PISCES! 1



ずらりと並ぶ黄金聖闘士は12人ではない。
今、アテナの前にうやうやしく控えている人数はおよそ3倍だった。
「・・・はあ?」
誰かが呟く。
なまえはといえば声にすらならない。
沙織だけがゆうゆうと微笑みを浮かべてその光景を眺めていた。
「これだけ大勢いると壮観ですわね、お姉さま」
「ど、どういうこと・・・?」
「彼らは今代の黄金聖闘士、そして前聖戦までに私たちのお力になってくださった黄金聖闘士の方々です」
けれど、前聖戦とはずっと昔の出来事ではないのか。
「でも、」
「お姉さまがおっしゃりたいことは分かります。ええ、私もおんなじですから」
そう言って沙織はため息をついた。
「いや、こっちこそ理由知りたいんスけど・・・」
自分と同じ聖衣を着たふたりに挟まれているデスマスクが居心地悪そうにぼやくと、
「アテナに文句を言うんじゃねえ!」
とマニゴルドの拳が飛ぶ。
「ぎゃっP!いきなり殴るこたねえだろうが!」
「お前がふざけた真似をするからだ!だいたい先代に対して口のきき方がなってねえなあ?」
こッの・・・!とデスマスクが青筋を浮かべていると、
「ちょっとなんなのォ、アンタたち」
という声がした。
「デストール姐さん・・・!今の見た!?先代の理由なき暴力ひどいと思わない!?」
「マスクちゃんたらめそめそしないの。それに理由はあったと思うけど?」
だからってマニちゃんもいきなりぶつこたないでしょ、と彼がたしなめると、ケッとマニゴルドは吐き捨てた。
「なんっで俺と同じ先代がよりにもよってコイツなんだよ・・・」
「あらあ、もしかして今のいやみ?」
「そうよお姐さん!やっちまって!」
なんなのだあそこは、とげんなりした様子でミロが呟く。
すると、
「なあ、お前が現役の蠍座なんだろ?」
急に声をかけられ彼は背筋を伸ばした。
「はッ、そうです!」
「でかい声出すな。かた苦しいのはなしにしようぜ。俺そういうの苦手なんだよ」
そう言ってカルディアはあくびをこぼす。
ほっとしたミロは、もうひとりの先代に声をかけた。
「エカルラート様も・・・エッ?」
彼がいるはずのそこには黄金聖衣だけが宙に浮いていた。
「あ、すまん。そのうち戻ると思う」
「と、透明人間なのですか・・・?」
おそるおそるミロが尋ねると、「いや、」と相手は返事をする。
「だがとにかく慣れてくれ」
「お前、なんでそんなに冷静なんだ!?」
その頃。
「(先代カプリコーンの以蔵様・・・まるでサムライのようだ)」
シュラがそわそわと見ているのに気づいているのか、彼はくすりと笑って言った。
「シュラよ、そんなに珍しいか?」
「はッ・・・!?いえ、失礼いたしました!その、あまりにも・・・」
日本のサムライにも似た風格をお持ちなので、としどろもどろになって答えると、以蔵はきょとんとして聞き返す。
「侍?そのように見えるのか?」
「はいッ!」
「なにもそうかしこまらずとも。なあエルシド」
そうだな、とエルシドはかすかに笑った。
「同じ山羊座なのだ。共にアテナのためにこの身を差し出そうではないか」
「せ、先代・・・!」
ムウはそっとシオンにささやく。
「一体どういうことなのですか」
知るか、と投げやりに彼は答える。
「正直言って迷惑しているのだ、なにせ私が若造だった頃の付き合いだからな・・・」
青くさい成長期のあれこれを彼らに暴露されるのではないかと、シオンは内心ひやひやしているのだった。
戸惑いを隠せない彼らの中で、乙女座の聖闘士たちの間に会話をしている様子はない。
正確に言うなら、言葉ではなく小宇宙でやり取りをしていた。
『先代たちにお聞きしたいことがございます』
『どうした、シャカよ』
『聞こうではないか』
『お心遣いいたみいります。実は、私は特にカレーが好きなのですが、もしもご存知ならばぜひとも美味しい作り方をご教授願えますでしょうか』
えっ、とふたりの心の声が揃う。
『カレー・・・?』
『なぜ・・・?』
『・・・?おふたりはお嫌いですか?』
「いや嫌いではないが」
「むしろ好きだけれども」
「お三方、心の声が口に出ていますよ」
思わずムウはつっこんでしまう。
とにかく、このままでは埒があかない。
彼らを見守っていた沙織は、「困りましたね」とため息をつく。
「なんの因果か、生を終えられたはずの彼らにこのようなことが起きるだなんて・・・」
「また聖戦が始まるの?」
なまえが怯えて尋ねると、いいえ、と彼女は首を振る。
「私たちの側の手違いです。おもに上の」
「上の」
だろうな、とデスマスクは呆れたように言った。
「俺たちだって、もう命日がいくつあるのか分かんねえしよお」
「貴様、またアテナに対して」
「かまいませんよ、マニゴルド。ではこうしましょう」
先代方は黄金聖闘士としての立場を今代に譲る代わりに、それぞれの宮で生活する。
「へ?」
「はァ?」
ということは、となまえは呟く。
「まさか・・・」
「ええ。ルームシェアです」
にっこりと沙織は笑った。
かくして、現役黄金聖闘士と先代たちの奇妙な共同生活が幕を開けたのである。

