毎日仕事終わりは疲れてクタクタになる。
残った僅かな力で誰もいない真っ暗な家に帰ればまずは溜まった洗濯物が私をお出迎え。からのご飯作ってお風呂沸かして休日少しでも楽にしようと掃除機かけて…この疲れた身体で家事三連コンボをこなすのはどれだけ骨が折れる事だろうか。ああ、しんどい………
と、いうのがついこの間までの私。
今思うとそんな生活ですら平和で穏やかなものだったのだと彼を拾ってから、私は初めて気付かされた。
「ただい………なにこれ」
仕事が疲れるのは変わらないのに、ある日を境に帰宅してからの生活が変わった。
家に帰ってから第一声に「なにこれ」っていう事が増えた。
「あ、おかえりなせェなまえさん」
「うん…た、ただいま…じゃなくて」
何おかえりって言葉に胸を温かくしてんの私。
いつも出迎えてくれるのがタマ(一人暮らしが寂しくて飼い始めた猫)だけだったからって。
「なんでこんなに床濡れてんの、しかもこれ……」
濡れた床の先に濡れた私のパンツが落ちていたのだった。
「あ、やべえ干し忘れでさァ」
「あ、いい!もうそれ私干すから!沖田くんは床拭いて…」
パンツに手を伸ばした沖田くんを慌てて止め、かわりに雑巾を渡す。
沖田くんの「ヘ〜い」という怠そうな返事を聞きながら生憎の天気で部屋干しになったであろう衣類を見れば水が滴り、床に水溜りが出来ていた。
洗濯を回してくれたのは有難い…が、彼は脱水という機能を知ってるだろうか。
一昨日は浴槽をタワシで洗っちゃうし、昨日は「掃除機だりィからルンバ欲しい」と駄々をこねられた。
説教すればうるさいババアだという目で見られるし私まだ25だし沖田くんが若すぎるだけだし20ってなによ。
もう、色々と疲れる。
「ねえねえなまえさん」
「…なあに」
「なまえさんって、もしかして処女ですかィ?」
パンツ見られたくらいでそんな凹むなんて。
ぷぷぷと口に手を当てながら私の肩を叩いた彼に晩御飯はキャットフードにしようと神に誓った。
そもそも私もどうかしてる。
夜道で倒れてた彼を拾ってそのまま家に住まわせてるなんて。
最初は弱った沖田くんを一日家に置いてあげるつもりが「帰る場所がねえ」なんて子犬みたいな顔するからまんまと二つ返事しちゃったけど今ならわかる、あれは完全に猫被ってたんだなって。
「なまえさん……なんですかィコレ」
「キャットフードだけど」
タマの伝説!と書かれた猫缶をにこやかに沖田くんに渡す。
「んなもん見りゃわかりまさァ。俺が聞きたいのはなんでキャットフード?」
「私、考えたんだけど」
沖田くんを異性として意識すると生活する上ですっごく疲れるから、
「今日からタマの兄弟だと思うことにしようかと」
「俺は猫の弟なんていりやせん。第一なまえさんちの猫太りすぎですぜ」
「いや、沖田くんが弟の方」
「………」
か、勝った…!
沖田くんを拾ってうん日目。今までやられっぱなしだったなまえ、初めて沖田くんを黙らせる事に成功いたしました…!
