紅梅は冬に咲く2
「え?ロッカールームの鍵がない?」
後輩は泣きそうな顔で「はい」と答える。
「だけど、いつもの場所に掛けてなかった?」
「それが、最後に出た部員に確認したらちゃんと元の場所に戻したって言われて・・・」
平謝りする相手をなだめながら考える。どうしたものか。まずは部長と顧問に報告、それから・・・
合い鍵を作るのは容易いが、それでおしまいというわけにはいかない。鍵そのものを変えるか、もしくは失くしたほうを見つけ出さないとセキュリティに問題があるからだ。
「部長はこのこと知ってる?」
「はい、さっき報告しました」
「なんて言ってた?」
「もう一度ちゃんとよく探して、最後に使った相手にどこに置いたか確認するようにって。それで私、心当たりのある場所は全部探したんですけど・・・」
いろんな人に聞いて回ったし、と相手は細い声で答える。運悪く今日の管理に当たってしまった彼女を責めたところで鍵は出てこない。すっかり日も落ち、部活に残っているのは帰り支度を終えた数人だけだった。
疲れている彼らに鍵探しに協力してもらうのも申し訳ない。
「もう一度探してみよう。私も手伝うから」
「すみません先輩・・・ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げ、後輩はグラウンドへと出ていった。しゃがみこんで、どこかに落としていないか探している。私もあちこち部室を探し回っていると、
「なんだ、まだいたのか」
「あ、尽八」
驚いた顔の相手と目が合う。
「帰らないのか?」
「あー・・・実は、」
経緯を話せば、彼は「鍵ィ?」と眉を吊り上げた。
「探したって見つからなかったのだろ。今日はもう遅いから諦めて、明日また探せばいい」
「でも部長から言われてて、」
「ならオレから言っておく。もう20時だぞ、このままじゃ夕飯も食いっぱぐれるしシャワーだって使えなくなる」
「えっもうそんな時間!?」
「ああ。なくしたあの子も責任を感じているのだろうが、管理の甘さという点では部員の連帯責任だろ。職員室に行けばスペアキーがあるんだから、明日の部活に支障はない」
尽八の冷静な言葉が頼もしく感じる。
「あの、じゃあお願いしてもいい・・・?」
「ああ、まかせておけ。外に声かけてくるから帰り仕度していろよ」
***
「お待たせ」
「大丈夫だ」
壁にもたれていた尽八は「行くか」と体を起こす。
「鍵のこと、やっぱり部長に怒られないかな」
「さっきも言ったが、あれは連帯責任だ。誰か1人のせいじゃない」
「でも、」
「オレがちゃんと言う。それに、間違っているとは思っていないからな」
きっぱりとした口調が頼もしく思える。
「尽八のそういうとこ好きだな」
「そういうとことは?」
「まっすぐなところ」
間違いは認め、正しいと思ったことはちゃんと言葉にする。子供の頃から何も変わっていない、彼のいい部分だと思う。
「いいところなら#name1#もあるぞ」
「え、どんな?」
「誰かのために一生懸命になれるところ」
「・・・そんなふうに思ってくれてたの?」
「ずっと一緒にいるからな。いいところも悪いところもある程度分かっているつもりだ」
「悪いところかあ・・・」
頑固だよな、と尽八は笑った。
「それは尽八もでしょ」
「そうか」
「そうだよ」
他愛ない会話。当たり前だと思っていたし、この先も変わらないのだと疑うこともなかった。
だけど、きっといつか、何かが変わってしまうのだ。
「・・・お見合い、さ」
「ああ」
「する?」
しないと納得しないだろう、と彼はため息交じりに答えた。
「あの二人は仲が良いからな」
「そっか、そうだね」
「 #name1#は・・・したくないのか?」
「だって、いつもしてるようなものだし」
「そうなんだよなあ」
尽八に目を向ける。空を見上げる横顔はあいかわらず綺麗だ。
「ほんとに美人だね」
「うむ」
「全肯定・・・」
「事実だからな」
ふいにこちらを見た彼は、「オレは#name1#の顔が好きだぞ」と笑った。
