乙女の唇



見た目に大きな変化はない。
それなのに、今日の彼女は普段よりどこか女性らしい雰囲気を纏っている。
「熱心だな、ミロ」
「・・・あ、ああ。いや」
からかわれる前に、彼はカミュに尋ねた。
「今日のなまえをどう思う」
「今日の・・・?」
不思議な質問に、カミュはミロにならって彼女をしばらく見つめる。
「いつもと何かが違う気がするのだが、俺には分からない」
もしかして、とカミュは呟いた。
「グロスを付けているからだろう」
「グロス?」
ミロは、ふたたび視線を向ける。
形の良い唇が見る者を誘うようにうるおっていた。
「なるほど、そうか・・・」
「よく似合っている」
ひょっとして、意中の相手でもいるのだろうか。
ミロは自身の秘めたる恋心を刺激されたような気がして甘いため息をついた。
その対角線上では。
「なまえ、いつもと雰囲気がちがうね」
小さな変化に気づいたアフロディーテの言葉になまえは笑顔を見せる。
「沙織ちゃんからもらったグロスを使ってみたの」
「へえ、いいね。君にぴったりだ」
しかし彼は内心、あまり魅力的になられても困るんだが、と呟いた。
彼女に惹かれているアフロディーテは、この部屋にいる誰かが同じ気持ちにならないうちに恋人になれたら、と考えている。
時を同じくして。
いつもと変わらぬ表情のままのサガの視線は、パソコンの画面を通り越し向かいの席にそそがれている。
以前、しめ切り間際の鬼のような書類整理に追い詰められているのを手伝ってくれた時から、彼はなまえのことを好きになっていた。
あれからもなにかと気づかってくれて、淹れるコーヒーもおいしい。
そんな彼女のささやかな変化にも目ざとくあったサガは、その意味を知ろうと仕事そっちのけで知恵を働かせていた。
「!」
ふと、顔を上げた相手と目が合う。
その瞬間、にっこりと誰にも分からないようにほほえんだ姿が目に焼きついて離れない。
人知れず淡いため息をつくサガの隣では、シャカがじっと彼女に無遠慮な視線を送っている。
それに気づいたムウはそっと話しかけた。
「なぜさっきからなまえのことばかり見つめているのですか」
「うむ、・・・ムウよ。ひとつ気になっているのだが」
「なにを?」
「なまえのお昼ごはんは、ひょっとして天ぷらだったのだろうか?」
「は?」
すると、むっとしたようにシャカは答える。
「見たまえ、あの唇を。まるでおいしい物を食べたあとのようにつやつやしているではないか」
そう言われてムウが目を向けると、確かにつやめいた唇をしている。
しかし、
「シャカ、あれはね」
そう言いかけたムウの言葉などどこ吹く風で、シャカはおもむろに立ち上がる
そしてつかつかと彼女のデスクの前に立つと、
「白状したまえ。君、お昼にずいぶんおいしい物を食べたのだろう?」
と、あっけにとられるなまえに声をかけた。



- 123 -

*前次#


ページ: