「あ、またやってる」
「あ?」
「いや、この音ヒッティングマーチだろ?」


そう言われて耳を傾けると遠くの方でかすかに聞こえる音、途切れ途切れに聞こえてくる曲は、聞きなれたものだった。


「今のがとんぼか?」
「は?何も聞こえねーけど」


ダウンのストレッチをしながら、気にしていないふりをしながらも、静かに風に乗ってやってくる音に耳をすませる。


「お前耳悪いな。あ、狙いうち」
「っせーな、ほらよ」
「イッイダダダダダ!
御幸、このフザケンナよ!コノヤロ!」



ギャーギャーうるせぇ倉持に、うるせーよと悪態をつきながら、聞こえなくなってしまったあの音に、密かに肩を落とす。

ランニングも終わり、着替えて寮に戻る途中に、また聞こえてきたあの音。またもや途切れ途切れだけど、これを演奏しているやつが誰なのか、確信していたから、ゾノの制止を振り切って校舎に歩き出していた。




「吉岡」
「…え?」


五線譜とシャーペン。それとクラリネット。自分は外で拭くことは絶対ないのに、なぜか任されてしまったこの仕事。

今年の夏大会に向けて、うちの顧問に野球部から依頼があったらしい。


驚いて振り返れば、なぜか御幸がドアの前に立っていて、少し息遣いが荒い。走ってきたのだろうか…。


「どうしたの?こんな所で」
「ずーっと吹いてたのって、吉岡?」
「え、そうだけど…あ!もしかしてグラウンドまで聞こえてた?マジか、うわー…恥ず」


嘘でしょ、と頭を抱えてうつむく私に、近づいてきて「ぶはっ」と笑った御幸は、前の席に腰を下ろし背もたれに肘をついて、五線譜を覗き込む。


「なぁ。」
「んー?」
「俺のヒッティングマーチ知ってる?」
「知ってるけど」
「今弾ける?」
「…えー、やだ」
「んでだよ、まだ何も言ってねーだろ」
「吹けとか言うんでしょ」
「正解」
「やだ。
まだできてないし、聞くならバッターボックスで聞きなよ」

そっちの方が迫力があってかっこいいから。そこ、うちらの見せ場だし。


「無理」
「何で」
「吉岡こないんだろ?応援」
「まぁ」
「じゃ、今しかねーじゃん、吉岡の演奏聴けんの。」
「…聴かなくていいよ。
金管系が吹いたらカッコよくなるように作るから、大会まで楽しみにしててよ。
それよりも、私のこの努力が無駄になることがないようにね。」


そうニヤッと微笑むと、一瞬何を言っているのかわからないといった表情を浮かべた御幸だけど、ニヤリと笑った。
きっと私が言いたかったことが伝わったのだろう。
そしてなんだろう、笑顔にさえ性格の悪さが滲み出ている。



「頼むよ、キャプテン」
「…当たり前」