誰も寝てはならぬ



不眠不休、期限厳守。
達筆な字で書かれた標語が壁に貼られている。
「さあ追い込みだ」
サガは高らかに宣言した。
「当然分かっているとは思うが、貴様らが貯めに貯めた書類の提出期限がついに来てしまった」
時は年度末、決算真っ只中である。
「今この瞬間から終わるまで、なんびとたりとも部屋から出ることはこのサガが許さない。その掟を破って出奔しようとする者は、異次元送りにしてくれる」
おおこわ、とデスマスクは呟く。
「質問!お手洗いはどうする」
手をあげたミロに対し彼は笑顔で、
「執務室の奥にある」
と短く答えた。
「ちッ、いい考えだと思ったのだが・・・」
「トイレにかこつけてばっくれようとする考えのどこが良いと思ったんだ」
カノンがミロを小突く。
「いっさいの望みを捨てよ!それでは始め!」
ゴングは鳴った。
全員が無言でキーボードを叩き、資料をまとめる。
のだが。
「くそ、Aのキーがない・・・A、A・・・」
いらいらしているアイオリアの横から、カミュはそっと「ここだ」と教えた。
「あ、すまん」
「いや。あまり根を詰めるな」
先は長いからな、と彼はため息をつく。
一枚、また一枚と順調に仕上がっていく書類を見て、今のところサガの機嫌は良いらしかった。
ふと、時計を見上げたアフロディーテは「ふああ」とあくびをこぼして伸びをする。
「もう1時か・・・」
「無心でやってきたが、まだ半分以上もあるな」
半分どころか、半年間分の書類が一晩で終わるわけがない。
「俺たちは一体いつ解放されるんだ・・・」
嘆くシュラのデスクにコーヒーの入ったマグが置かれる。
「なまえ、」
「お疲れさま、ふたりとも」
香ばしさが疲れた脳をリラックスさせてくれる気がして、彼らはそろって感謝をした。
「わざわざ淹れてもらって悪いな」
「ううん。気にしないで」
しかし一口味わった瞬間、アフロディーテは「んぐっ」と目を白黒させる。
「君、コーヒーの淹れ方がずいぶんとへたくそになったな・・・・」
ぴりぴりしている相手のいやみに、ちがうの、と彼女はすまなそうに答える。
「サガがこうしろって・・・」
同じ液体をサガはゆうゆうと口にしている。
「化け物かあいつ」
「このカフェインの量、もはや濃縮された殺意だな」
面と向かって言えない言葉をふたりはひそひそと交わす。
「とにかく、さっさと片付けてしまおう。いつまでも閉じこめられていてはかなわん」
「たしかに。でないと二度と美味しいコーヒーは飲めないからな」
「もー、そんなつもりないのに・・・」
ごめんごめん、とアフロディーテは笑う。
一方、アイオロスとアルデバランは並んで仲良くこくりこくりと舟を漕いでいた。
「・・・はッ!」
間一髪、目を覚ましたアイオロスはさっと身をかがめる。
「ギャラクシアン・エクスプロージョン!」
意識を取り戻す暇もなく彼方に飛ばされてしまったデスクの主に、彼は申し訳なさを覚えた。
「このサガの目の黒いうちは誰も寝てはならぬ!」
「哀れな・・・」
筆を片手に呟いた童虎は、手を上げてなまえを呼ぶ。
「すまんが目薬をもらえるか」
「もちろん。沙織ちゃんからの支給品だから何本でも、はいどうぞ」
何本もはいらんが、と彼は苦笑した。
「ああ・・・眠い。俺はもうだめだ」
とうとうデスクに突っ伏してしまったミロをなまえはあわてて揺り起こす。
「起きて!サガにばれたら異次元に飛ばされちゃうよ」
「いっそ飛ばされた先で眠りたい・・・」
シャカ、シャカと呼びかけるムウも必死だ。
「シャカ、起きなさい。あなたもアルデバランの二の舞になってしますよ」
見事な鼻ちょうちんをつけているシャカを彼はがくがくと揺さぶる。
その時、がんッと鈍い音がしてなまえは振り向いた。
どうやら意識を失くしたシオンが前のめりになってデスクに額をぶつけたらしい。
「い、一体なにが起きたのだ・・・」
「しっかりしてくださいよシオン様。アンタまで寝てどうすんですか」
横目で見ていたデスマスクは呆れたように言った。
「U!Uのキーがない!」
「やかましいぞアイオリア。かんしゃくを起こすな」
もう手で書けよ、とシュラは呟く。
頃あいを見計らって、なまえはそっとサガに話しかけた。
「あの、サガ・・・」
「ん?ああ、そうだな。なまえはもう帰りなさい」
その瞬間、「なんでなまえだけ!?」と全員から抗議の声が上がる。
「ずるいぞ!女尊男卑か!?」
「おいテメエそいつだけ贔屓してんじゃねえ!」
「そうやって自分の株を上げようとするつもりだろう!」
すぅっ・・・と息を吸い込んだサガは、
「やかましい!!!」
と一喝した。
「なまえは毎日こつこつと、真面目に書類整理に励んでいたのだ!そもそも貴様らとはスタートラインが違うわ!」
「だからって・・・あんまりだ」
唇を噛むミロを、サガはじろりと睨む。
「貴様の尻拭いを誰がしていると思っている」
ひらひらと示してみせた書類は、まぎれもなくミロのものだった。
「失礼いたしました・・・!」
「ふん。分かったなら今すぐ再開しろ。一分一秒でも惜しい」
それじゃお先に、となまえはそそくさと部屋から出る。
あのまま居残れば、きっと巻き添えを食ってしまうからだ。
「さあ、働け。馬車馬のようにな!」
夜明けは近いが安息は遠い。
再び宣言したサガの後ろでは、うっすらと朝日が昇り始めている。


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