「え?」
「見慣れている、というのもあるが・・・うまく言えんな、とにかく好きだと思っている」
「ありがとう・・・?」
「ああ」
・・・・・・・・・・・・沈黙。
「#name1#に彼氏ができたら、こんなふうに一緒に帰ることもなくなるのだろうな」
それを聞いて、なぜか心臓がきゅうと締め付けられたような気がした。
「大丈夫、彼氏なんてできないから」
全然大丈夫じゃない。言っててむなしくなる。
「そうか」
尽八は安心したようにふわりと笑った。
***
なんだかんだと忙しく、年内に尽八の家に顔出すことはとうとう叶わなかった。
年が明け、家族そろって東堂庵を訪れる。毎年この日だけは必ず着物でご挨拶をするのが決まりだった。
満面の笑みで出迎えてくれた尽八のお母さんは、
「その着物、とてもよく似合ってるわ」
と褒めてくれた。淡い色の地に紅梅が咲いている。一目見て気に入ったものだったので嬉しい。
「へー、帯も凝ってるのねえ。襟も濃い色で素敵よ。あらっ帯どめもお花なのね」
挨拶もそこそこにくるくる回されながら、私は「尽八はいますか?」と尋ねる。
「もちろん。今はお庭でせっせと雪かきしてくれているはずよ」
***
「うおお・・・ドカ雪じゃねーか・・・」
窓の向こうには一面の銀世界が広がっている。覚悟はしていたが、まさかここまでだとは。
朝早くに叩き起こされたと思えば、寝ぼけた頭のままスノースコップを握らされたのだ。
「ったく、なんで正月からこんなこと・・・」
体力作りと思うしかない。まあいい、どうせ冬は筋力落ちるしな。
半纏を着てザックザックと山を作っていると、
「おー大きい」という声がして振り返る。
「#name1#。来てたのか」
「うん。すごいね、尽八がひとりで作ったの?」
「ああ」
ふう、と額の汗を拭う。手を止めると、火照っている体が急速に冷えていくのを感じた。
「はい」
「ん?」
#name1#が差し出したお盆の上では、緑茶とおしるこがホカホカと湯気を立てている。
「おお・・・!」
「私は何も手伝ってないけど、一緒に食べようと思っていただいてきちゃった」
「かまわんよ。だいたいそんな着物で・・・は・・・」
着物を着ている。いつもと違う雰囲気を纏っていることに今さらながら気がついて、少しだけ動揺した自分がいた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない・・・お茶もらっていいか」
流し込めば喉の奥が熱いく、生き返る心地がする。
「ほとんど外だが、寒くはないのか?」
「平気平気、中にたくさん着込んでるから。タオルとか」
なるほど。着付けの時、きっとずいぶんぐるぐる巻きにされているのだろう。
「ねえ尽八」
「ん?」
「これ、かまくらにしようよ」
「ずいぶん簡単に言ってくれるな・・・」
#name1#は「手伝うから」と引かない。
「その格好でか?」
「あ・・・そうだった」
オレは「降りられるか」と尋ねる。しっかり除けたつもりだが、やはり足元がおぼつかないだろうか。
「見せたいものがあるのだ」
目ざとく床下にしまわれていたサンダルを見つけた#name1#は、ためらうことなく地面に降りる。
「あ!転ぶなよ」
後ろから支えながら、一歩ずつ雪山へと誘う。
「何があるの?」
「見てのお楽しみだ」
後ろ側へ回った瞬間、#name1#は目を見開いた。
「すごい・・・!かまくらになってる」
「驚いたか?どうせそう言うだろうと思ってな、
先に作っておいたのだ」
「だからこんなに雪山が大きくなってたんだね」
「まあな」
おかげで雪かきは終わっていないがな・・・。
すごいすごいと言いながら#name1#はさっそく身をかがめて中へ入る。
「すごーい!広い!」
「ふたりまで入れるように作ったからな」
お盆を置いて、着ていた半纏を敷く。
「その上へ座るといい」
「えっ!?だめだよ、尽八が風邪ひいちゃう」
「少しだけだ。着物でしゃがむのはつらいだろ?
