「土方さんのばかっっ!!」
屯所中に響き渡るんじゃないかというくらいの大声でそう怒鳴った私は、驚いて目を見開く土方さんに手に持っていた彼の白いワイシャツをおもいっきり投げつけた。
「って、なんだ急に」
「土方さんのばかっ、ばか」
「あぁ?」
「浮気者っ」
「…浮気者ってどういうことことだ………っ!?」
ぐっと眉間にシワを寄せながら土方さんは私が投げつけて丸まったワイシャツを手にとってゆっくりと開いた。
そのシャツの隅っこには真っ赤なキスマークが一つ。それが私の怒りの原因、女中の仕事で洗濯しようとしたら見つけてしまったのだ。
ほんのり煙草の匂いが残る土方さんのキスマークつきのワイシャツを。
「……んだよ、これ」
「……とぼけないで下さい」
「こんなもん俺ァつけた覚えはねェよ」
「キャバクラか吉原にでも行ったんじゃないですか?」
「………」
図星か、けど土方さんの場合そういった場所には付き合いで行っただけなのだろう。
そんなことは本人の口から聞かなくたってわかる、わかってる。だけど私が言いたいのは私が怒ってる理由はそういうことじゃなくて。
土方さんは仕事が忙しくて私との時間は全く作ってくれないくせに(最後にいつ二人で過ごしたかもう覚えてない)それなのに付き合いだからといって何度もそーいうお店に行って他の女の人と会ってるのが、単純に嫌だ。
実際私よりお店のお姉さん達のが土方さんと一緒にいる時間が長い気がする。それに偶然こんなくっきりキスマークつかないし。彼女の私への当てつけなのか?宣戦布告か?と色んな思考が巡る。
悔しさと、もやは肩書きだけの恋人という敗北感。
いつまでも大人しく待ってるだけの女に私はなれない。もっと私とも一緒にいてほしい、もっと私を見てほしい、わがままなことなのかもしれないけどそんな思いが溢れて、気づけば私は土方さんに馬鹿馬鹿と連呼していた。
「っおい!なまえ!」
そして泣きながら部屋を飛び出した。
*******
その日から数日が経った。
私はあれ以来土方さんをあからさまに避けてまともに口も聞いていない。
彼も彼でどうやら仕事が忙しいらしく、こっちに構ってる暇もないのか私達の元々遠かった距離は更に広がっていった。
そんな私達の異変に真っ先に気づいたのは、奴だった。
「ついに土方の野郎と別れたんですかィ?なまえさぁん」
なんとも憎たらしい口調で頭にふざけたアイマスクをつけたまま問いかけてきた沖田くん。
私は一旦洗濯を干す手を止めて、沖田くんを横目で睨む。
「別れてない………まだ、」
「じゃあこれから別れる予定つーことですかィ?そりゃァいいや」
ニヤニヤしながら人の不幸を楽しそうに眺めるのは彼の悪い趣味であろう。
まともに相手してもしょうがないので私は再び手を動かし始めた。
「で、別れの原因はなんなんでさァ」
「……だからまだ別れてないってば」
「でも”まだ”って事は別れるつもりなんでしょう?」
「………まぁ」
もうそろそろ潮時かなぁって思ったから。
土方さんと恋人らしいことなんて今までそんなしたことないし。いっそこんなポジション手放した方が楽な気さえする。自分で言ってて悲しくなるけど、もうどうしようもない、それが現実なのだ。
私がそう言うと沖田くんはへ〜っと生返事。
自分から聞いといてなんなんだこいつと頭にきたけどもうこの際だ。全部話してしまおう。そしたらすこしは気が晴れるかも。
「土方さんのシャツにキスマーク、ついてたの」
「あぁ、やっちまったねえ土方」
「それだけが原因ではないんだけど、もう心が折れそうで」
他の女の宣戦布告だとしてももう戦う気力がない。戦意喪失である。
「男なんて浮気する生きもんですぜ、なまえさん」
沖田くんがぽんぽん私の肩を叩く。自分から話しておいて彼に慰められるとより落ち込むのは何故だろう。なんだか視界が滲んできた。
そもそもあんな男前の人の恋人が私みたいなちんちくりんなこと自体おかしな話なんだけど。…好きだった、不器用に優しいところ。
縋りたい気持ちもあるがこれ以上、土方さんの仕事の邪魔にもなりたくない。鬼の副長として凛と背筋を伸ばして前を向いてる姿も、好きだったから。
「あーあーンな顔して、だからなまえさんはダメなんでさァ。泣く前にもっとやることあんだろィ」
「やること…?」
自分探しの旅にでるとか?と言ったら深くため息をつかれてしまった。
「目には目を歯には歯をつーだろィ。なぁに簡単なことでさァ」
沖田くんの瞳が怪しくひかり、同時にぐいっと強引に腕を引かれた。
手に持っていた真っ白な洗濯物が宙を舞って地面に落ちる。気づいた時には私は沖田の腕の中。
「ちょっ沖田くん……!なにしてんの!」
「浮気されたらやり返す。俺がその相手になってやりまさァ」
「えっ?えっ!?」
なにがなんだかわからずパニック状態。どういう流れからこうなったのか理解できず私は沖田くんの腕の中で固まった。
そうこうしてるうちにも後頭部にはいつの間にか腕が回って、沖田くんの顔が徐々に近づいてきて………あ、ダメだ。そう思ったその矢先、
「なにやってんだ、てめえら」
唇が触れ合う寸前で、誰かに首根っこを掴まれ勢いよく後ろに引かれた。
この声に苦い煙草の香り、なんだかとても懐かしく恋しく感じて胸が切なくなった。
「やだなあ土方さん、お楽しみ中ですぜ。邪魔しねーでくださいよ」
「……総悟てめえ」
へらりと悪びれもなく笑う沖田くん。それとは真逆に土方さんは声色からして怒っているのがわかった。顔を上げればいつも以上に開ききってる瞳孔と一瞬目が合って、思わず息を飲む。
「人のモンに手ェ出してんじゃねえ」
「手ェ出されねえように手綱握っておかなかったのは土方さんですぜィ?そんなんじゃいつ横取りされても文句は言えやせんぜ」
「てめえにこいつを渡すつもりは微塵もねーよ」
土方さんはそれだけ言い残し、行くぞっと言って私の腕を引いた。
行くってどこに?と疑問を抱きつつ私は黙って彼について行く。
そんな私達をニヤニヤしながら沖田くんが見ていたこともしらずに。
露草
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