慈愛

五条の言葉に、思わず思考が止まる。

「は?…いやいや、どうした急に。」

多忙すぎてなんか頭おかしくなったのか?それとも、なんか変なものでも食べたか、…あ、取り憑かれて…るわけないか、五条だし。

固まったまま何も言わない私に、痺れを切らしたのか、はぁと溜息をついた。

「一世一代の告白をスルーされるとはね。」
「だって、結婚ていくらなんでも唐突すぎるでしょ。それに…」
「それに?」

いつ死んでもおかしくない仕事をしているのだから、本当に大切な人と。じゃないと時間が勿体無い。いくら最強と謳われる五条でも、どんなにクズ野郎でも。

「なんか勘違いしてない」
「え?」
「お前のことだから、好きな人に言えばいいのに、とか思ってんでしょ?」

彼のその言葉に、図星で何も言えずに黙って俯くと、また小さくため息が聞こえた。


「まったく僕をなんだと思ってるの。
いくらなんでも結婚しようだなんて、それを冗談で言うほど軽薄じゃないし、誰でもいいわけでもない。ちゃんと大切だと思ったから、そう言ったの。」
「……え、五条私のこと好きなの?」
「好きだよ、かくれんぼに毎年付き合うくらいには。」

かくれんぼって学生時代のことじゃないか。何年前の話を…え、そんな前から…好きだったってこと?
そう思うと急に恥ずかしくなって、顔が熱くなるのがわかった。

「あはっ、顔真っ赤。」

ククッと笑った五条は、首を傾げて見上げてくる。なんならちょっと上目遣いで。その表情は何故か楽しそうでなんかムカつく。

「返事は?」

そう言って五条は私の手を握りしめ、額に当てた。

「…え?」
「残念ながら、僕は待ってあげないよ?考えておいてなんて言わない。だから今言って、ほらほらー。」
「…あの…」
「えー、聞こえないなー」


この歳になって、こんな決断を迫られることがあるなんて思いもしなかった。好きな人がいたことがないわけではないけど、彼は私の中でずっと特別だった。
好きとかそう言う感情ではないと思って今まで過ごしてきたけど、実際彼を前にして触れるだけでドクドク心臓がうるさくなって顔が熱い。

小さく息を吸い俯いていた顔を上げると、こちらを見ていた五条と視線が合う。

「好きだよ、たぶんこの世界の誰よりも」

「だから、結婚しよう」そう言うと、一瞬目を丸くした五条は満足そうに微笑み、グッと手を引かれ半ば落ちるように抱き寄せられた。

「あー、困った」
「は?」
「思ってたよりもだいぶ嬉しい」

そう言って五条は、私の肩に顔を埋めながらふはっと笑った。ふわふわした柔らかい髪を優しく撫でると、背中に回った腕に力が入ったのが分かった。

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