A-1

「俺は先輩に男として見られたい。………この意味、わかりやすか?」

わかると言えばわかる。でもわからないと言えばわからない。
というか心の何処かでわかっちゃいけないと思ってる自分がいる。
だって沖田くんのその言葉の意味を理解してしまったらもうただの先輩と後輩じゃいられないから。
でもまぁ一線を越えちゃった時点で、もう色々とアウトなんだけども…ね。
確かに熱帯びた瞳で真っ直ぐ見つめてくる沖田くんに一瞬ときめいた自分もいた、ノックアウトされかけた。
最初は受け入れがたかった現実も状況も全て覆された気がした。
だけど冷静に考えれば私が沖田くんに感じたこの感情が恋的なものなのかもまだよくわからないし。
今までただの後輩としか思ってなかった沖田くんと恋愛できるかと聞かれればそれもよくわからないし。
……私は沖田くんのこと、どう思ってるんだ?

ぐるぐるぐるぐる頭の中でよくわからない感情だけが、私の中で渦巻いていたのだった。



「ねーねーなまえちゃーん」

キーボードをカタカタリズムよく鳴らしながら今日中に提出しなきゃならない書類を作成してたら隣のディスクの先輩が声をかけてきた。
猫撫で声の先輩に若干不信感を抱きつつ私は一旦手を止めて先輩を見る。

「今日一緒に飲みに行こうよ!」

しかもトラウマの飲酒のお誘い。

「………すみません、私暫く禁酒しようと思ってて」

「え、本気?なまえちゃんからお酒とったらなんも残らないじゃん!」

「それは、…そうなんですけど、」

お酒大好きだけど、あんな事あった後で流石に飲む気にはなれん。
しかも二日酔いでまだ全然気持ち悪いし。

結局あの後、私達は別々にホテルを出て私は一旦家に帰りシャワーを浴びて頭を冷やしてから午後出社。
一方沖田くんは風邪で休む人が続出して人数不足となった部署の手伝いに駆り出されているため今日はこちらに戻ってくることはない。
つまり私は今日沖田くんと顔を合わせなくてすむわけだ。
よかったっと内心かなりホッとしてる。
いつまでもこんな中途半端な気持ちでもやもや考えてるわけにはいかないけど、せめて頭の整理がつくまでは…、

「なまえちゃん?何ぼーっとしてんの」

「え?……いやっなんでも、ないです」

「まっ、禁酒中なら仕方ないよね」

先輩はそう言って書類を束ねながらにっこり笑った。
ものわかりのいい上司をもって私は幸せだ。
なんて思いながら胸を撫で下ろしたのも束の間、

「でもお酒飲めなくても人数合わせにはなるしね」

「ん?………人数合わせって」

「だーかーら、お酒飲めなくても数には入れられるでしょ?女の子の人数一人足りなくってさーなまえちゃんを誘おうと思ってたの」

女の子の人数が足りない。数合わせ。
………それって、つまり、

「合コン、来てくれるよね?」

先輩のその言葉にピシリと凍りついた。
まさかこの状況でそんなものに誘われるなんて。
冗談じゃない、合コンなんて今まで経験したことないし、それに……。
不意に沖田くんの顔が浮かんでしまった。
なんで、ここでやつが出てくる。
今は関係ないじゃないか!ぶんぶん首を左右に振って沖田くんの顔を打ち消し私は断ろうと口を開こうとしたんだ、けども

「じゃ、そういうことで!私ちょっと書類提出してくるから」

有無は言わせてもらえないまま。逃げるようにオフィスからそそくさ出て行った先輩の背中を今にも灰になりそうな気持ちのまま見送った。

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露草