マドモアゼル狂騒曲2



信じらんない、信じらんない!
朝からずっと煮えくりかえっているなまえのはらわたはいまだに沸騰中だ。
「(あそこまで露骨なアプローチでも気づかないママの鈍さにもびっくりだけど・・・)」
とにかく、ザマーミロだ。
不機嫌をあらわにしていると、なまえ、という声がした。
「あ、終わり?」
「うん。待たせてごめんね」
日直の仕事を終わらせた幼なじみがすまなそうな顔をしているので、
「大丈夫。帰ろ」
と答えて立ち上がる。
並んで歩きながら、
「これで1カ月は順番回ってこないね」
と言うと、うんと彼女は頷いた。
「日誌ってなにを描けばいいのか分からなくて迷っちゃう」
えへへ、と可愛らしく笑う彼女といると、なんだか自分の気の強い性格が目立つ気がした。
「ねえ聞いて」
「なに?」
「最近ママに変な虫がついてるんだよね」
「変な虫?」
「そう。超しつこいの」
なまえのママって美人だもんねえ、と友だちはのんびり口にする。
「あんなにきれいな人が目の前にいたら、好きになっちゃうのも分かるなあ」
「だめだよ。ママは今でもパパ一筋なんだから」
今はもういない、優しくて大好きなパパ。
あんなに仲が良かったのに、ママを悲しませてしまった。
だけどママは今でもパパのことを愛している。
あんな変なやつ、絶対にふさわしくない。
「ほんっと身の程知らずなんだから!」
「相当おかんむりなんだね・・・」

***

「・・・ちょっと」
「なによ」
ギャン泣きしてんじゃないの、とホークス・アイは言った。
「それくらい見れば分かるわよ」
「タイガーがなんとかしてくださいよ。僕、幼女は対象外なんです」
「僕だってここまでストライクゾーンは広くないわよ・・・」
ふたりの目の前で泣いている子供は、おそらく3歳くらいだろうか。
ひとりでいるところを見ると、親とはぐれてしまったのかもしれない。
背の高いふたりに見降ろされる恐怖でますます瞳はうるむ。
一層はげしく泣きだす子供に「あーもう」とホークス・アイは天を仰いだ。
「将来は素敵なマダム、将来は素敵なマダム・・・」
「ちょっとなにその呪文、引くんだけど」
「お黙り。・・・おじょうちゃん」
ぴしゃりとやっつけたあと、精一杯とり繕った笑顔で彼は話しかける。
「一緒にママを探してくれるおじさんのとこに行こうか」
こくり、相手はぐずぐずになりながらも頷く。
「よォし、手を繋いで行きましょうね」
「それじゃ、後は頼んだわよ」
「は!?」
「僕これからターゲットと待ち合わせなのよね。じゃあねー」
そう言って遠ざかる背中を見つめてホークス・アイはほぞを噛む。
「覚えてなさい・・・!」
おじさん、と見上げてくる子供にも腹が立つ。
「あのねえ、おじさんじゃなくて僕は」
「?」
「・・・ま、いいわ。さっさと行きましょ」
諦めたようなため息をついて、ホークス・アイはゆっくり歩き出した。

***

「あ、」
「げ」
曲がり角で出会ったふたりは同時に声を上げる。
「うそ、今度は誘拐?」
「ちがいます。ていうか今度ってなに」
うわ出た、となまえが言ったのでホークス・アイはけげんな顔をする。
「?なんです」
「その態度が本性か」
はあ、と彼はため息をついた。
面倒くさ・・・これだから子供はきらいだ。
「なんでアンタみたいなマセガキがあの人の子供なんですかね」
「そういうこと言っちゃうんだ」
「ええまあ。アンタに猫かぶってもしょうがないし」
ふうん、となまえは言った。
「別にいいけど。でも、本当にその子どうしたの?」
「お母さんとはぐれたんですって、つっても信じないでしょうけど」
ホークス・アイの答えを聞いて、なまえはその場にしゃがむ。
すると「あのね、」と少女が切り出した。
「なあに?」
「ママ、とね・・・はぐれちゃった、の」
うん、と頷くと彼女の目にふたたび涙の膜が張る。
「ちょっと泣かせないでくださいよ」
「ええ、だって」
ママ、と呟く心細そうな声になまえは優しく声をかけた。
「大丈夫だよ。一緒におまわりさんとこ行ってママの帰りを待とうね」
「うん」
なまえが空いてるほうの手を繋ぐと、ホークス・アイは意外そうに「優しいんですね」と言った。
「どういうこと」
「意外だなって思っただけです」
別に、と彼女は言った。
「パパが早くに亡くなった時から、ずっとママが働いてて・・・だから寂しい気持ちちょっとだけ分かる」
「・・・ふうん」
ただの気が強くてやかましいガキだと思っていたが。
案外としおらしいところもあるようだ。
「(これは使えますわね・・・)」
胸の中で彼はほくそ笑んだ。

