マドモアゼル狂騒曲1



ターゲットの写真をひと目見た瞬間、ホークス・アイは思わず叫んだ。
「はい!今回は僕が行きます!」
突然響いた大声にびっくりして、グラスの中身をこぼしそうになったタイガーズ・アイは「なによ」とふり向く。
「はりきってるじゃないの。そんなにイイ女いた?」
「ついに見つけちゃったんですよ」
「見つけたって、なにを?」
興奮したように写真を見つめながら、彼はうっとりと答えた。
「僕だけの、マドンナを・・・」
うっそーどれよ、と両側のふたりはこぞって身を寄せる。
しかし、
「あン、もったいない」
そう言って、ホークス・アイはわざと手元を隠した。
「いいじゃない、見せてよ」
「そうよ。減るもんでもないんだし」
「アンタたちに見せたら大事な何かが減りそうなんですよね・・・ま、いいですわよ」
ぺら、とテーブルの上に写真を躍らせると、フィッシュ・アイは「あら!」と目を見張る。
「すっごく綺麗じゃない!くやしいけど、僕と同じくらい」
「ちょっと。アンタなんかと一緒にしないでくれる」
でもさ、とタイガーズ・アイは呟いた。
「やっぱりけっこう歳いってんのね」
「そこがいいんじゃないですか!」
うっとり眺めるホークス・アイを横目に、顔を見合わせたふたりはうなずき合う。
「その趣味だけは、ちょっと分かんないわ・・・」
「なんとでもおっしゃい。僕の高尚な趣味を理解してもらおうなんて、これっぽっちも思いませんから」
おかわりをもらったフィッシュ・アイは、「で?」と尋ねた。
「ペガサス、いそう?」
「もちろん。こんなに素敵な女性ですもの、きっと今頃ペガサスだって甘えているはずよ」
「ならいいけど。ここんとこぜーんぜん、イイ男撮ってこないんだもの」
すっかり飽きてしまったように、彼はため息をついてみせる。
「それ、心がけの問題じゃないんですか」
「よく言うわ。自分だってデートが目的のくせに」
「据え膳を逃すほど馬鹿じゃないだけです」
立ち上がったホークス・アイは、写真にキスをすると自信ありげに宣言した。
「ま、見ていてください・・・僕のやり方をね」

***

下校途中の小学生たちにじろじろ見られているのも気にとめず、ホークス・アイはサングラス越しに写真を見つめる。
「(ああ、愛しのマドンナ・・・もうすぐお会いできますわね)」
んっふっふっふっふ、と笑みをストールで隠しながら、彼は辺りを見回した。
もうすぐターゲットが通るはず。
か弱い青年と曲がり角でドシン、なんてことになったら、きっと優しいマドンナはそっと手を差し伸べてくれるだろう。
その時、勢いのいい足音が聞こえてきて、ホークス・アイは「来た」と胸の内で呟く。

1、2の3、ドシン!

「うっ・・・!」
「いたた・・・」
地面に顔を伏せたまま、相手の反応をうかがう。
しかし、返ってきたのは予想外の反応だった。
「ちょっと!いつまで寝転がってんの?」
「えっ?」
ホークス・アイは驚きのあまり目を見開く。
そこにいたのは、苦々しい表情を浮かべている女子高生だった。
そして彼女のうしろから駆け寄ってきた相手を目にした瞬間、「うっそ・・・」とこぼれる。
「すみません、お怪我は?なまえも大丈夫?」
「ママ!平気。なんでもないの、ちょっとぶつかっただけだから」
「そう、良かったわ。あの、本当にごめんなさい。娘が」
ふたたび謝るマドンナに、気を取り直したホークス・アイは仕掛ける。
「いいんです、あっ・・・」
「だ、大丈夫ですか?」
「打ちどころが悪かったみたいで・・・。すみませんが救急車を、」
呼んでいただけますか、そう言おうとしたところを、女子高生がさえぎった。
「ママ、平気よ。だって私はなんともないもの」
「いや、でも僕はね」
「ごめんね。立てる?ほら」
そう言って差し出された手につい手を伸ばす。
「うん、どこも怪我してないみたいね。良かった」
「・・・そうですね」
思わず引きつりそうになるのを懸命にこらえて、ホークス・アイは答えた。
あまりにイレギュラーすぎる展開に、頭が割れてしまいそうだ。
よりにもよって、こんなにうるさい小娘がマドンナの子供だなんて!
「でも、やっぱりなにかあったらいけないので・・・」
そう言って、マドンナは名刺を取り出す。
「えっ」
「万が一ということもありますから」
穏やかな笑顔を浮かべる彼女をせきたてるように、「ママ、早く行かないと!」という声がする。
「なまえ、そんなに急かさないで」
「なに言ってるの。約束の時間、とっくに過ぎてるんだから」
そうして慌ただしくいなくなってしまったふたりの後ろ姿を、ホークス・アイは茫然と見送った。

