おもいきりアメリカン



アメリカへ単身留学してから3ヶ月。
慣れないながらも、なんとか生活しながら大学へ通っている。
未熟でたどたどしい私の英語をいやがることなく付き合ってくれる友達は、今日は講義をさぼってボーイフレンドとデートに行ってしまった。
「(ちぇ、今日はひとりかー)」
無事に後ろの席を確保し、ノートをとるふりをしながらぼんやりと英語を聞き流す。
今日はなんだかやる気が起きない。
外はあんなにいい天気なのにな。海岸沿いを散歩したらきっと風が気持ちいい。
そんなことを考えていると、視界の端でゆっくりとドアが開いた。
不思議に思って意識をそちらに向けていると、しばらくして流れるような金髪をした男の子がそっと入ってくるのが見えた。
目が合った瞬間、彼は口元に指を当てて静かに、という仕草をしてみせる。
すっかり気配を消して、教師が背中を向けている隙にまるで猫のように入ってくる様子は慣れたものだ。
そしてなんと、
「(な、なんで)」
なに食わぬ顔で腰を下ろしたのは私の隣。
知らんふり知らんふり。
すると「やべ」と呟く声がして今度こそそちらを振り向く。
どうやら教科書を忘れてしまったらしく、彼はしまったという表情を浮かべていた。
その横顔があまりにも整っていることに驚いたものの、あまり見つめても失礼だと思い前を向く。
すると、
「(ん?)」
とんとんと肘をつついてきた彼は、
「ね、教科書忘れちゃった」
と悪びれる風もなく微笑んでみせた。
呆れた、という意味を込めて肩をすくめてみせたものの、いじわるをする理由もないので教科書をふたりの間までずらす。
「ありがと」
彼はささやいて感謝した。

***

いやーまいった、まさか教科書まで忘れるなんて。
「別にいつも持ってる訳でもないんだけどさ」
役に立てて良かった、そう言うと彼は再び「ありがと」と綺麗に笑った。
授業が終わるやいなや、教室のあちらこちらから「シャール」と声が掛かる彼はきっと人気者なのだろう。
私が席を立ったことに気付いた彼は、
「あ、待った!」
と引き留める。
「なに?」
「お礼。アイス奢らせてよ」
「いいよ別に。たまたま席が隣になっただけだし。教科書くらい」
その優しさに救われたんだって、と彼は立ち上がる。
「最近このクラス遅刻ばっかりでさ。教授に目を付けられてそうだったから」
そう言って私の右手を取ると軽快に歩き出す。
「ちょっと、」
「ねえ、君って日本人?」
彼の問いに仕方なく頷いてみせた。
「やっぱり。うちにも日本人の女の子がいるんだ、翼って子」
ホームステイ?と聞き返すと「ううん」と彼は首を振る。
「ホームステイっていうかまあ・・・似たようなもんか」
彼は振り返ると、
「シャールって呼んで」
と笑った。
「シャール、」
「そ。ところで君の名前は?」
なまえ、と答えると、
「よろしく、なまえ」
と彼は嬉しそうに名前を呼んだ。
「今度遊びに来なよ。歓迎する、君は恩人だし」
そう言ってアドレスを渡されてから一週間。
地図とにらめっこしながらようやく辿り着いた住所。
「ふー・・・よし」
ドアの前で深呼吸をしてベルを鳴らそうとした瞬間。
「おーい!なまえ!」
見上げれば、二階の窓から手を振るシャールの姿が目に映った。
「待ってたよ!」


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