優しくて温かくて
物陰に隠れ自分自身を落ち着けるように、震える体を抱きしめる。
紅に染まった制服からは、誰の物かもわからない血生臭い臭いがする。
こんな日々がいつまで続くのだろうか。
このまま死んで家族のもとへ行けたほうが幸せか。なんて考えてしまうくらいにマイナスな感情しか芽生えない。
よく知る人々が化物のような姿になり次々に襲い掛かってくる現実を受け入れたくなかった。
よく知る人々を傷つけなければ自分は死ぬ。
そもそもこれは現実なのだろうか。もし自分が深い眠りについているのなら、今すぐ目を覚ましてほしい。
「...?」
どこからか物音がした。またあの化物だろうかと身を強張らせ、物音のした方向へと意識を集中させる。
しかし、そこに現れたのは予想外の人物だった。
「先、生...?」
「名前さん...。どうしてここに?」
どうして。なんて、そのまま先生にお返ししたい質問だ。
「走り疲れたので隠れていただけですよ。いつ襲われるかわからないので...。」
「...そうですか。」
それから言葉を交わすこともなく長い沈黙が続いた。
さすがに口を開いたほうがいいのかもしれない。なんて、考えていると
「あの、」
「は、はい...!」
声が大きかったかもしれない。
化物に気がつかれたかもしれない。
なんて心配をできる余裕はなかった。だって、先生が先に口を開いたんだから。私に対して。
「村がこの状況になってから、1人で行動されていたんですか?」
「そうですけど...それなにか?」
「いえ、逃げられたのか...と感心しただけですよ。元々名前さんは少し強い方だとは思っていましたが。」
「強い...。私がですか?」
"強い子"だなんて言われたことがなかった。
それなのに先生は私を強いと思っていた。
どうして、私が。
「ご両親、お婆さんが亡くなられたとき、涙を流さなかったのはなぜですか?」
「なぜって、それは...。」
泣かなかったんじゃない。泣こうとしなかったのが正解だ。
残された私が泣いてしまったら他人に迷惑がかかるから、誰にも迷惑をかけたくなくて必死に耐えていただけなんだ。
「本当は怖かった。逃げたかった。助けてほしかったんですよね?」
「先生...。」
「頑張りすぎなんですよ。」
先生の言葉が胸に、心に、今までの自分自身に深く刺さる。
そのせいか視界が少しずつ歪み始め、今までずっと我慢してきたものが零れ落ちた。
「何かあった時は置いていきますのでご心配なく。」
「...それでも医者ですか?」
「その顔で言われても怖くないですよ。」
「...」
「何か要望があるなら直接言ってもらえると助かります。俺、エスパーじゃないんで。」
医者だから患者以外のことなんてわからない。とでも言うのだろうか。
だとしたら私は心の病を抱えた患者です。とでも言ってみたいものだけれど、俺は内科だと返されそうなのでやめておこう。
きっと目も腫れてひどい顔しているんだろうな。なんて思いつつ先生にひとこと、
「...助けて、ください。」
「よくできました。」
私の頭に乗せられた先生の手は
優しくて、温かかった。