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<英雄は眠らない>

「なあデスマスク」
「おい寝てくれ頼むから」
このやりとりは3回目だった。エナジードリンクを飲んだら眠れなくなった、と押しかけてきたアイオロスをどうにかソファに横にならせたものの、ひっきりなしに話しかけてくる。
「こんな状態で眠れるもんか」
「てめえが後先考えず一気飲みするからだろうが」
「ギンギンなんだ」
「その表現をやめろ!」
ベッドの中で深いため息をつく。あいにく、彼の隣人たちは出払ってしまっていた。
「(だからってわざわざここまで降りてくるかよ・・・)」
デスマスク、と呼びかけられて面倒くさそうに答える。
「んだよ」
「腕ずもうをやろう!」
「なんでだよ。やらねえよ、お前みたいな加減を知らないやつと勝負したら腕が粉砕するわ」
「つまらないな。・・・なあ」
「なんだ」
「好きな子の話でもするか?」
「しねえって言ってんだろ!ガキでもあるまいし早く寝ろ!」
はあはあと肩で息をしている宮の主を前に「つまらん」とアイオロスは天井を仰いだ。
「俺はな、デスマスク」
「・・・」
「無視か。まあいい。聖闘士になって後悔したことは一度もないんだ」
「・・・へえ」
お前は?と聞かれたデスマスクはそっけなく答える。
「さあな。考えたこともねえ」
「そうか。俺たち、何回死んで生き返っているんだろうな」
「さあな。もう忘れた」
本当だった。命日が多すぎて思い出せない。
「けどよ、アイオ」
「アイオロス。天国地獄大地獄、天国地獄」
「おい」
「デスマスク。天国地獄大地獄、天国地獄、なんだお前もか」
俺たち仲良く地獄行きだな!とアイオロスはほがらかに笑った。
「まあせいぜいコキュートスだからそれは良しとして、しかし大地獄とはどこだろうな?」
「寝てくれ頼むから」


<夢の国へ行きたい>

「おいデスマスク、なんて格好で聖地に来ている!」
「はあ?なに着ようが俺の勝手だろうが。つかカノンなんだ聖地って、ただの遊園地じゃねえか」
「馬鹿か貴様は。ネズミーこそ我らが聖域よ」
「お前・・・聖域からも海界からも追い出されんぞ」
「カノンもカミュもなぜ頭から耳を生やしているんだ」
「そうだ、アフロディーテの言うとおりだぞ。お前ら恥を知れ!」
「黙れ!耳は我らのヘッドパーツなのだ。そうだなカミュ」
「いかにも。心してかからねばならないのだ。そんな軽装・・・本当にやる気があるのか?」
「ちょっと待て。すごく呆れたような目を向けられているが、これひょっとして私が悪いのか?」
「いや、俺らに非は毛ほどもねえよ」
「カノン、カミュ!貴様らは間違っている!」
「まさかミロがまともだと・・・?」
「パークに入る前からカチューシャは早すぎるって!入ってからおそろいつけようぜ」
「残念だがコイツもアホの仲間だったみてーだわ」
「ああ・・・馬鹿ばっかりだ」
「だがミロよ、もうすぐそこに見えるではないか。決して早すぎることなどない。むしろシベリアではこれが当たり前なのだ」
「なにっシベリアでも!」
「おい引率、サガ、頼むからこのアホ共を止めてくれ」
「ああ分かった。だがデスマスク・・・シュラが片時もパークの地図から目を離さないのだが」
「まず二手に分かれ、それから更に分散し・・・手前はそれほど混まないからお土産と食糧だな。おい、全員パスを預けるのを忘れるなよ」
「うっそだろ、まさかコイツまでもネズミーの刺客だってのかよ・・・もうぜってー一緒に酒飲まねえ」
「安心しろ、シーのパークではアルコールも提供される」
「ならずっとそこいるわ」
「私もそうする。貴様は思う存分アトラクションを楽しんで来い」
「ムウよ、ネズミーとやらで聖戦でも始まるのか?」
「老師、あそこは本来それほど恐ろしい場所ではありません。この者たちがおかしいのです」
「いいえ老師!乗り物によっては死人が出ると言っても過言ではありません。心してかからねば!」
「シュラ・・・頼むからお前ちょっと黙っとけ」
「シャカ、シャカ、気でも狂ったのですか。なんですその巨大過ぎるリボンは」
「カミュに着せられたのだが」
「これは特注のヘッドパーツだ。ムウの分もある、ほら」
「ほらじゃありません、いりません」
「断られてしまった・・・ではミロ、つけるといい」
「サンキュ!」
「濡れてもいいように全員着替えは持ってきたな?おいデスマスクにアフロディーテ、聞いているのか」
「聞いてねえよ!お前俺の知っているシュラじゃなくて怖えーわ!」
「お前はあちら側の輩だということがよく分かった。私とデスマスクはアルコールが飲めるレストランにずっといるから君たちだけで楽しんでくるといい、なんかもう疲れた・・・」
「老師も、我々と同じヘッドパーツをつけて下さい」
「ふむ、これがヘッドパーツとな?」
「老師、だまされてはいけません!こんなもの、聖衣でもなんでもありません!」
「ムウよ、どうやら貴様にもヘッドパーツが必要なようだな・・・」
「あっカノン、なにを・・・っああー!」
「フッ、よく似合っている」
「可愛いぞ、ムウ!俺たちとおそろいだな!」
「カノン、カミュ、ミロ・・・この屈辱、絶対に忘れませんよ・・・!」


