「え、却下?な、なんでですか?」

「今なまえ先生に抜けられたらねーうちの学校は死人が出ちゃうから困るんですよー」

「じゃあ辞めます。割に合わないので」

「待って!それだけはなんとか!!給料めちゃくちゃ上げるので!」


辞めるつった途端に態度変えやがって!突き返された異動願いを握りしめ校長室を後にする。
…まあ元々教員の異動は難しいし、神頼みレベルだったから期待はしてなかったけど。給料次第では今度ほんとに辞表を叩きつけてやる。


「やっほー待ってたよせんせっ。どこ行ってたの?」

「何故いる」

「毎回理由を求めるのそろそろやめない?」


保険室に戻ったら神威くんがベッドで踏ん反り返っていた。家か、くつろぎすぎだろ。


「そこ病人しか寝れない所なの。君は一生使う機会ないでしょ」

「えー保健室のベッドって他にも色々使い道があるでしょ。俺が教えてあげようか」

「AVの見過ぎ。これだから思春期は」

「すぐその発想に至る先生こそ欲求不満?普通に疲れたせんせーに仮眠のお誘いだったんだけど」


こいつ…!ぐしゃっと手に持っていた封筒が悲惨な音を立てたので、そのままゴミ箱に放り投げた。
ニコニコ相変わらず人を煽るような笑顔を浮かべる神威くんに、ふと海坊主先生の言葉を思い出す。

縋ってやろうじゃないか、親父の勘というやつに。


「じゃあお言葉に甘えてとらせてもらおうかなー、仮眠」


始めて出すような甘えた声で元々横になっている神威くんの横に、わざとらしく一つに結っていた髪を解き寝転んでみた。

因みに私は一年前に別れた元彼しかまともな交際経験はなく、そんな貧相な装備で目の前にいるこのクソガキに本当に叶うのかどうか、かなり不安である。


「どうしたの神威くん、そんな驚いた顔して」

「先生こそ珍しくノリ気だね、どんな心境の変化?」


いつもの腹立つ笑顔ではなく、初めてキョトンとした神威くんと目が合った。

目の色綺麗だな…じゃなくて。

少し首を傾げた神威くんのアホ毛が、釣られてゆらゆら揺れている。隙を突かれたら負けだ、堂々と答えなければ。


「君、顔だけは綺麗だよね。見てたら簡単に気くらい変わるわよ」


自分の台詞に自分で鳥肌を立てながら、やたらと白い神威くんの頬に手を添える。
海坊主先生の言うことが本当ならこれで彼も目が醒めるだろう。いざ20代とは言え、年の離れた女に突然迫られたら頭の可笑しい神威くんだってこわが…


「いいの?そ、なら遠慮はいらないね」


添えていた手をムードの欠片もなくまさにガシッと掴まれて目を剥いた。そして同時に横にいた神威くんが残像に見える速さで馬乗りになってきて、情けなく口を半開きにしたまま固ることしか出来なかった。


「あれ、どしたのせんせー?そんな固まっちゃって。優しくは出来ないけど痛くはしないからだいじょーぶだよ」

「ちが、ちがくて」

「せんせーは俺の顔だけ見てればいいから」


見た事ない狩るような眼差しに近づいてくる唇。
冷たい汗が背中を伝って、


「っだから違うって!!」


勢いよく立てた膝は見事に神威くんの鳩尾にヒットし、ほんの一瞬だけ手首を掴む力だ緩んだ隙にベッドから脱出した。


「女にこんな強い蹴り食らったの初めてだよ。ははっ」

「何で笑う?痛くないの?こわいって!」

「痛いワケないでしょ。あんま嘗めないでよ、俺の事。せんせーの考えてる事分かりやすすぎるし」


またいつもの顔で体勢を立て直し、ベッドに胡座をかきながら楽しそうに左右に揺れる神威くん。
動きに合わせて揺れるアホ毛が、よりこちらを煽ってるように見えてつくづく嫌になる。


「やっぱせんせーはそのくらい威勢がないと面白くない。簡単に手に入ったらつまらないもん」

「…っあんたねえ、生憎だけど先約あるから」

「フラれた元彼?」

「違う!!!」

「…俺、好きなおかずは最後まで取っておくタイプなんだよね」


神威くんが急にどうでもいい情報を公言した所でタイミングよくチャイムが鳴った。
「残念だけど、そろそろ行かなきゃ」と立ち上がった神威くん。授業も受けないくせにどこ行くねんと関西人バリのスピードで突っ込みかけたが、早くいなくなってほしいからでかかった言葉はすぐに飲み込んだ。


「だからまず、危険な芽は摘んでおかないと」


去り際に、先程私が投げ捨てた異動願いをゴミ箱から拾い上げると、封筒を二つに破った神威くんはそれをまたゴミ箱に放った。


「待って、なんかした!?校長先生の家族とか人質にとった!?」

「ははっ、そこまではしてないよ。また明日ねーせんせっ」

「もうくるな!」


保健医になって早3年とちょい。

奴が卒業する前に絶対私がこの学校の教員を卒業してやる。
そう心に決めたと同時、とりあえず親父の勘だけは二度と信じないことも誓った。

露草

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