第五話

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──きっと、罰が当たったんだ。
私が皆の“家族”になってしまったから。
皆に甘えて、村から出て行かなかったから。
また、大切な人達を失ってしまった。
大切な人達から、大切な人達を奪ってしまった。

ごめんなさい。

ごめんなさい。

本当に、ごめんなさい──。






先日、再び村の近辺で変死体が発見された。ここ数ヶ月になって事件の頻度が増してきたように思える。それを恐れてか村人達は外出を控え、特に村の外への外出は避けるようになっていた。コムイが通う学校もこの現状を考慮して、暫くは休校に切り替えるそうだ。

「それじゃあ、行ってきます。」
『行ってきます。』
「ごめんね、二人共…。」
「大丈夫だよ、母さん。すぐそこなんだから、僕もいるしあやめは任せて。母さんは、リナリーの側に居てあげて。」

そんな中でリナリーが熱を出してしまった。念の為に医者に診せようと、今父親が医者を呼びに出かけていた。リナリーの看病をするべく、林檎や梨と言った食べやすい果物を買いにいくのには、コムイとあやめが率先して名乗り出た。看病の為リナリーから離れなれない母親は、そんな二人に心配そうな視線を送る。こんな時に子供達だけで外に行かせるのに、親として抵抗があった。けれど子供達は大丈夫だと言い張って、村の中心まで出かけていった。あやめはコムイに手を引かれながら、露店の並ぶ店をキョロキョロと眺める。今日は特に露店の数が多く、更に人も沢山溢れていた。実は前々から予定されていた小さなお祭りが、今日開催しているのだ。リナリーが熱を出していなければ、あやめ達も家族で参加するつもりだった。だけどリナリーが体調を崩してしまい、心配でとてもじゃないがそんな気分にはなれなかった。

「人が多いな…、これじゃ店に近づき辛い。」
『…お兄ちゃん、私そこで待ってようか?』
「あやめ、でも…。」
『大丈夫だよ。何処にも行ったりしないから!大人しく待ってられるよ。』

目的のお店に到着した二人は、少し離れた場所からそのお店を困ったように見つめていた。お祭りの影響か普段より店前が人に溢れていて、中々近づけないのだ。それはコムイ一人なら隙間を縫って入って行けるが、あやめを連れてとなると勝手が違ってくる。小さいあやめを連れていけば、人に潰されとても危ない。それを考えると、コムイはどうしても近づけなかった。しかしコムイの考えている事を察したあやめが、離れた場所で待っていると提案した。最初は妹をこの人混みの中一人にする事に渋っていたが、このままもたついている訳にもいかずやむを得なく了承した。

「…、分かった。すぐ戻ってくるからね。知らない人に着いていったりしちゃ駄目だよ。」
『行かないよ!ちゃんと待ってる!』

不安げなコムイを見送って、あやめは比較的人混みの少ない場所へと移動した。コムイを待っている間、あやめは暇つぶしに流れていく人々を眺める。お祭りとだけあって、やはり親子連れの姿をよく見かけた。仲睦まじいその姿に、あやめは自然と本当の両親を思い出していた。
もし、両親が生きていたら、自分もあんな風に笑っていたのだろうか。
今の“家族”に、不満がある訳じゃない。寧ろ幸せにすら感じられるくらいに、皆が大好きになっていた。比べられるものでもないと理解もしている。けれど、やはり両親は一番最初の家族で、特別なものだった。あやめは両親を思い出す時はいつも、無意識にお守りを握っていた。唯一の形見であるそれは、肌身離さず首から下げて持ち歩いている。小さな巾着袋の中には、あやめの瞳と同じ色の蒼い石が入っていた。

『(…あの時、お母さんは何て言ってたんだろ…。)』

海へ投げ出されたあの時、母親は何かを言っていた気がする。しかし襲い来る波と離されてしまった距離で、最期の言葉を聞き取る事は出来なかった。最も、今よりも幼かったあの時は両親を目の前で失ってしまう恐怖の方が強くて、聞き取れる心情ではなかっただろう。掌の上に乗せているお守りをあやめは大切そうに触れながら、ぼんやりと物思いに耽っていた。だがそれは突然視界に入ってきた誰かの手によって、すぐに現実に引き戻された。

『!?』
「何だこれ?きたねー袋だな。」
『な…っ、返して!』
「はっ、やだね!」

掌からお守りを奪っていったのは、いつもあやめに絡んでくるイジメっ子達だった。リーダー格の男の子は奪ったお守りの袋を見て、汚いと眉を顰めている。あやめは咄嗟に取り返そうと手を伸ばすが、男の子は別の子に投げ渡しあやめから遠ざけた。

「あっ、中に石が入ってる!」
「蒼い石…コイツの目と同じ色じゃん!」
「うわっ、不気味な石だ!」
『返してっ!返してよっ!』
「うっせーな、珍しく突っかかってくんじゃん。そんなに大事なもんなのかよっ、と!」
『返して…っ!』

