未来の話、アソビバの数か月後
「会議、ですか?」
「ええ。」
曰く、ガラルで生まれ育ったわけではない人間がリーグ委員長とチャンピオンに存在するのが気に入らない者がいるらしい。そんなことを言われてもと思うし、そんなことを言うくらいなら自分がその立場になれば良いだろうとも思うが。ともあれ、そういう人間を集めたので面倒ごとになる前に口先で丸め込めということだろう。オリーヴさんにサインを記入した書類を手渡し、許可を取ってから煙草に火を付けて両腕を組みしばし唸る。
「……わかりました、この一本吸ったら行きます。」
「はい。」
適当な紙を引っ張り出して来て言われるであろう言葉に対しての大まかな返事を考え要点を書き込む。最後に走り書きを目で追ってから煙草を灰皿に押し付けて揉み消し、ジャケットを羽織り化粧や髪型などの崩れがないかを確認して秘書の後を追うようにして用意された部屋へと向かう。オリーヴさんは私に声を掛けることはなく、それでも普段より幾許かゆったりとした歩幅で前を歩いてくれる。なんともありがたい、優秀な秘書である。大まかに思考がまとまれば後はアドリブだ、時間的にこれ以上は無理。というか先に全ての対策をすることは不可能だしな。扉をノックして部屋へと入れば見たことがある顔がチラホラ。あの人確かダンデさんのファンだったな、その隣はローズさんと親しかったとオリーヴさんに聞いたことがある。余所者というか、前任たちに思い入れがあったとかそんな感じの人が殆どだろう。オリーヴさんが頭を下げたのを横目で確認してから一人で部屋に入り、扉を閉めた。
「失礼致します。」
「お忙しい中呼び付けて悪いね。」
「いえ、まだ若輩の身です。みなさまをお呼びする力は私にはありませんよ。」
促されてから空席に腰を下ろす。さて、戦争の時間だ。
「キミは今のチャンピオンをどう思う。」
「付き合いが長いので皆様と印象は異なると思いますが…バトルが好きな負けず嫌いというのが私の印象です。チャンピオンとしての風格という点におきましては歴代には及びません。ですが、完璧過ぎる王ではその玉座へと願い挑む者も減ります。良い塩梅かと。」
「だが、女性だろう。」
「玉座に性別は関係ありませんよ。確かにガラルでは王冠を被るのは圧倒的に男性が多かったようですが、ここ百年の間でも二名の女性チャンピオンが存在します。…それと、シンオウ地方のチャンピオンも女性ですからそういった発言は控えた方が宜しいかと。」
「民衆はダンデと比べてしまうだろう。」
「前チャンピオンのダンデはパフォーマンスが得意でしたね、本人も意識してはいないでしょうがエンターテイナー気質だったのでしょう。ユカリはそうではないと、それだけの話です。無論、知名度のある存在ですからある程度のパフォーマンスは必要になりますが、ダンデもユカリも本質はトレーナー。選手に対しての過度なパフォーマンスの強要は賛成しかねます。」
「メディア嫌いだろう、彼女。」
「アポメントさえ取ればユカリはきちんと対応なさります。ダンデは無頓着だったようですが、あまりにも無遠慮過ぎる人間が多かったため、現在ではこちらで彼女への仕事を制限しております。ユカリに非はございません。」
「何故制限なんてかける。」
「無論、プライバシーと尊厳を保護する為に。先程も申し上げた通り、彼女たちは選手です。アスリートと捉えるべきであり、見せ物でもなければ偶像でもありません。プライベートにズカズカと土足で踏み切るような案件をお断りするのは当然の権利では?……それとも自分の恋人や妻、娘でも良いです。そういった者が女性としての尊厳の保護もなくただの見せ物として扱われている場面を目撃してもみなさまはもっとやれと、手を叩き喜びますか?」
「性別は関係ないと言ったのに、女性であることを主張するのか?」
「事実、トレーナーに性別は関係ないでしょう。それに私はユカリが男性であったとしても同じことをします。私たちのすべきことはトレーナーを見せ物にして金を稼ぎ己の懐に入れることではありません。トレーナーを育て、有事の際には手を貸し、繋いでいくのが仕事です。」
「そもそもキミだって、この国の人間ではない。」
「ええ、私はカントー生まれホウエン育ちです。それで?生まれた場所が異なるからといってこの仕事に関係ありますか?トレーナーを育てることは他国の人間には出来ないと?」
「そうではない、だが。」
「確かに私はガラルにもバトルにも明るくありません、ですが知らなければ知る努力をすれば良いだけ。つまらない粗探しはご遠慮くださいませ。」
ある程度予想通りだ。なんだかんだとイチャモンつけたいんだろうが、この程度でこの席を降りるわけにはいかない。親友とその恋人がない時間を見つけてこの席を用意してくれたのだから、碌な抵抗もなく譲る気なんてない。勿論、サンドバッグになるつもりもない。
「綺麗事だけじゃどうにもならん。」
「理解しております。ですが、綺麗事を実現して民衆が感じるであろう不快な部分は表に出さぬよう、裏方であるこちらで引き受ける。そこまで含めて我々の仕事です。夢を見せる彼女たちに押し付けるものではありません。」
ああ、面倒くさい。
