運命の寿命は短い

ギフトの補足みたいな話

キバナと番になって三日目。気怠さの残る体を起こして伸ばしているとふんわりと甘い香りがする。顔を上げれば大きな掌が頬を包み、輪郭を辿るように指の腹が滑る。おはようと言い合って腕を伸ばすと体が浮遊感に包まれ、抱き上げられる。別に自分で歩けるんだけど、満たされるからそうしたいと言われたので彼のしたいようにしていいよと頷いた。寧ろ食事をベッドに持って来られないだけ、今日はまだ…いや、どう考えても要介護者なんだが。でも欲求を拒否するとストレス掛かるらしいし爆発して大惨事になった方が大変なことになりそうなので二つ返事で返すことにしてる。

「今日城に行くけど大丈夫か?」
「んー、平気。服とかどうしよ。」
「オレさまが用意してるから大丈夫だぜ。既製品なのが気に食わないけどなー…。」
「そんなガッチガチの用意しないでいいのに。」
「番のことは飾りたいだろ?」
「着飾る姿はキミだけが見ればいいと思うんだけどなぁ。」

ちゅ、と目尻に落とされた口付け。既製品の服に少し不満そうだったが機嫌はなおったらしい。流石に洗顔と歯磨きは自分でした。朝食の用意はさせて貰えなかったが食器を持つことも出来たので良しとしよう。幼児もビックリの扱いであることは否定出来ないが。化粧と着替えは…まあ、ほぼキバナがやった。用意された服は私服と呼ぶには派手だが、正装と呼ぶにはラフ過ぎる。太陽光の下では青さが覗く深い緑色がベースになった少し硬めの生地の…これはなんだ、ドレスなのかワンピースなのか悩むぞ?膝下まである丈のお陰か少し胸元が開いていても下品な印象はない。化粧はベースは薄く、目元にはシャンパンゴールドをメインに落ち着いた雰囲気となった。鏡を見ると、上品な化粧ってこんな感じだったなぁと思う、そういうメイク。目元を抑えたからかリップは結構ハッキリした色だった。ピンクベージュくらいでいいと思ってたけど、バーガンディも悪くないかも。今後生かそう。いつのまにか用意されていたアクセサリーが身を飾るのを鏡越しにぼんやり見ていたら柔らかい笑みと視線が絡んでちょっと気恥ずかしい。

「エスコートは任せてくれ。」
「介護はやだよ?やだからね?」


オウサマに城で会うならそりゃあもう大掛かりで面倒だろうし、その為の服装だと思っていたのだが宣言通り腕を借りるだけのエスコートで向かったのは応接室みたいなところ。中には既に王たる獅子が居て……膝上で死にそうになってる姉もいた。帰ろうかなと半歩足が後ろに向いたのだが、アッサリと抱き上げられて私まで膝上に腰を下ろすハメになった。いや、挨拶させろ。事前に龍ちゃんに王族への挨拶の口上を教えて貰ってたというのに!

「来てくれてサンキューだぜ。」
「いや、この状態で話するの?可笑しくない?」
「まあまあ、番なんだからこんなもんだって。非公式だし、今回はプライベートな話だからさ。」
「じゃあ私服で良かったんじゃないかな…。」
「番を飾るのは本能だからそこは諦めろとしか言えないな。…ユーカリ、キミもいつまでも俯いていないでオレにその美しいレッドガーネットを見せてくれ。キミもオレのシトリンが好きだと言ってくれるじゃないか、独り占めしないでオレにも美しいものを愛でさせてくれないか?」
「ビャッッッッ!!」
「なんの鳴き声?」
「あの…ユカリが可哀想だから意地悪しないであげて……。」
「意地悪しているつもりはないんだが…。」
「ケイ、オレさまもアレくらい言っていいの?」
「100倍にして返してやらぁ。」


羞恥死しそうになってる姉にそっと両手を合わせておく。可哀想だが嫌がってるわけでもなさそうだし時間は有限なので申し訳ないが話は進めさせてもらおうと思う。

「ユカリはそのままでいいから話していい?」
「構わないぜ。」
「まー、昨日の見てたら分かると思うし今更だけどオレとケイが番になった。諸々の申請は済ませておいたけど、友人として改めて報告させてくれ。」
「そう!えぐい一目惚れやったけど大丈夫だったか?好きそうとは言ったけどあそこまでドンピシャとは…。」
「ユカリ…やっぱりモネ婆の話聞いてなかったな…。」
「へぁ?」