それでもきつい体勢ではあるが・・・」
おしるこを食べる間だけ我慢してもらおう。
「寒くない?」
「セーターを着ているから大丈夫だ。それに、かまくらは意外とあったかいのだぞ?」
おしるこを食べながら#name1#は「ウサ吉、元気かな」と言った。
「隼人が連れて帰っているはずだ」
「そっか、なら安心だね」
「さすがに小屋は冷えるからな」
子供の頃の記憶がよみがえる。昔もこうして、旅館の誰かが気を利かせて作ったかまくらの中で遊んだものだ。携帯ゲームを持ち込んだり、おやつを食べたりした。
「なつかしいな」
ぽつりとこぼれた声に#name1#もうなずく。
「そうだね」
「なあ」
「なに?」
「お見合い、今さら意味なんてあると思うか」
さあ、と相手は曖昧に答えた。
「・・・よく分かんない、かな」
「#name1#は、将来のこととか考えたことはあるか」
「進路?」
「そういうのひっくるめて全部」
しばらくして「分かんないよ」と呟く声が聞こえた。
「お見合いさせられて、どんな答えを出せばいいの?付き合うってこと?・・・婚約、するの?」
「親がどう思っているかなどオレも知らんよ。
・・・けど」
いいんじゃ、ないか。
緊張で自分の口から出た声がふるえている。
「どういう、」
「あれからいろいろと考えてみて・・・#name1#とこの先ずっと一緒にいるの、いいんじゃないかと思ったんだ」
言いたいことが上手く言葉にならない、ていうかあれだ、寒い。ちょっとやばい気がする。
「・・・尽八、もしかして寒い?」
「うむ」
「やっぱり!」
出よ!と怒られながら外へ出る。
「ごめんね、私が上着お尻に敷いてたから」
「いや、どうせ洗濯機行きだし気にするな」
「尽八が風邪ひいたら気にするよ!」
もう、と#name1#は本気で怒っている。
「あのね、さっきの話ね」
「ああ」
「・・・私も、いいと思う」
「っえ、」
はじかれたように隣を見れば、#name1#はオレの見たことがない表情を浮かべて目をそらしていた。
「本気か」
「本気、です、うん」
「そ、・・・ヘクシュ!」
「もうほらー!」
***
新学期。
「うー・・・」
ボトルを洗う水が冷たい。でも我慢や、#name1#!
ペダルを漕ぐ音が室内に響いている。すでに3年生はいない。福富くんの指示のもと、それぞれが自己鍛錬に励んでいるのだ。
あれ以来、尽八とは会えていない。かまくら作りがたたったのか、熱を出してしまったらしい。
「・・・」
柄にもなく緊張してしまっている。さっきから心臓がばっくばっくとうるさい。おかしい、相手は尽八なのに。
「(こんなの絶対変だ)」
じゃこじゃこ、動揺を振り払うように勢いよくボトルを洗う。すると、
「ドリンク!」
という声がして、私はあわって飛んで行った。
汗を拭っている荒い息の黒田くんに「はい」と差し出すと、彼は目を丸くした。
「すいません、同じ学年のマネかと思って」
「いーよいーよ、お疲れさま」
「ッス」
ボトルを受け取ると、一気にあおる。ごくごくと喉を鳴らして気持ちのいい飲みっぷりだ。
その時、
「荒北にだけは言われたくはないな!」
「るっせバーカ!黙れクソカチューシャ」
聞き慣れた言い合いが聞こえて振り返る。
「!」
目が合った瞬間、思いきりそらしてしまった。
「ア?んだよいきなり」
「はッ!?・・・別になんでもないが?」
尽八の声が裏返っている。
「・・・先輩たち、なんかあったンすか」
黒田くんの問いに「いやっ!なんにもないよ」と答える。声がひっくり返った。
「ふーん」
「お願いにやにやしないで」
そそくさと元の仕事に戻ろうとしている背中に「#name1#」と声がかかる。尽八だ。
「あ、なに?」
「あの、な」
普通でいよう、と彼は言った。
「もちろんちゃんと気持ちはある。だが・・・オレの性格上、そういうことを意識するといろいろまずい気がするのだ・・・バレない自信がない」
赤い顔をして紡がれた不器用な言葉に激しく同意する。
「あ、そ、そうだね!うんうんそうしよう」
「いいのかそれで」
「うん、私もそういうの顔に出るから」
そうか、と尽八はほっとしたように言った。
「ついでにボトルもらってもいいか」
「あ、うん」
手渡した拍子に指先が触れた。
「っ」
ちら、と見上げれば、相手は涼しい顔をしている。
「どうした?」
「あ、えっと、なんでもない」
うそだ、なんでもある。動揺が隠しきれない自分が情けない・・・。
「ありがとう」
でも、そう言って立ち去る彼の耳は真っ赤だった。
なんだ、尽八だって隠せていないんだ。
私だけじゃないって分かったら、気持ちが楽になった気がした。
約束を交わしたけど、大人になっても本当に一緒にいるのかは分からない。お互いよりも大事なこと、大切な存在が現れるかもしれないから。
けど今は、私たちを繋ぐものが前よりも強くなった気がして、嬉しかった。
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