清々しい気分のまま晩御飯を終えお風呂に入り歯を磨きそのまま消灯。
沖田くんはリビングのソファーで、私は自室のベッドで眠りにつくのだが。
私が部屋に戻る前、沖田くんは平然と言った。
「そういや今日、掃除機かけてる時思ったんですけどこの家……でるんですね」
「……え?」
「俺、強いんで。おやすみっす」
「え、えっえ、?ちょっと?でるって、強いってなに…!?」
おやすみっすと言って僅か数秒。
私の声を無視しソファーから寝息が聞こえた。 寝るの早すぎだろ、の◯太か!なんてツッコミは沖田くんには届かず。
暫くその場で固まってから重たい足取りで部屋へと戻る。踏み出す度軋む床の音にさえ恐怖心を煽られ泣きたくなった。
…こういう時、傍にいてくれる人がいたらって本当に思う。
ホラー映画のCMだけでも足が震えるし、子供の頃から心霊番組は大の苦手だった。
今日は月明かりもなく部屋がやけに薄暗い…確か沖田くんを拾った日も天気が悪くてら辺りがいつも以上に暗かった。
上京して早数年。慣れない東京での生活、真っ暗な夜道で恐怖心からあの日彼に縋ったのは、もしかしたら私の方なのかもしれない。
「なまえさん。なにやってんでさァ」
「ーっ、お、沖田くん。……寝たんじゃなかったの?」
部屋の隅で毛布を頭から被る私を沖田くんは呆れた目で見てる。身体は震えてるくせに強がろうとする私はなんなんだろうか。
「一日だらけてただけなのにんな早く寝れやせん。…まさかそんなに怖がるなんてねィ」
「べ、別に!怖いわけじゃないから、……放っておいて…」
「へいへい。なら、今日は一緒に寝やしょう」
「あの、私の話聞いてた?」
「なまえさんのためじゃねえ、俺が寂しいから一緒に寝て下せえよ」
ほら早く、と腕を引かれベッドの上に乱暴に放られた。沖田くんはソファーからクッションを持ってくると狭いシングルベッドに潜り込んでくる。
「っねえ、流石に一緒のベッドで寝るのは色々と…」
「俺はタマの弟なんだろィ?なら問題ねーだろ」
「っぐ、」
さっきは勝ったつもりだったけど、結局あの言葉が裏目に出てしまった。
押し黙る私に満足気に鼻を鳴らすと沖田くんは私の髪をさらりと撫でる。恐怖心はだいぶマシになったけど別の意味で全く寝れそうにない。
沖田くんの無駄に整った顔、綺麗な紅の瞳に私が映った。
「俺はなまえさんに拾われてよかったと思ってまさァ。あのままじゃ凍えじんでたしねィだからなまえさんも、すこしは俺に甘えて下せえ」
「う………うんっ」
「そんでもって、ダブルベッド買いやしょう。せまい」
くっつかないとどちらかが落ちてしまうくらい狭くて、自然と距離が縮まる。
一晩なら我慢できる、毎日これだときついけど。
「でもそれ以前に毎日一緒に寝るわけじゃあるましい、ダブルベッドはいりません」
「…かわいくねえ。じゃあせめて毎週火曜、ベッドの日として一緒に寝やしょう」
「ネーミングセンス…、ハグの日とは訳が違うんだけど」
サブスクで熱心に観てたよね、昔流行ったあのドラマ。
いつもと同じベッドなのに今日はすっごくあったかい。人の温もりってこんな感じなんだって、なんか身に染みる。
疲れるけど、こういう生活も悪くない…なんて単純だろうか。
ベッドの際に寝転ぶ私の腰を、落ちないように片手で抱き寄せた沖田くん。思わずびっくりして肩が跳ねた。
「なまえさん」
「な、なに…」
「やっぱ処女ですかィ?」
今すぐベッドから蹴り落としてやりたい。
沖田くんを、拾う
翌る日、部屋の隅に気休め程度の盛り塩をする私を沖田くんはつまんなそうに見つめていた。
「それ意味あるんですかィ」
「まあ、ないよりはマシかなって」
「んなもんよりブラックキャップがおすすめでさァ」
「なぜに?」
それ、ゴキブリ用ですが。
「昨日出るつったのはゴキブリの事ですぜ、俺ああいうタイプの虫には強いんで」
まあ、何と勘違いしたかは知りやせんが。なんて全く悪びれない顔した沖田くん。やっぱり今すぐ追い出してやろうか。
露草
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