「ばーか。
好きよ。」
真っ白な背景をバックに、彼女は自国の言葉で何かをつぶやき微笑んでいた。
あのときと変わらないアーモンド型の大きな瞳を、キュッと細めながら。
左側だけ出来るえくぼも。
すべてが愛おしく、だけどとても儚くも見えた。
アリサ。
生きているのなら。
君に逢いたい。
小さくなっていく彼女の姿に必死に走るが、いつしか彼女は見えなくなってしまった。そして飛び起きた僕は、夢だったことに肩を落とすのだ。
ビクトワールの話を聞いて、心に消化できない何かを溜めたまま、次の日店に出勤した。
そして、何よりも好きな悪戯のアイディアではなくて、浮かんでくるのは彼女の笑顔や泣き顔、怒った顔…学生時代の彼女だった。
忘れかけていたはずの記憶なのに、こんなにも鮮明によみがえってくると、いつまでも彼女が心を占める割合が大きいことを思い知らされる。
「……ジ!…ジョージ!」
「え?」
「お客さん!」
はしごに登って、上の方で叫んでいる弟に目を向けると、はっとして思わずハシゴに足をぶつけながら、数人の客が並ぶカウンターに急いだ。
「ぅわっ!!」なんて弟の悲鳴が聞こえたが、無視して歩き続けた。
レジの先頭は姪と同じぐらいの黒髪の少年で、店の商品を抱えニコッと笑っていた。
「1ガリオン15クヌート。」
チャランチャランと音を立てて出された金貨を受け取ると、その代わりに商品を手渡した。
「ありがとう!」
男の子がそう笑うとすぐさま出口へとかけだした。
どこかで見たような笑顔に首をかしげ、後ろ姿を目で追っていると、その先で少年に微笑むんでいたのは、黒髪の女性。
ブルネットよりもずっと濃い漆黒の髪を揺らし、少年に微笑みかけるのは、先日から自分の心を占める彼女だった。
そう、僕が恋い焦がれた女性。
彼女は、しゃがみ込むと男の子の頭を優しく撫で、手を握りしめ店の外へと姿を消した。
大人びた姿の彼女に他人の空似ではないかと疑ってしまうほど、彼女がこのイギリスにいることが信じられなく、言葉が出なかった。
…アリサ?
いきなり現れた彼女に、まるで時が止まったように、微笑む彼女の笑顔が、残像のように浮かびあがる。
いつも自分に向けてくれた笑顔と、何ら変わらない笑顔を浮かべていた。
ハッと我に返ったときにはすでに、カウンターから飛び出し店の出口へと走っていた。
「おいっ!ジョージ!」
ロンの声を無視して、無我夢中で店を飛び出すと、アリサらしき人影に向かって、再び走り出した。
「アリサ!」
そして、いつの間にか道の真ん中で、彼女の名前を叫んでいた。
ドクドクと走ったせいか心臓が暴れ、彼女を見たせいかドキドキと心臓が高鳴っていた。
はぁはぁと息を整えながら、人混みに消えそうになっていた後ろ姿を、人混みを縫うように追いかけた。
そしてピタリと止まった彼女は、少年と共にゆっくりと振り返った。
彼女との距離はだいぶ離れているはずなのに、彼女の表情がはっきりと見えた。目を丸くし、僕から視線を外すことなく見つめている。
どれくらい見つめ合っただろう、彼女の手を握る少年が、彼女の手を引っ張ったとき。
「……ジョー、ジ?」
微かに聞こえた彼女の声が、風に乗ってスッと届いたような気がした。
ゆっくりと彼女たちに歩み寄ると、まだ驚いている彼女の表情がはっきりと目に入った。
「本当にあなたジョージ?」
「君はアリサかい?」
そういうと、彼女は心底驚いたように、目を丸くし口元を両手で覆った。
《嘘でしょ、まさか…そんな》
「は?」
「ご、ごめんなさい、あまりにも驚いて…」
眉尻を下げて微笑む彼女は、
「元気そうだね。」
「えぇ、元気よ。」
二言三言交わす中で、時折微笑む彼女の笑顔は、昔と全く変わってはいなかった。
左側だけに出来たえくぼも、なにもかも。
《お姉ちゃん、知り合いなの!?
この人、WWWのひとでしょ!!》
隣にいた少年がアリサの手を引っ張って、何かを叫んでいる。しかもその言葉は、彼女の母国語だろうか、聞き取ることが出来なかった。
そんな彼に、数回微笑見ながらうなずくアリサ。
「じゃあ、そろそろ行かなくちゃ。」
「あ、うん。」
「さようなら。」
そう手を振って微笑んだ彼女は、再び少年の手を握りしめ歩き出した。
また会えなくなるのだろうか。
せっかく話せたのに、せっかく笑顔が見れたのに。
そう思うと、無意識のうちに彼女の手を引っ張った。
《うわっ!》
声を上げた彼女は、ますます驚いた表情をしながら振り替えった。
「…いきなりごめん。
もうすぐ店終わりなんだ…もしよかったら食事でもどうかな。」
いつになくうるさい心臓を押さえ込みながら、自分の必死さに呆れながら、目を丸くしこちらを見ている彼女の手を握りしめたまま、そう言った。
まだ、離したくない。
せっかく会えたんだから…もう離したくない…まだ彼女と一緒にいたいんだ。
「で、でも、待たせている人がいて…」
彼女の横にいる少年に目を向けるアリサ。
《平気だよ!
僕は先に帰って、ベルにコレを試すんだ。》
なんてWとデカデカと書かれた袋を目の前に掲げると、にっこり笑った少年はアリサの手を離すと、人混みに走り出した。
《リョウ!》
彼女の叫び声に止まることなく、彼は見えなくなってしまった。
そんな彼から視線を移した彼女は、どこか照れくさそうな表情をしながら、「私でよければ」と最高の言葉を僕にくれた。
君に2度恋をする
(目の前に現れたのは、もう会えるはずがないと思っていた貴方でした。)
(こんなに神様がいるのかと思ったのは初めてです…。)
(貴方の笑顔は、また私に幸せをくれた。)