***

向かって右手にアルバフィカ。
左側にはカルディナーレ。
中央に座っているアフロディーテは考える。
「(なんでこうなる・・・!)」
まさかこんなことが起きるだなんて考えもしなかった。
本当ならなまえを誘ってディナーに行くはずだったのに、なぜか話したこともない先代たちと膠着状態に陥っている。
しかも、カルディナーレという男は盛大な裏切りをしたと聞いていた。
「(もっとも、自分もそうではあったからでかい口は叩けないが・・・)」
アフロディーテはちら、と視線をアルバフィカに向ける。
ピスケスのアルバフィカ。
後世に伝えられている彼の人格は誠実で、散り際も立派なものだった。
体内を巡る血液やその他すべてが毒として有効であるため、普通の人間としての生は望めなかったと聞く。
「とにかく、だ」
おもむろにカルディナーレが口を開いた。
「アフロディーテよ。この先どうなるかは分からないが、しばらく世話になる」
「は、こちらこそ。よろしくお願いいたします」
「本当ならとうにまっとうしたはずの命を得るなど、まったく信じられないことだが・・・」
いまだ呆然としているアルバフィカの言葉に、自分は何度生き返ったのだろうかとアフロディーテはぼんやり思う。
「そう固く考えなくとも良いだろう、アルバフィカ。せっかく生を賜ったのだ、好きに使えばいい」
「なにを言っている、カルディナーレ。この命はアテナに捧げると誓ったものだ」
ふうん、とカルディナーレは目を細める。
「勝手に生き返らせた存在のためにか?」
「なに・・・?」
「よく考えろ。彼らはただいたずらに我々の生を操り、踏みにじっているだけなのだと。アフロディーテもそうは思わないか」
確かにそうかもしれなかった。
けれど、元より初めからないに等しく、聖戦で失われた命を再び与えられたことになんの意味もないとは思わない。
彼なりに、彼らなりに、精いっぱい今を生きているはずだった。
「先代、やめましょう。考えても仕方のないことです」
「アフロディーテ、」
咎めるようなまなざしを向けるアルバフィカとは対照的に、カルディナーレは皮肉な笑みを浮かべた。
「そうか。お前も私と同じだったな、アフロディーテ」
「・・・!」
なんでこうなる。
その時「やめよう」とアルバフィカは諦めたように言った。
「私たちにはそれぞれの考え方がある。受け入れることができなくても、否定をする必要もない」
「ふん。まあそうだな」
つまらなそうにカルディナーレは頷く。
「それで良いか、アフロディーテよ」
はい、とアフロディーテはほっとして答える。
「ところで、くだらないやり取りをしたら喉が渇いたな」
「私も。お茶が飲みたい」
「アフロディーテ、」
「分かりました」
立ちあがった彼の背中に「ついでに茶菓子もくれ」「甘いものがいい」という声が投げられる。
「・・・分かりました」
「そうだアルバフィカ。部屋割りはどうする?」
「私は朝日が差し込む部屋がいい」
「同意見だ。そうそう、それと泡風呂がいいな。枕は3つ、掛け布団は上等のものを」
私はリネンがいい、では私はシルクだ、飛び交う声にアフロディーテのこめかみが引きつる。
「聞いていたかアフロディーテよ。さっそく手配を頼む」
「・・・〜っご自分たちでどうぞ!」
先代たちとのルームシェアに安息の日々は遠い。


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