D-2

会社を出たら眩しいくらい綺麗なイルミネーションとは対照的に外は凍てつくような寒さだった。

沖田くん、今どこにいるんだろう。電話帳を開いた瞬間に画面が真っ暗になってうんともすんともいわなくなってしまったスマホ。…今日は一日パソコンの横に転がってずっと充電してなかったら無理ないか。

なんとなく家で待ってても会えない気がして会社の最寄駅近く、よく待ち合わせ場所にする古びた時計台の下で暫く待機してみることにした。元は、仕事終わりにここで落ち合う予定だったから。つくのはかなり遅くなっちゃったけど。

腕時計もしてないから会社を出たっきり時間もわからなくなって、道ゆく人が若いカップルからちょっとずつ酔っ払いになってゆき。

…終電がなくなる前には流石に帰らないと。大きく吐きだした息が白なって空に昇っていくのを見上げていたら視界か一瞬にして暗闇に包まれた。

「っなに!?」

頭上に感じる柔らかな感触。手にとってみたらマフラーだった。嗅ぎ慣れた香水の匂いが鼻を掠めて、顔を上げたら目があった。

「なにやってんでさァ。こんな時間に一人であぶねーだろィ」

「お、きたくん…」

ほんとに、きた。
来ると思ってたから待ってたくせに、いざ目の前にしたら名前を呼ぶ自分の声があまりにもぎこちなくて。

「…待ってた。今日ご飯行く約束してたから」

「今の時間わかってやすかィ?もうどこも店閉まってまさァ」

「じゃあ沖田くんはなんでここ、…きたの?」

体を反転させて背後に立っていた沖田くんと向き合う。ここはたまたま通り道になるような場所じゃない。だからいつも待ち合わせにしてたわけだし。探るような聞き方に自分でもずるいと思った。

「今日、…飯に行く約束してたんで」

視線を逸らして白い息と共に呟いた沖田くんは近くの公園へと向かって歩き出した。その後ろを一歩遅れてついて行く。沖田くんの手には会社用の鞄と一緒に高そうな紙袋がぶら下がっていて、やっぱり食事会にはちゃんと参加したみたいだった。

薄暗い街灯の下に一つ寂しく置かれた公園のベンチに並んで座る。
何から言おうか悩んでる時間なんてないのに、今沖田くんが何考えてるかわからなくて少しこわかった。

地面に向いていた沖田くんの瞳がこちらを見て、自然と背筋が伸びる。

「…すいやせん、なまえ先輩、俺ァ」

「ちょ!ちょちょっと待って」

切り出し方的に早速よくない話な気がして、慌てて沖田くんの口を塞いでしまった。ぐっと眉間に深く寄った皺に確かに雰囲気に似つかわしくない行動だとは自分でも思ったけど。

先に言われちゃったら、もう本当に取り返しがつかない気がしたから。

「…今から行かないでって言うんじゃもう遅い?」

昨日あんなこと言ったくせに、今更って思われるかもしれないけど。
今言わないと後悔する、結局思ってることは沖田くんとずっと変わらなくて、最初から迷う余地なんてミリもなかったはずなのに。

「私にも、沖田くんの替わりなんているわけないのに…当たり前のことっ昨日は言えなくてごめん」

ぽたぽた頬を伝ってこぼれ落ちた涙が再びスーツにシミをつくる。泣くつもりなかったのに気持ちが昂ってまた止まらなくなってしまった。ただでさえメイク崩れてるのに今、すごい酷い顔だと思う。

口を塞いでいる私の手の力が緩んだ隙に、沖田くんによって掴まれた両手首。顔を隠すことさえ許されなくなった。

「遅えですよ、言うのが。」

「っやっぱり、もうっだめ?」

「初めからそうやって言ってくれりゃあ今日行かなくてすんだのに」

伏せられた沖田くんの目にやっぱり振られると思った。

けど、沖田くんは掴んでいた手を引いて私を腕の中に閉じこめる、苦しいくらい強い力。


「…うそ、わかってやした。先輩の思ってることなんて最初っから全部」

一丁前に先輩ぶって、そのくせ肝心なことは黙りで昨日は心底ムカついた。今日だって一切話しかけてこねえし、俺って引き留める価値すらねーのかって。
だから当てつけのつもりで食事会に行ってやった。

けど、ほんとはわかってた。

昔クソみてえな上司の婚約者に迫られて断ったあとイタイめみたのなまえ先輩は知ってたから、俺のこと考えて送り出そうとしたことくらい。
でも、それでもやっぱり余計なこと考えねーで真っ先に俺を選んでほしかった。なんなら泣いて縋りつくくらいしてくれねえと

俺ばっかりいつもいつも先輩を追いかけてるみたいでフェアじゃねだろィ。


「すいやせんでした。意地張って、拗ねちまって」


だけど結局、ンなとこも全部含めて俺はこの人がすきだ。


「謝らないでよ。私の方が沖田くんの気持ち考えてなくて…っ結局、間に合わなかった」

「先輩。なんか勘違いしてるみてえですけど。そこら辺のことはしっかり断ってきやしたぜ」

「っへ、」

沖田くんの言葉に数回目を瞬く。だって、神妙な顔だったし、てっきり別れ話されると思ってたから。

「でも、食事会には行ったんだよね?」

「ローストビーフがうまかったですぜ」

「じゃなくて、」

行った上で専務の前で断ったの?しかも肉食べてるし…なんというメンタル。鋼通り越してダイアモンドなんだけど。

「娘の方には多少粘られやしたが、専務の方が話のわかる人でねィ婚約者がいるつったらクリスマスに呼び出して申し訳ないって逆に頭下げられちまいやした」

「そ、そうなの…?」

「だから最悪の事態どころか、結果的には俺たちの取り越し苦労ってわけでさァ」

「なんだ…」

なあんだ、笑っちゃうくらい拍子抜けした。
専務がそんなにまともな人だったなんて。よくも悪くも変な人人多い会社だしうちは。
体の力が抜けて沖田くんに体重を預ける。頭に添えられた手に、一日中付き纏ってた錘が溶けて行くようだった。

「昨日、姉さん家に泊まったんでさァ。そしたら姉さんの旦那に説教くらいやした」

「あ、だからスーツ…」

ほんのり煙草の匂いがすると思ったから、これはお姉さんの旦那様のものだったのか。

「普段からいけすかねえ野朗なんでィ。ガキって言われて頭きたんでマヨネーズに唐辛子だけ仕込んで帰りやした」

「う、うん?」

「今思うと自分でもガキだと思いやす。でも、おかげで先輩の本音が聞けたんで満足…つーのと、安心しやした」


ちゃあんと、愛されてるみたいで。

沖田くんの独り言みたいな呟きが耳を掠め、見ればいつもみたくこちらの反応を探るように意地悪く笑ってた。

ここで照れたら、負けだ。じっと沖田くんのことを見つめ返す。

「好きだよ、おっ…総悟のこと。ちゃんと」

「…今日は随時とサービスがいいじゃねえか」

「た、たまにはね」

「なまえさん」

不意打ちで呼ばれてぴくりと体が反応する。

冷たくなった私の手を取って沖田くんは自分のコートのポケットに入れた。

指先が、固い何かにこつんと当たった。


「本当は店で思い切りカッコつけて渡そうと思ってたんだけどねィ」

でもまあ、よく考えたらそんなの柄じゃねえし。

ある意味こっちのが年取って思い出した時、いい笑い話になりそうって、そう思いやせんか?

「先輩としても妻としてもこれからも末永くよろしくお願いしやすね」


ね、なまえせんぱい?

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露草