***

将を射んと欲すればまず馬を射よ。
「アンタ眉間のしわすっごいわよ・・・」
「うるさいわね、ほっといてよ」
あのさあ、とタイガーズ・アイは呆れたように言った。
「わざわざ休みを使ってアンタの仕事に付き合ってあげてるのにひどくない?」
「こないだガキの子守り押しつけたのはどこの誰よ」
けれどおかげで、ターゲットの娘の性格につけ入る隙を見つけることができた。
けがの功名ということにして、ホークス・アイはタイガーズ・アイと共に彼女の通う学校へとやって来ていた。
「マドンナは今でもフルタイムで働いてるので、家に帰ってもあの子はひとり。寂しい気持ちを僕が埋めてあげてマドンナにアピールするわけです」
「ふーん。でもさあ、それだと逆に彼氏だと思われるんじゃないの?」
ないない、とホークス・アイは笑った。
「いくら魅力があっても、あのクソガキが僕になびくことは絶対にないですから」
「それ自分で言って悲しくない・・・?」
来た、と彼は叫んだ。
「うそ、どこ?」
「ほらあれ」
カーディガンのポケットに手をつっこんで携帯を取り出す姿を見て、タイガーズ・アイは言った。
「へえ、けっこう可愛いじゃないの」
それを聞いたホークス・アイは「見る目なし」とばっさり斬る。
「あいかわらず判定きびしいのねえ」
「僕にとっちゃ未成年て時点でナシですから」
「はいはい、ババ専には関係のない話だわね」
「失礼しちゃうわね。マダム専門っておっしゃい」
ああ行きたくない。
けれど目的達成のためには仕方がないのだと自分に言い聞かせて、ホークス・アイはなまえに近づいた。
「どうも、こんにちは」
あれえ、と彼女はきょとんとする。
「どしたの?」
「バスを降りたらあなたが出てくるのが見えたものだから」
「ふーん。そうだったんだ」
じゃあね、と言った相手をホークス・アイはあわてて引きとめる。
「?まだなにか用?」
「用っていうか・・・時間あります?」
「まあ、あるけど・・・」

