんまり好きじゃない。でも、もしそれを言ったらテーブルの下でまた足掴まれそうだし、黙っておくしかない。
向かいに座ってる2人はちょっと照れくさそうにして、一虎と私のキスを見ていた。その反応にハッとして、ここが1番角の席なことに心底安心した。
「いーなそれ、オレもアーンしてくれよ」
「えっ、え……!」
「ン?どーした千冬」
「や、なにも……」
「千冬ちゃんもしたいんだよねー?」
今度は無言でリボンをカリカリして照れ隠ししているみたいだ。全く隠せてないどころか、ここの席みんなにバレちゃってるのに可愛いなと思う。さっきのドリンクバーでなんとなく絡み方もわかったから、もう遠慮も不要だろう。中学生相手にずっと顔色伺うのもだるいし。
「圭介ちゃんもハーンバーグ切らせるの?……今日だけね、はいアーン」
「アー……んっ!」
嬉しそうに咀嚼する圭介ちゃんはすっごい可愛かった。他人に対しては結構ドライなとこがあるみたいで、そのギャップに早くもやられそうだ。食べる前に髪ゴムを貸してあげた時の笑顔も、爽やかで綺麗で可愛くてで忘れられない。
次は順番的に千冬ちゃんになるのを誰もが察しているのに、本人は自分からは言い出せずに、また私を見ては視線を逸らしてを繰り返してる様子だった。こっちからやるにしても反対向きのフォークには手が届かないから、仕方ないけど自分のパフェあげよう。
「はいどーぞ」
「あ、えっ……い、いただきます……!」
小さい口がはむっと銀のスプーンを咥えると、溶けたアイスクリームが消えていった。
「おいしい?」
「ん、はい……」
「ふふっ」
「ずるいーオレもやってー?」
「オレも食う。名前さんが食べたあとのスプーンにして?」
「じゃーオレも食いてえ!」
急にしおらくしくなった千冬ちゃんにマイキーが頬を脹らます。その後に続いて一虎と圭介ちゃんが。結局パフェは半分くらい食べられてしまったけど、お礼にみんなのご飯も貰えてお腹いっぱい。
託児所にいる気分でなんとか会計をして帰路に着いた。余談であるが、猫カフェに行く前に喧嘩を売ってきたヤンキーがいたようで、ソイツらからぶんどってきた金を使いたいという圭介ちゃんにより、みんなでご馳走になった。
それから一番最初に別れたのはなんと一虎だった。なにやら先輩に呼び出されたらしく道を戻って行ったのだ。ワガママで時たま頭がぶっ飛ぶ彼女にも、他の交友関係があったことに感動した。
それまで隣で手を繋いでいた一虎がいなくなったことにより、新たに左に補充されたのは圭介ちゃんである。
なんとなく気になって、なんで今日は初対面の私と仲良くしてくれたのかを聞いてみると、圭介ちゃんがつるんできた動悸はすべて"なんか楽しそうだから"らしい。この子はどこまでいっても揺るがないんだろう。
2人に比べると離れたとこにいる千冬ちゃんをチラッと見ると、羨ましそうな瞳と目が合った。可哀想な待遇が似合うなと少し失礼なことを思う。
「あーオレらここだ。今日ありがとな、メアド交換したしまた予定立てよーぜ」
「わかった。学校でも会うかもね、じゃあね2人とも」
「あ、じゃあ……」
「……ふふ、寂しそうな顔してる。ぎゅーする?」
「……う、う……っ!する、っす……」
抱きつくと、思ったより千冬ちゃんの胸が大きかったことに気づいたけど、その時にはつけた勢いのせいで胸をふにゅんと潰してしまっていた。千冬ちゃん着痩せする感じか、気をつけよう。
「本当はオレと2人だけのデートだったのになぁ。寂しかったなぁ、えっちしてくんないとオレ悲しくて死ぬかもな〜」
「あー、ごめんね?でもマイキーが1番可愛かったよ。みんながいなかったらあの後お家呼んだんだけど、時間も時間だしね」
2人になった瞬間腕ごと絡められ、いかにも演技ですというようなトーンで愛らしく責められる。誰が1番可愛いとか特にそんな感情はなかったけど、マイキーはそう言われると気を良くしたのか「大好き」と笑ってくれた。
家まで送り届けると、さっきの発言がマイキーに火をつけたようで、泊まっていけどせがまれた。おじいさんや姉、妹さんにも良くしていただいて、結果的に泊まることになったので、このお礼はマイキーの部屋にてじっくりとさせてもらうことにする。