かくれんぼ

「さーて、かくれんぼしようか」

高専の数少ない先輩の1人は、なぜか休み時間にそう言って暇な生徒を集めて誘いに来る。

教室の影から見つめる視線の中には、同期の姿もちらほらあって、日本の縦社会の巻き添えくらった彼らは、どこか楽しそうにこちらを見ている。


最初のうちは、めんどくさいと思っていたが、いつの間にか恒例となり、少しずつ減っていく先輩や後輩を目の当たりにしながら、それでも在学中はやり続けた。

「なぁ七海、お前の結界と町田先輩のどっちが強い?」
「嫌味か」
「え?」


とうとう先輩たちが卒業する日、相変わらず町田先輩は、僕ら後輩のかくれんぼに誘いにくる。
それでも今日は、先輩たちの門出。そんな祝いの日に断る理由なんてなかった。


最後の最後に鬼になったのは、五条先輩。隠れる時間を3分を使い隠れたが、探し初めて10分でほとんどの参加者が、反則同然に術の餌食になっていく。

鬼の勝利まであと1人。その状態になって約10分が経過した。

固まっていた捕虜たちがザワザワと騒ぎ出す。あの五条先輩が、…手間取っているのか?と。
隠れるかはさらさらないようで、初っ端から捕まっていた家入先輩が、背後の足に座りタバコをふかしニヤリと笑った。

その後、いつまで経っても町田先輩は、出てこなかった。
「悟、もう諦めろ」
「なっ!」

五条先輩に有無を言わさず、家入先輩が拡張機で大声でかくれんぼに終了の合図を送れば、ひょっとこりと茂みの中から、スカートのゴミをはらいながら町田先輩が出てきた。

そう、五条先輩は最後の最後で1人だけ見つけることができなかった。
そして町田先輩は、結界術を得意とした、どこにでもいるような風貌をした女子生徒で、俺をかくれんぼに連れ込んだ張本人だ。何もかもが普通を体現しているような、優しくて親切で少し代わっている先輩。
どう見てもごくごく普通の普通すぎるほどの女の子。

「卒業前に、五条に勝った。
これで清々しく卒業できるわ、ありがとう」

「お前どこにいたんだよ!」と悔しがる鬼を尻目に、それは清々しい笑顔を浮かべた彼女は、五条先輩の額を人差し指で突いた。
ポカンとして珍しく固まっている五条先輩に、「ざまあみろ」とケラケラ笑いながら、爆笑する家入先輩に肩を組まれ校舎に戻っていった。

前に立つ先輩の表情は、よく見えないけど、なんとなく笑っているような気がして、どこか心がむず痒くなった

そうして、あのうるさい先輩方は、高専を卒業していった。卒業と言っても、呪術師である以上ここを拠点として活動する事に変わりはないから、明日もまた先輩たちはやってくる。

そう誰もが思っていた。俺自身もそう思っていた。





次の日、先輩たちはまたやってきて、任務をこなして、お互いの文句を言い合って。そんな光景があいもかわらず繰り広げられていた。
その後、出張で誰かが数日かかることはあっても、高専内であの賑やかな先輩方を時々目にしていた。

けれど、自分の卒業が近くなったころから、町田先輩の姿を見なくなった。五条先輩も家入先輩も変わった様子はなくて、でも別々の場所で1人でいる姿を見かける頻度が多くなった。

どうしても気になってはいたけど、本人達にその質問をぶつけるほど、勇気を持ち合わせていない自分は、先輩達と比較的仲の良かった七海をとっ捕まえた。

「そう言えば、五条先輩達最近はあんま話してないよな。卒業するとやっぱ忙しいのかなぁ」

七海はどこか迷っているようで、険しい表情を浮かべ、黙って真っ直ぐ前を見たまま何も言わなかった。

「七海、聞いてる?」
「辞めたらしい」
「…は?」

辞めた?

「町田さんは、呪術師を辞めたらしい。」
「なんで…」
「それは誰も知らないらしい。」
「そんなの直接本人に聞けば」
「先輩の行方も誰も知らないんだよ」
「は?なんだよ、それ。」


七海から事実を聞かされたのは、奇しくも夏油先輩が高専からいなくなった日のような、秋晴れの清々しい陽気に包まれた日のことだった。


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