***

「ねえ、調子どーお?」
ぽん、と何気なく肩に置かれた手を振り払うでもなく、ホークス・アイは弱々しく答える。
「タイガー、どうも・・・」
「げっ・・・なによその顔」
タイガーズ・アイの言葉に、彼は頬に手を当てて尋ねた。
「そんなに僕、ひどい顔してます?」
「超ブスになってるわよ。そんなにうまくいってないわけ?」
うまくいってないどころか、と表情をゆがめたホークス・アイは、
「最ッ悪ですよー!!!」
と叫んだ。
「ええ?なに、最悪?」
「そうよ!あのいまいましいガキんちょさえいなかったら、今頃きっと僕たちは蜜月だったのに・・・!」
ぐうう、と歯ぎしりをするホークス・アイの姿に引くものの、タイガーズ・アイはなだめにかかる。
「ま、まあ、いいじゃないの。たまにはそんな時だってあるわよ。ほら、気を取り直して新しい写真でも見たら?」
「いいえ。僕もう決めたんです。こうなったら絶対、マドンナの夢の鏡を覗いてやるわ・・・!」
メラメラと燃えている闘志に水をかけたのは、
「喉が乾いちゃったー。うーんと甘いカクテルちょうだい」
という声だった。
「あら、フィッシュ来たの」
「来たわよ。ねえねえマドンナ、どうなった?」
「今まさにその話よ」
「へえ。それじゃもう落としたんだ」
最短記録じゃない、そう言おうとした瞬間、
「うるさいですね!」
とホークス・アイは叫んでテーブルをガン!と叩いた。
「ちょっと!やめてよ」
しかし、ぎろりと睨まれてしまいタイガーズ・アイは口をつぐむ。
「・・・今から落としに行くんです」
そう言って乱暴に席を立つと、靴音も高らかに彼は出て行ってしまった。
「なあに、あれ」
「きっと今回は、最長記録を叩きだすわよ・・・」

***

おかえりなさい、そう言って出迎えるつもりだったなまえは、母親の隣にいる人物を見てあんぐりと口を開けた。
「その人」
「さっきすぐそこで会ったの。この近くに住んでいらっしゃるんですって」
どうしてもお詫びしたんですって、そう言っておっとりとほほえんでいる彼女に、なまえは頭が痛くなる。
いつもそうなのだ。
かわいそうだからという理由で犬や猫を拾ってくるし、困っている人は放っておけない。
自慢ではあったが、まさか男の人まで拾ってくるとは。
「先日はすみませんでした。僕の不注意で、痛かったでしょう?」
「・・・全然」
警戒心を露わにしてそう答えると、彼は懐からきれいにラッピングされたハンカチをそっと取り出した。
「これ、ほんの気持ちです。使ってください」
「はあ・・・どうも」
それからあなたにはこれを、そう言って彼はどこから取り出したのか、大きな薔薇の花束を母親へと差し出す。
「あら・・・まあ」
「僕の気持ちです。あなたをひと目見た時から、僕は・・・」
うっとりとした眼差しを向けて、彼は「マドンナと呼ばせてください」とささやいた。
マドンナって!
間違いない。
この男、確実にママを狙ってる。
「いいでしょう?こんなに美しい女性、出会ったことがありませんもの・・・」
「お上手なんだから。私、もういいおばさんなのよ?」
それにこんなに大きな娘だっているんだから、そう言って回された腕をなまえはきつく抱きしめる。
「可愛らしいお嬢さん。きっとマドンナの遺伝ですね」
「夫も素敵な人だったのよ」
しんみりとした母親は「だめね」と笑顔を見せる。
「お寂しいでしょうね。でも、もし僕がお役に立てるなら、」
「立てません!いりません!」
とうとう堪忍袋の緒が切れたなまえの剣幕に負けて、ホークス・アイは玄関から押し出されてしまった。
「・・・ふん。まあ良いですけど」
連絡先はこっちのものだ。
さて、これからどう楽しませてもらおうか。
そう考えた瞬間、ガチャンと錠の下りる音が聞こえた。
「・・・あのガキ」


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