毒を盛る
数年前の冬。今年もあと数ヶ月となったある日。薬草園で、冬支度をしていた私に、室長からの呼び出しがあった。
「室長、まさかそれを私にやれと?」
「あぁ、そうだ。」
「そんな責任重大な仕事、私にはできません。」
「これは、殿下のご希望だ。」
「…。」
「お前はできるはずだよ、ジル」
室長にそう諭され、殿下の命と言われれば、断ることなど許されない。それでも、納得はできないまま渋々引き受けた私は、室長が出て行ってすぐに部屋を出た。
行き先は決まってる。
こんな厄介な仕事を押し付けた張本人の元だ。
そもそも、こんな重大なことをたかが下っ端の薬剤師にやらせるような仕事ではない。室長や、もっと経験を積んだ人がやるべきことなはずだ。
半ば早歩きで廊下を抜け、最上階の隅にある部屋のドアを叩く。もちろん叩いたのは、見張りの衛兵なのだが。
「殿下!ヴィンセント殿がどうしてもお会いしたいと、いらしております。」
「通せ。」
中から聞こえてきた声に、ため息をつき、衛兵に礼を言い茶色の分厚いドアを開けた。
全て開くのを待たずに、部屋に入って行く。薄暗い部屋の中に、かすかな人の気配を感じる。
そして、同時に見えた影。
まだ目が慣れないせいで、はっきりと顔が見えるまでとはいかないが、シルエットからしても、声からしてもこの部屋の主で間違いないようだ。
「来ると思っていたよ。」
「えぇ、でしょうね。」
「何かあったのかい?」
「ご存知のはずでは?」
「さぁ?」
そう首をかしげた彼に、私はまたため息をつく。
徐々に目が慣れてきて、ぼんやりと顔を認識できるようになってきたが、見に入った顔が相変わらず涼しげで憎たらしい笑顔だった。
カツカツと私の靴の音がこだまする中、ソファの腰掛けに肘をついて私を見上げている彼の前で足を止めた。
「どういうおつもりですか?」
「一体なんのことだか?」
「私に、あなたに毒をもれと?」
そう言うと、彼はくすくすと笑う。
「その言い方は、誤解を招くぞ。」
「でも、間違いではないでしょう?」
「確かにな。」
「どういうおつもりで、私にそれをやらせようとしているのですか?」
「俺に毒を持ったという罪悪感から、君は将来ここを離れられなくなると踏んで。」
「殿下。」
「冗談だ。」
冗談は顔だけにしろよ。
全然冗談に聞こえない。
「でも、半分は本気だよ。
君をつなぎとめておきたいのは、本当。」
「…私はそんなことをしなくても、薬剤師として使えています。」
「そうだな、今は。
でも、そうではない。」
「は?」
「とにかく、私は他のものにやらせるつもりはない。」
「…殿下。」
「よろしく頼むよ、薬剤師殿。」
そう話す彼の顔は、どこか不安げでいつもの自信に満ちた顔を、忘れてしまったようだ。
「……。
承知、いたしました。