その可能性のが高いのは分かっていたので驚くことはないけれど。ピンと人差し指を立ててから一振り、どこから説明するかと思っていたが全部話した方が良さそうだ。

「面倒だから耳慣れた言葉で説明するよ。共鳴者と番の違いは?」
「えっとー…女神サマが決めたかどうか?でもアレ純血の話でしょ?」
「種族や地域、宗教によって変わるからどう決まるかは断定出来ないけれどな。番を選ぶのは全体の一割、みんな保守的になるから態々契約を結ばず結婚という手を選ぶからね。その中でも共鳴者っていうのは1%居るか居ないか。どんな種族でも共鳴者を見つけたら人生の幸福ぜーんぶ使った位の幸福だよ。この間の私たち見たでしょ?縄張り争いをする種族と共鳴者で、番になるってのはああいうこと。」
「ん?でもラウレレ…あんな風にならないのは私が混血だから?」
「個体として考えるものだから純血も混血も種族も関係ないね。」

ん?と首を傾げる姉と、そんな姉を守るかのように回した腕を強める獅子。別に取り上げるつもりは微塵もないし、そもそも取り上げることは不可能なことくらい彼も知っている筈なんだけどな。

「共鳴者は余程の理由がなければお互い一目見た瞬間からソレ以外を考えられなくなるほど求める…まではOK?」
「オッケー!」
「番っていうのは言わば自分で選ぶ相手、ネズとかはそのタイプだね。結婚じゃ満足出来ない性質であったり、国を統べる者が交わす契約だ。」
「………あれ?」
「精霊族の長は種族の存続の為に長命でなければいけないでしょ?そんな立場が、人間みたいに弱くて短命な生き物と番になったら千年国と民を守らねばならないのに100年未満しか生きられない。そんなのは許されないから、共鳴者を殺して相応しい者が番になる。……私も実際見たわけじゃないけど、龍ちゃんがそう教えてくれたから間違いないよ。」
「りゅうちゃん?」
「えーと、ギフト。私は生まれる前から水を司る龍神様から寵愛を受けているんだ。真名も教えてもらってるんだけど、他人に知られると良くないから…まあ、愛称だね。」
「神に愛称を付けるのはどうかと思うんだが?」
「あっはっは、龍ちゃんの機嫌を損ねない方がいい。……ほら見たことか。」

さっきまでからりと、雲一つない空だったのにバケツをひっくり返したかのような雨粒が窓を揺らす。遠くの方から聞こえる雷鳴にケラケラ笑ってるのは私とユカリだけ。キバナとダンデは目を丸くしたまま数秒窓の外を見つめていたが、ハッとしたように此方を向き直り、短く謝罪を述べた。

「とんでもないな、キミのギフトは。」
「ケイちんに過保護だからね、リュージンサマ。」
「その内止むよ、雨降らせた方が良さそうだとは思ってたみたい。…ま、こんな感じで私が水の神たる龍神様の寵愛を得ているのは伝わったと思う。ダンデの家族のことや種族、そういうものを知っているのは龍ちゃんが教えてくれるから…ってことで納得して貰えた?」
「嗚呼、理解した。ところでキミのギフトは……否、どこまで知っているんだ?」
「ダンデのもうひとつの隠し事は知ってる。でも安心していいよ、ユカリはソレを知っても逃げていかない。」
「そうか、それは良かった。」
「待って?なんで私が蚊帳の外?入れて?」

知っても別にいいと思うのだが、獅子は姉の目尻や額に惜しみなく口付けを落とすばかりで言葉を続ける気はないようだ。話してもいいのか、と呆れたように視線を向ければ頷きで返す。ここまでの解説でも十分に外堀は埋まったと思うのだが、まあ、勝手に秘密を暴いたのだから謝罪の意味も込めて私が話を続けてやることにしよう。


「ダンデは共鳴者を殺してるよ。」
「うん?そうなんだ?」
「番になるべきソレに出会った頃にはユカリに惚れてたからね。まあ、種族的に惜しいとこではあったと思うけど…アレである必要はなかったみたい、とだけ。」
「別にラウレレが人殺してても好きだけどなぁ。秘密にする必要なくない?確かになんの障害もないのは羨ましいけど。」
「私とキバナのこと、思い出してもそう思う?」
「……あれ?」
「20年前のたった一目見ただけの異種族を番にする為だけに玉座を奪い、国の在り方を変え、何もかもどうでも良くなるような…全ての意識を塗り替えるほどの衝動を持つ共鳴者を殺して運命をなかったことにして、その上でそれを欠片も感じさせることなく手中に納めた男がおっかないと思わないなら正にユカリはダンデの運命の番、共鳴者だよ。」
「ど、どんなメンタリティとフィジカルしてんの!?」
「ケイ、オレさまが言うのもなんだけどユカリって大丈夫なのか?」
「大丈夫だったらとっくに山に籠ってるよ。」
「山?私が鳥だから?」
「んにゃ、そもそもユカリが10年前に旅に出たのは共鳴者に呼ばれたからだよ。まあ、その呼び掛けに応える前にうっかり捕まったって感じ?」
「ワオ。」

キバナがちょっと引き攣ってるしダンデは笑みを浮かべてはいるものの狂気と怒りが滲んでてちょっと怖いとこではありますけども。ユカリは物凄い情報量を整理してるのかうんうん唸って居て、そのまま勢いよく身を乗り出した。私の肩を掴みたかったんだろうけどダンデが完全ホールドして止めてたのでその手が私に届くことはなかったけれど。

