イミテーション・ブルー



窓の向こうは、まるで絵のようだった。
そこだけが綺麗に切り取られている、淡い薄紅の空。
だんだんと色を変えていって、次の瞬間にはあっという間に星が瞬くのだろう。
ワンルームの部屋には僕ひとり。
目の前のキッチンには君がいて、おいしいごはんを作ってくれている。
おなか空いたとねだろうとした矢先、振り向いたなまえは言った。
「できたよ。食べよう」
「やった!」
もうぺこぺこだったの、そう言ってまとわりつけば彼女は楽しそうに笑う。
可愛いな。なんて素敵に笑うんだろう。
「いただきます」
「いただきます。今日の自信作はどれ?」
どれかな、となまえはテーブルを眺める。
「やっぱりメインディッシュですかね」
「うん、とってもおいしそう。だけど、魚がきらいって言ってる僕に食べさせるなんて良い趣味してるわよね」
ほんの少しだけいじわるを言ってフォークを口に運ぶと、「だって」と彼女は困った顔をした。
「最初に会った時も私と同じメニュー選んでたよ」
「そうだった?緊張してたし、もう覚えていないわ」
ほんとは嘘だった。
初めての瞬間は忘れない。
実のところ、あの時の僕はちょっぴりナーバスだった。
期待はずれのくり返しばかりで、人間になれる見込みからもほど遠い場所にいることが苦しかった。
だから、たまには方針を変えてみることにしたのだ。
相手が女の子というのも、たまには悪くはないかもしれない。
常日頃そういった格好ばかりしていたものだから、かかとの低い靴を履いて眺める景色は少し新鮮だった。
マスカラさえもしていない素顔をさらけ出すのはなんだか慣れない。
みんなの目に、今の僕はどんなふうに映っているんだろう。
気になってショウウィンドウを鏡代わりに覗いていると、ふと、中にいる女の子と目が会った。
「あ、」
やだな、気づかなかった。
足早に立ち去ろうとして立ち止まる。
今回のターゲットだと確信した瞬間、思わずしゃがみこんだ。
「うそでしょー・・・やだなあ」
出会いがこんなんじゃ絶対なびいてくれるわけないわ。
がっかりしながら、とにかくレストランに入る。
窓際でそ知らぬ顔をしている相手の元へ腹をくくって歩き出すと、切り出した。
「あの、さっきはごめんね。いやな思いさせちゃったよね」
すると相手はびっくりしたように大きく目を見開く。
「ううん。格好いいなあと思って、私もつい」
はにかんだように笑う彼女を見ているうちに、不思議な感覚が生まれてくる気がした。
「あの・・・もし迷惑じゃなければ、なんだけど。ここ座っても良いかしら?」

***

あの日からずるずると続かせている関係が、これからも続いていくことなどないことは分かっていた。
だけど、なまえの隣にいるのは心地良い。
そして錯覚してしまう。
僕は本当は人間で、本当にこの子の恋人で、これからもずっとこんな毎日が続いていくんじゃないかって。
「このサラダもおいしそう。ね、あーんして」
しょうがないなあ、そう言って皿を引き寄せた彼女に僕は「ちがうの」と言い直す。
「僕がなまえにあーんしてあげる。はい」
フォークの先にグレープフルーツを刺して差し出すと、なまえは恥ずかしそうにそれを口にした。
「おいしい?」
「うん、・・・おいしい」
照れたように笑みを浮かべる彼女を見て、僕もつられて笑顔になる。
やっぱり今日もだめみたいだ。
君を忘れる練習は、いつだってうまくはいかない。


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