***

ストロベリートリプルアイスクリームスペシャルビッグパフェ。
「すごーい!私これ一度食べて見たかったんだ」
でもひとりじゃ食べきる自信がなくて、とはしゃいでいるなまえの向かいの席でホークス・アイは笑顔を浮かべている。
けれど内心では、
「(なんで僕がクソガキとパーラーに来てんだか・・・)」
とため息をついている。
大体、パフェなんかで喜ぶのは子供じゃないか。
マダムとのデートはたいてい高級ディナーばかりだった彼には物足りないコースだ。
彼女はすっかり仲良くなったタイガーズ・アイとふたりでクリームの山をつついている。
「ふうん、なかなかいいフルーツ使ってるじゃない」
「メロン超大きい、ねえほんとに食べないの?」
「どーぞ。ていうかなんであなたまで夢中になってるわけ?」
だって美味しいんだもの、とタイガーズ・アイはスプーンをくわえる。
「(ちょっと!いつもの口調に戻ってるわよ!)」
「(あらやだ、気をつけないと)」
気を取り直したタイガーズ・アイは「ねえ君さ」と話しかける。
「彼氏とかいないの?」
「彼氏?・・・いないけど」
「ふうん、こんなに可愛いのに。じゃあ僕と付き合おうよ」
にこやかにさりげなくタイガーズ・アイは誘う。
「ええ?いやいや」
「なんで?だめ?」
「だめっていうか・・・別に。ていうかよく知らないし」
「だったら僕のこと、これからたくさん知ってほしいな」
タイガーズ・アイの瞳が獲物を狙う虎のように細められる。
それに気づいた瞬間、ホークス・アイは無意識のうちに口を開いていた。
「ねえ、どうせならもっとイイもの食べません?」
「いいものって?」
助け舟とばかりになまえはすかさず反応する。
「(ちょっと、アンタ邪魔しないでよ!)」
「(だって本気でこんなちんちくりん相手にする気!?)」
萎えたわ、と囁いてタイガーズ・アイは立ち上がる。
「ちょっと、」
「ごめんね。僕、急に用事ができちゃって。またね、かわいこちゃん」
そう言い残して彼はさっさと行ってしまった。
「ちょっと、アンタお会計・・・!まったく」
「けんか?」
「うるさい!ていうかアンタ、絶対にあの男になびくんじゃないわよ!」
ありえない、と彼女は首を振る。
「だって私好きな人いるもん」
「へえー?あっそ」
超どーでもいい、とホークス・アイは心の中で呟く。
「ボク、こんな甘いのじゃなくてもっとリッチでおしゃれなディナーが食べたいんですけど」
すると彼女は静かにスプーンを置いた。
「?なんです」
「ほんとはね、ママの作ったごはんが食べたい。でも、いつも遅くまで仕事してるから」
なまえにとって、一番食べたいものはスイーツでも高い料理でもない。
母親の手料理だった。
「私のためだって分かってるんだけどね」
「アンタさあ」
マザコンこじらせてんのねえ、とホークス・アイは言った。
「は?」
「自分のために頑張ってくれてるのを分かってるんなら、いいかげん赤ちゃんを卒業しなさい。あの人がかわいそうだわ」
なまえは思わずぎゅっと唇を噛む。
「そんなのあんたに関係な、」
「関係ないのなんて百も承知ですけどね。ていうか寂しいならさっさと彼氏のひとりでも作れば」
そう語る相手の冷めたまなざしになまえの気持ちはざわつく。
腹立たしいことを言われているのに、反撃する気になれないほど心が冷えていくようだった。
あーあ、と彼は言った。
「ちっとも期待してなかったけど、やっぱり期待外れみたいね」
「なに、」
「ペガサス。つっても分かんないだろうけど」
じゃーね、と彼は伝票を持って立ち上がる。
「あ、お金」
「いーの。ガキんちょは黙っておごられなさい」
ぺし、とプラスチックの板で頭を軽くはたかれる。
その背中を見つめながら、なまえは呟いた。
「・・・うっさい、バカ」
なんにも知らないくせに、知ったような口きかないでよ。

***

「あーもうイヤー・・・」
「まぁだやってんの?」
カクテルをなめながらフィッシュ・アイは尋ねる。
「かなりの長期戦なのね」
「僕だってこんなつもりじゃなかったのよ。おかげでおばさまたちとのデート、キャンセルばっかだわ・・・」
僕も不発ばっか、とタイガーズ・アイはぼやいた。
「この子たち、写真と実物ぜーんぜん違うのよねえ・・・」
「あ!分かるそれ、オトコノコたちもそーよ」
「ジルコンのやつ、もしかして加工アプリでも入ってんの?」
タイガーズ・アイの疑いの目つきにも、感情のない瞳はそしらぬ雰囲気のままだった。
「ねえ、アンタまたあの子に会うの?」
あの子って?とホークス・アイはぼんやりと聞き返す。
「やだ、マドンナの娘に決まってんじゃないの」
「ああ、落とすんだっけ?」
女には興味がないとばかりにフィッシュ・アイは肩をすくめた。
「やめやめ。今日こそマドンナとディナーデートするわ」
「なによ、だったらなんでこないだ僕が口説いた時に邪魔したわけ?」
「えーっタイガーったらやるじゃない」
ていうか見境ないわね、と半ば呆れたような口調のフィッシュ・アイに彼は、
「だって顔がかわいかったのよ」
と答える。
「出たーメンクイ。ねえホークス・アイ、もっと軽く考えたら?」
僕なんか今4股中よ、とフィッシュ・アイは元気に言った。
「ほんっと尻軽よね・・・」
「効率厨すぎてこわいわ」
「あん、欲望に忠実って言って」
不誠実だけれどしょうがない。
だって僕たちは愛がなんたるかを知らないのだから。


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