<そうだ、Ωを観よう!>

「よし・・・準備はいいな?行くぞ」
ミロが電源を入れると、サガはぽつりと呟く。
「我々も歳をとったのだな・・・」
「言うな、サガよ。次世代の活躍を見守ろうではないか」
なぐさめあう年長組をよそに、この場に酒がないことを知って失望したデスマスクとカノンのやる気はもはや毛ほどないに等しい。
「あなたがたはまったく・・・そんな態度でよく黄金聖闘士を名乗れますね」
「まー俺はとっくに聖衣に見放されてっから?」
「俺にいたっては聖闘士でもなんでもないしな」
ため息をついたムウは諦めて画面に目を向ける。
ゆくゆくは自分の愛弟子の活躍が見られるかと思うと、一話たりとも見逃すわけにはいかない。
「おいそこ!始まるぞ、静かにしろ!」
オープニングが流れた瞬間、誰もが同じ疑問を頭に浮かべる。

Ωってなんだ。

「そもそも主役は星矢じゃないんだろう?それをごまかすためのΩか?」
「ミロ・・・誰も言わなかったことをあっさり指摘するとは」
おののくシオンにカミュはさらなる疑問を口にする。
「星矢に比べ、この光牙という少年はずいぶん線が細いようだが・・・修行に耐えられるのか?」
「つーか学園ものってどうなの?この業界、ラブコメ要素なんか1ミリもねえだろ」
「女はみんな仮面をつけて・・・いない」
デスマスクとカノンはユナの姿を目にした瞬間、あんぐりと口を開けた。
「え?え?シオン様これいいんですか?」
「うう・・・私に振るな、具合が悪くなってきた・・・」
紫龍の息子も出るんですよね?と勢いよく尋ねるシュラに、童虎は笑顔でうなずく。
「もちろん。龍峰といって、両親の良いところを受け継いだ見込みのある子じゃ」
誇らしげに語る彼はもはや祖父のような感覚なのかもしれない。
「おい待て。やっぱり他の女どもは仮面付けてるぜ」
「やはりこいつが異端児というわけか・・・しかし、不安を誘う光景だな」
デスマスクとカノンは画面から目を離そうともしない。
彼女以外の女子生徒は、首から下だけ見れば可愛らしい服装をしているのに、表情は銀色の仮面で読み取ることはできない。
「というか聖衣、携帯可能なのだな」
アフロディーテの指摘にアイオリアは同意する。
「こうなるとまるで、黄金聖衣の方が旧時代の遺物のようだ」
「真面目に持ち運んでいた俺ら馬鹿みてぇじゃねえか」
嘆くデスマスクにサガは、
「貴様がまともに持ち運んでいるのを見たことがない」
と冷たい視線を向けた。
憧れの黄金聖衣が実はボックスタイプだと知ったら、彼らはどういう反応を見せるのだろう。
「こんな甘っちょろい試練、星矢たちなら五感をはく奪されても余裕だろう」
鼻を鳴らしたミロの言葉にカミュは頷いたが、傍から聞くとそれもおかしいことに誰も気づかない。
そして次の瞬間、彼らの視線は一斉に画面に注がれた。

ヒドラの市がいる・・・!!!

「市・・・あいつまだ進路決まっていないのか」
「カノン、せめて方向性といってやれ」
驚愕している弟にサガは冷静に声をかけた。
「さすがに情けないだろう・・・」
ふと、アルデバランは言った。
「だが黄金とはいえ俺たちだって、属性なんかないぞ?」
自分たちが市とそう変わらない場所にいることに気づいた彼らは、遠い目をしてエンディングを迎えた。



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