蒼白の壁
目を覚ました時、あたりは真っ暗闇でそれはまるで自分が視力を失ったのではないかと、錯覚させるほどだった。
眠気はまだあるものの気分は悪くない。鎮痛剤が効いているのか、体の痛みもない。
数回瞬きをし、少しずつ暗闇に慣れてくるとぼんやりと影が見えてくる。どうやら部屋はカーテンで仕切られているらしく、周りの様子は伺えない。
ここはどこだろう、病院かはたまた高専の医務室か。
ゆっくりと上半身を起こし、辺りを観察するが全くもってわからない。フと視界に入った右腕には数本管がつながれている。
そういえば、と思い出した足のこと。ゆっくりと力を入れてみると、関節が固まってしまったのか、痛みは多少あるが、感覚はある。ゆっくりと布団を捲れば、病衣の先に見えた2本の足。どうやら、足はくっついたままなんとかなったようだ。
少しだけホッとしながら、脚を床につけるとひんやりとした冷たさが足の裏に伝わってくる。
ゆっくりと立ち上がると、膝から崩れそうになるのをなんとか踏ん張り、一歩ずつ前に進む。
カーテンをゆっくりと開ければ、見慣れた部屋が目に入った。ベッドが数台置いてある高専の医務室だ。その先には、窓際には合皮のソファーがある。ヒタヒタと暗闇を手で探りながら進み、ソファーのところまでくると、大きな窓を隠すカーテンの隙間から微かに光が漏れているのがわかった。
少しだけカーテンを開けると、月の光に病室を照らされ室内が少しだけ明るくなる。そして、視界の端に入った白銀の髪。
…えっ。
ソファーの端に腰掛け、頬杖をついて眠る五条の姿だった。サングラスの奥の瞳は完全に閉ざされ、静かな呼吸音だけが聞こえてくる。
そっとサングラスを奪いかけてみると、鼻の低さのせいか少しレンズが目の位置からずれる。
サングラスを取ったのに、起きないなんて珍しいこともあるもんだ。なんて、呑気に窓のさんに手をかけ月を見上げた。
五条悟の視界はこんな感じなのかと、勝手に遊んでいると、窓のさんに置いた手が重ねられ、背中に感じた思わず温もりにびくりと肩を縮め、体に力が入ったのがわかった。
「サングラス返して?」
「イヤ」
「それ僕のでしょー?」
スルッと手を掴まれ絡めとられると、ギュッと握る手に力が入ったのがわかった。重なった手と頭の重みと背中に感じる体温にうまく頭が回らない。
気配を感じられなかった驚きのせいか、それとも所謂恋人繋ぎをされた両手のせいか、ドクドクと心臓の鼓動がやけに大きく聞こえてくる。
「勝手に出歩いて悪い子だねー」
「悪い子って、もうそんな歳じゃないわ」
「ベッド戻ったら?」
「んー、もう少ししたら戻る。」
「衣織」
「もうちょっと!ね!」
なんか、久しぶりの外だし。
なんて思っていると、スッと手が腋下と膝に回ったその瞬間、足が浮き上がった。思わず近くにあったものを掴むと、すぐ近くに五条の顔があった。
先ほど私がサングラスを奪ったせいで、珍しく素顔のままどこか不服そうにこっちを睨んでいた。
「まだ安静にしてろよ、病み上がり」
そういうと、五条に抱っこされたままベッドに引き戻される。ベッドに降ろされると、五条は目の前の空いていたベッドに腰を下ろした。
「…なんか怒ってる?」
「別に?まあ強いて言うなら、出張から帰ってきたら、単独任務で大怪我したどっかの誰かさんの皺寄せがこっちに回ってきて、あんま寝てないんだよねー」
「まっ、眠れなかったのは、それが理由じゃねーんだけど。」そう言った五条は立ち上がると、ベッドに座る私の前でしゃがみ、まるで逃げ場を塞ぐように私の両側に手を置いた。
「情けないんだけどさ、今更こんな後悔するなんてホントカッコ悪いよねー。」
「…あの、五条?」
「ねぇ衣織、僕たち結婚しようか」
「は?」