「今共鳴者に会ったらどうなっちゃうの!?情緒しっちゃかめっちゃかにされる!?」
「番が成立した後に他の人に感情が揺さぶられることはないよ。たとえそれが共鳴者であっても、もうユカリはダンデの番だからね。言ってしまえばもう有象無象と同じ、仮にすれ違いざまに転びかけて抱き留められてもなーんもないよ。」
「よ、よかった…!」
「その可能性も捨てきれないとは思っていたがユーカリに悪魔の祝福があったのはやはり腹が立つな…そいつも殺しておくか?」
「殺さなくていい殺さなくていい、やめて、急に過激だよラウレレ。」
「ダンデはずっと過激だと思うぜ。なんでさっきまでのケイの話聞いてて温厚だと思ってんだ、オマエ。」

この地では悪魔の祝福と言うのか。龍ちゃんに聞いてみると恋人が居ても運命の番を見つけたらその人の事しか考えられなくなり手に入れるまで満足出来ずに仕事も手につかずになってしまうこと。それでもその相手と番えたら誰よりも幸せになれる。どんなに過酷な環境でも番がいるだけで幸せな時を共に過ごし共に天に迎え入れられることから悪魔の祝福と呼ばれているらしい。悪魔と魔族は別物ではあるが同一視する者も少なくないのでちょっとなんとも言えない気持ちになった。運命の男、ね。

「ていうかずっとスルーしてたけど20年前ってなに?」
「ユカリが1回目の旅に出た時だよ、ほら…宝石集めのキッカケ。」
「……ラウレレに会ってなくない?」
「その辺は本人に聞いて、そこまで探るのは辛い。」
「辛い?キミのギフトはノーリスクなのかと思ったが。」
「きちんと対価は払ってるよ。それに龍ちゃんも全知全能なわけじゃない、過去の感情を探るなんてハイリスク・ローリターンなことやりたくないね。共鳴者が一目見ただけで情緒しっちゃかめっちゃかにされる物だと分かった上でそれを殺したからと好意に変わりはないって言い切ってるんだからそのことはダンデの口から伝えなよ。」


そもそも、番が成立した時点で逃れる術はない。死ねばもう片方も死ぬ、そうして輪廻転生を経て今度の人生でもまた関わりの深い関係になると言われているのだ。今世逃げたところで来世もまた追い掛けられる可能性があるならさっさと全部話してしまえばいい。ユカリはダンデの共鳴者の話を聞いていて、共鳴者の死に対する感情はゼロだった。自分一人を手に入れる為に二人の人が死んだことも、国一つ塗り替えたことも知ったところで特に逃げたりしないだろう。

ところで獅子という生き物は短期決戦の狩りをするらしい。足は早く、跳ね、縦横無尽に襲ってくる爪をかわし続けて間合いの外に出られれば存外アッサリと諦める。短時間であっという間に勝負を決め、大抵はキッチリとトドメを刺してくれる。頸椎に牙を食い込ませたり鼻と口を覆って窒息させ完全に絶命させたり、ね。まあこれは狩りの話だけど。人間の20年は魔族にとってそう長い時間ではない、それが意味することを…姉が理解しているかはわからないけれど。


「キミの精神的な負担になったらと思うと言い出せなかったんだ、すまない。今夜にでも思い出話をしよう。それでオレの隠し事はもうないぜ。」
「んんん…分かった。」
「嫌いになったりしていないか?」
「ならない!絶対ならない!」
「そうか…国民全てに石を投げられても、ユーカリがオレを受け入れてくれるのならオレは幸福だ。オレの運命、愛しているぜ。キミは?」
「へぇ!?や、そのー…ね!?」
「……教えてくれないのか?やはりオレのことは…、」

………退室しちゃだめかな…。そもそもキミの運命はキミがその牙で殺しただろうよ…あーあ、なんて可哀想なオム・ファタール・・・・・・・・。獅子の番になれると身を委ね、その首筋を噛み切られた、不憫で不遇な妖精族。後ろ盾があればきっと彼の死を弔ってくれる者がもっと居ただろうに。まあ、どの道彼は死という運命から逃れることは出来なかったのだけれど。愛の女神が考えることは全くわからん。つい、と顎が持ち上げられたので与えられる力のまま顔を上げれば海が凪ぐ。愛しいアクアブルーに小さく笑みで返してやって、柔く重ねてその唇にリップを移す。


「ケイちんとドラスト居るから!勘弁して!」
「向こうもキスしてるぜ?」
「う、裏切り者!!」
「番の欲求溜めるとろくなことないよ。」
「羞恥なの!圧倒的に!恥ずかしいの!」
「そんなんで式出来るのか?国中がオレたちの愛の言葉を聞いて、何万という人間の前でキスをするんだぜ?」
「おああああああ!!」

とりあえず私が言えるのは一言だけだ。ファイト、ユカリ。