D-1

仕事が終わって、その日は一切口を聞かないまま。
わかってはいたが帰りに待ち合わせした最寄り駅に待ち人はこなかった。

仕方なく一人で灯りのついてない真っ暗な家に帰って。やたらと広く感じる部屋に心に穴が空いた感覚がした。

結局その日、沖田くんは家には帰ってくることはなく。

次の日になり昨日とは違うスーツを着ていつも通り出社してきた沖田くん。一瞬だけ目が合ってお互いに自然と逸らして自席についた。…どこ泊まったんだろう。そんなこと聞けるはずもなく、というか話かけられるはずもなく。
世間はクリスマスムード一色で街は緑と赤の装飾で溢れてるというのに。昨日の朝の幸せなムードはどこへやら。私の世界は白黒、最早葬式状態だ。

今日は予定があるからと口を揃えてほとんどの人が定時で上がって行く中、沖田くんも日が沈みきる前に同様にオフィスを出て行った。
一方私は一人の家には帰りたくなくて、いらない仕事引き受けて無駄に残業してしまった。

ほんとは今頃私だって美味しいご飯食べてるはずだったのに。…行きたかった、韓国料理。今年のクリスマスも一人で過ごすことになるなんて。

カレンダーの12月24日の所、昨日の朝自分で囲った赤丸を見て口から吐き出されたため息はとても重い。

沖田くんはお食事会には行ったかな…行ったか、仕事中よく時間気にしてるみたいだったし。

自分のせいでこうなったはずなのに今日はずっと胸が苦しい。

いつも真っ直ぐ想いを伝えてくれて、誰よりも大切にしてくれる沖田くんが好きだった。
もしこのまま別れることになったら正直一生引き摺るしもう二度と恋愛なんてできないけど。今更引き留めることもできないし、痩せ我慢して先輩ぶって、結局泣いてたんじゃ笑えてくる。

「うわ、なにやってんのお前」

突然フロアが一気に明るくなってびっくりした。
入り口付近に立っている見慣れたもじゃもじゃ頭に泣いてたことバレたくなくて慌てて涙を拭う。

向こうも人がいると思わなかったのか幽霊でも見たみたいな顔して立っていた。

「なにって、っ残業ですよ残業。年末近いしこっちは忙しーんです」

「そのわりにはみよじしかいねーじゃん。なに、イブだっつーのに予定ねえの?」

「お互い様でしょうそれは」

「俺ぁラブホが埋まるだけのイベントには興味ねえんだよ。どっちかってとバレンタインの方が好き」

…そのわりには手にファミチキなんか持って寂しいクリスマスだこと。匂い嗅いだらお腹空いてきた、お昼あんま食べれなかったし。
許可なく隣に座って「食べる?」と袋から出したチキンを一個くれた坂田さん。部署違うのになにしにきたんだろう。聞く前に有り難く受け取ってかわりにディスクにあった珈琲を一本あげた。

「ブラックじゃんこれ、どんだけ残業する気だよ。俺甘くないと飲めないんだけど」

「じゃあ飲まなくていいです」

「機嫌悪ィな、あれだろ?沖田くん略奪されたから」

「…はい?」

「コンビニ行く時に見たけど。昨日の女と沖田くんが二人並んで会社出てくとこ」

チキンを口いっぱいに入れながらまた目からポロポロ涙が落ちた。スーツに沢山染みができて、坂田さんもまさか泣くとは思わなかったのか慌てて近くに合ったティッシュで顔を擦られる。メイク落ちるし泣き顔も見られるし最悪だけどもう、いいや。チキンを食べながら思い切り号泣してやった。引いた顔されたけどもう知らない。

「泣くか食うかどっちかにしろよ…つーかなに、マジで略奪されたの?」

「お腹…空いてたんです。了承済みなんで、略奪じゃありません」

お酒なしで坂田さんとまともに話すの、意外と初めてかも。
揶揄かうつもりで声かけてきただけだろうし、どこまでちゃんと聞く気があるのかはわからないが鼻を啜りながら力無く話始めた私に「専務の娘」と聞いて坂田さんはやけに納得した顔してた。

「どーりで見覚えあったわけだ」

「パーティーの時、一緒に挨拶行きましたもんね」

「それもあるけど普通に社員として働いてるぞ、そいつ。たまにコネ入社って噂されてる」

「私は社内で会ったことないです」

「フロアが違うからじゃねえの」

椅子の背にもたれながら伸びをして頭の後ろで手を組んだ坂田さん。そんなこと全く知らなかった。
坂田さんがやたら内情に詳しいのは長谷川部長とよく色んな飲み会に参加してるからなのかな。下世話な話多そうで参加したことないけど。

「でもって男癖、あんまりよくないって聞いたけど。専務の娘だからって色々とやりたい放題だって」

「…噂じゃなくて?」

「さあな。美人に陰口は付きもんだしい?でもって噂には尾鰭がつくもんだし。俺は関わったことねえから知らね」

話しておいて随分と無責任な。良い情報とも言いにくいし。…慰めてもらおうなんて最初から思ってないから別にいいけど。

「でも、実際沖田くんには権力チラつかせて近づいたわけだし強ち間違えではないんじゃねえの?少なくとも計算高そうって俺の見立ては当たってたな」

家での食事会って、専務もいたら普通は断れないでしょ。と坂田さんは言った。

「坂田さんは普通に断りそうですけど」

「さすがにそーいう所は弁えてますう。まあ誘われたことはねーけど」

「ですよね」

「話聞いてやってんのにえらい態度だな。というかさ、時間はいいわけ?」

坂田さんがPCの右下、今の時刻を指差して私を見る。
なにが?って顔したら額を軽く叩かれた。

「世間はクリスマスですよお嬢さん。泣いてる暇あったらさっさと行けば?沖田くんとこ」

「人の話聞いてました?それができたら最初から苦労しません」

「みよじの今の行動ってさ。沖田くんの為みたく言ってるけど、それって本当に本人のためになんの?」

「…それは、」

いつもは死んでる瞳が、見透かしたようにじっとこちらを見てくる。私がたじろいだ隙に捲し立てるように坂田さんは言った。

「何がアイツのためかはお前が決めることじゃないだろ。そーいう全部わかったような、見え透いた態度が沖田くんは気に食わねえんじゃねえの?」

「あいつが聞ききてえのは建前じゃなくて本音だろ」

口を噤む。

自分のしてることが正しいと思ってたわけじゃない。
ただ自分の為に何かが犠牲になるようなことしないでほしい、その一心で。

恋人としてじゃない先輩としての意見を沖田くんに押し付けた。

沖田くんはいつも真っ直ぐぶつかってくるのにそれを無視して、本当は行かないでほしいに決まってるのに。私は自分の本音は隠して。

沖田くんがそれを望まないなら私達にとってそれが間違った答えだなんて最初からわかってたのに。

俯いた私に椅子にかけてあった鞄を押し付けた坂田さん。「今後酒奢れよ」って言われた。
普段適当なくせに意外と面倒見は良くて、下からは慕われてるんだよなあこの人。

「じゃあこれ、お願いします」

自分のディスクに詰んであった書類の束をしれっと坂田さんの前に移動させた。

「それ変わりに終わらせてくれたら、今度奢ります」

「いやいやえげつい量あるけどコレ。伊達に沖田くんの彼女やってないのなお前!叙々苑じゃないと割に合わねえよ」

「牛角くらいで勘弁してください…色々、ありがとうございました」

立ち上がって頭を下げたら不服そう顔しながらも怠そうに返事がした。時刻は22時、今からでもまだ間に合うだろうか。

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露草