「みなさまが私に不満や不安を抱くことに責める気持ちは一切御座いません。私が受けるべき評価とお言葉として受け取り精進致します。私自身、ローズやダンデの後釜としては頼りなき存在である自覚もあります。この立場も前任が用意してくださっただけで、私が相応しい人材であるだなんて欠片も思っておりません。……ですが、ユカリはご自身の努力の結果として今のチャンピオンという冠を手に入れた、つまり彼女に対しての不満は全くのお門違い。みなさまが人の努力を笑う、紳士の風上にもおけぬような人間ではないと信じております。」
気まずさからか、数名が視線を逸らしたり言葉を詰まらせたりする姿に溜息が溢れそうになる。流石にこの場であからさまな言動というのは良策ではないから飲み込むけれど、何故私が後任に選ばれたのかという点に関して勘違いをされたら困る。無論、ダンデさんがユカリに公式戦で挑みたい、そこにリーグ委員長という肩書きが邪魔というだけだろう。そこで手放せない役職のない私に白羽の矢が立った、そしてやらせてみたら及第点が取れた。ハイスクール時代に学園内で似たようなことをしていた経験が多少なりとも役に立った、それだけ。
「私はチャンピオンもリーグ委員長も経験のある、あの"無敗のダンデ"に手ずから教育を受けた唯一の後釜です。ただ押し流されてこの席に腰を据えたわけではございませんから、相応の覚悟をしております。……さあ、お次のご意見は?ローズ、ダンデを支えた有能な秘書が私のスケジュールを調整してくれていますので、私はみなさまのご意見に真摯に向き合う時間をご用意出来ています。有意義なお話をしましょうね。」
一度だって視線を逸らしてやるものか。にっこりと笑って言葉を紡ぐと、三人ほど頬が引き攣るのが見えた。
「つっかれた…。」
「お疲れ様です、委員長。」
「オリーヴさんも調整ありがとうございます。思ったより長くなってしまってすみません…あーもう!腹立つ!」
「2時間程予定を開けておいたので想定より随分と早かったかと。30分ほど休憩が挟めますよ。」
「ありがとうございます。煙草吸おう…。」
「紅茶をお持ちいたしますね。」
スケジュール管理は任せているので彼女が言うならそうしよう、まずはこの苛立ちを鎮めてくれる煙草を吸おう。ふとオリーヴさんがスケジュール帳を開いて目で追うので少しだけ歩調を緩める。多分元の速度でも問題はないだろうけど、私は会議前にそうして貰えて嬉しかったから。ふと彼女が視線を上げて手帳を閉じたのでそちらを見る。
「今日は切り上げて問題ありません。」
「あれ?会食入ってませんでした?」
「ええ、ですが先程委員長に言い負かされた一人ですので恐らく中止となるかと。」
「あー…はは、許してください……。」
「問題ありません。」
カツンとヒールの音が響く。よくこんな高いヒールでさっさか歩けるな、この人。執務室に戻って煙草に火を付けると扉を開けて通してくれた後に背を向けたのでもう帰る私に宣言通り紅茶を用意してくれるらしい。真面目な人というか、なんというか。時刻は18:15、バナもそろそろ終わった頃だろうとロトムを呼んでメッセージの確認。会食がなくなった旨を伝えておく。夕飯は別々だと思っていたからバナも予定を入れてしまっているかも。ジムトレを食事に誘うかもなぁ、なんて思っていたらオリーヴさんが私の前に紅茶を置いてくれた。
「ありがとうございます。」
「いえ、お帰りになる際にお声掛けください。」
「はあい。」
なんてやりとりを挟んだらロトムが着信を知らせてくれる。
「ケイです。」
「お疲れ、ダーリン。」
「ふふ、ハニーもお疲れ様。」
「会食なくなったなら合流しねぇ?ダンデとユカリとパブ行こうって話になってたんだ。」
「え、行く行く!どこ向かえばいい?」
「初めて行ったパブ覚えてる?あそこ。」
「帰り支度済ませたらすぐ向かうよ。…えっと、20分くらいでそっち着くと思う。」
「迎え行こうか?」
「シュート内だから一人で行けますぅ。」
「フフッ!じゃあまた後でな。ダンデとユカリには伝えておくから。」
「うん、またあとで。」
通話を切って煙草を灰皿に押し付けて紅茶を飲み干し、鞄から化粧ポーチを引っ張り出して化粧崩れがないかを確認してリップを塗り直してから荷物を纏めて…ストッキングが伝染してないか確認しておく。大丈夫そうかな。目を通す必要のある書類はもうないし、返信すべきメッセージも処理済み。忘れ物はなさそうなのでそのまま扉を抜けてオリーヴさんに帰宅を伝えてタワーを抜ける。グッと体を伸ばしてロトムにパブへの道を確認して貰いながら外に出ればもう随分と寒いことに気が付く。あと2ヶ月程でチャンピオンリーグが始まるのだと思えば感慨深く、それ以上に緊張もする。あんだけ大口叩いたんだから絶対に盛り上げてみせるぞと気合いを入れ直したところで幼い子供が駆けて行く。きっとジムチャレンジ中かな、なんて思うのだから私も随分染まったものだ。そういえば一人、気になる選手が居るんだよなぁ。キラキラの金髪の、年齢より幾分か小さいと感じる身長。ダンデさんのファンだと言っていたあの少年はセミファイナルに勝ち上がってくるだろうか。よりにもよってダンデさんの復帰戦である今年にジムチャレンジとは強運なのか、それとも。
「ま、楽しけりゃいいけどね。」
カツン、とヒールを鳴らして歩みを進める。私が到着する前に全員が出来上がってるなんてことにはならないと思うが、四人で集まり酒を飲むなんて滅多に出来ないんだから勿体無い。果たして三人に今日の愚痴を溢していいものか、悩むところではあるが。みんなが知らなくてもいいことではあるけど…うーん、まあ、様子見しつつだな。とりあえず、ダンデさんが無事パブにいることを祈る方が先だ。