普段はほぼ無反応のあやめが突っかかってくるのが面白いのか、イジメっ子達はぐるぐると石を投げ渡して遊び出す。そんな中でずっと傍観していた一人のイジメっ子の元に石が投げ渡される。咄嗟に男の子が石を受け取った瞬間、小さくバチッと青白い光が放たれた。それに男の子は勿論、イジメっ子達やあやめは驚いて動きを止める。カツンと地面に落ちた蒼い石は、その男の子の足元に留まった。暫し呆然としていたあやめは、ハッとなって石へと手を伸ばす。けれど先に動き出していたリーダー格の子に拾われて、敢えなく失敗した。

「何だ、今の…?オレ達は何ともなかったのに…。」
「やっぱり、コイツ同様呪われた石なんじゃねーの!?」
「マジでやべーよ!」
『…っ、ちがっ!違うもん!そんな事…!』
「この石のせいだろ!こんなんがあるから…!」
「こんな不気味な石、捨てた方がいいぜ!」
『なっ、だ、駄目!やめて…っ!』

今の不可思議な出来事のせいで、更にイジメっ子達は気味悪がり出し、石を捨てようと騒ぎ出した。それを阻止しようとしたあやめを、二人の男の子が押さえつけて身動きを封じる。必死に抜け出そうと暴れながら、あやめはリーダー格の子に懇願するように声を上げた。しかしそれを受け入れる筈もなく、寧ろ必死なあやめの姿を楽しそうに笑って見ていた。

「知るかよ。こんな石、捨ててやる!」
『いやっ!やだ、やめてっ!!』
「そんなに欲しけりゃ、自分で探すんだな!最も、見つけられればな!」
『っ!いやぁ…っ!!!』

「君達、いい加減にしなよ。」

男の子が石を投げ飛ばす寸前に、それはコムイによって阻止された。ぐっと掴まれた腕を強く握られているのか、男の子は痛みから手の中の石を放してしまう。それをコムイが受け取ると、掴んだ手はそのままにギロリとあやめを押さえている彼らに視線を移す。あまりの怖さに怯えたのか、バッと素早い動きで彼らはあやめから距離を取った。

「毎度の事ながら、一人の女の子を苛める君達がホントに理解出来ないよ。ましてや僕の可愛い妹に沢山酷い事をするなんて、救いようのない馬鹿なんだね?よく分かったよ。」
「ぁ、の…っ、」
「えと…っ!」
「本当は今すぐにでも君達にお仕置きしたいけど、僕達は忙しいから、後日たーっぷりしてあげる。」
「「「っ…!!!」」」
「覚悟しておきなよ。」

目を細めてニッコリ笑うと、コムイはあやめの手を引いて歩き出した。そんな二人の姿を、イジメっ子達は怯えて固まってしまった体で呆然と見つめていた。ただ一人、違う意味で体を微動だにせず何かを呟いていた男の子を除いて。

「……ノ…ス…、…ケタ…。」



あの後コムイに一人にさせた事を謝られ、あやめは大丈夫だと首を振った。お守りを取り返してくれただけで十分だと笑えば、何故か哀しそうな、泣きそうな顔で優しく抱き締められた。家に着けば、既に医者がリナリーの容態を診察している所だった。結果が出るまでの間、あやめはコムイと一緒に買ってきた果物を食べやすいように擦り下ろした。余ったリンゴは、リナリーが元気が出るようにウサギさんにカットする。切り終えた所で診察が終わったらしく、結果を仰げばただの風邪だったようだ。それに皆で安堵して、訪問して下さった医者にお礼を述べた。

「…、?…けほっ、ねーちゃ…?」
『!リナリー、どうしたの?』
「…ねーちゃ、げんき、ない…?」
『ぇ、…そんなことないよ。』

暫くしてから目を覚ましたリナリーの言葉に、あやめはドキリとする。元気がないのはリナリーの筈なのに、そのリナリーから見ても分かるくらい、顔に出ていたのだろうか。余計な心配をさせないようにあやめは笑うと、水分を採らせる為にリナリーを起こしてあげた。
夜になればリナリーの熱も平熱まで下がって、だいぶ容態は安定していた。医者に処方された薬が効いているのか、スヤスヤと穏やかな寝息を立て眠っている。その様子をずっと側で看ていたあやめは、優しく笑いながらリナリーの手を握っていた。次第にリナリーにつられたのか、少しだけウトウトとし始めると隣に座っていたコムイがそんな妹を見てクスリと笑う。そっとあやめの体を自分に傾けさせれば、抵抗なく寄り掛かってきた。きょとりと見上げてくるあやめに、眠かったらこのまま寝てもいいよと囁けば、眠気に逆らえなかったのか小さくコクンと頷いていた。あやめは二人の体温を感じながら、気持ちよさそうに目を閉じた。

「キャアアァアッ!!!」

『っ!?』

その刹那、突如村に悲鳴が響き渡った。それにビクリと目を覚ましたあやめは、思わずコムイにしがみついた。コムイも驚いた様子で、窓の外へ視線を向けている。悲鳴はそれだけに留まらず、次々と村中から聞こえてきた。そして悲鳴と同じくらいの轟音もあちこちから響いてくる。だんだんと近づいてくるように大きくなっていく音に、あやめは恐怖を抱く。恐怖に震えていればその手をコムイに握られて、あやめは急に立ち上がらせられた。驚いていれば、両親も未だ眠っているリナリーを抱き上げて、裏口へと回っている。咄嗟に村に異常事態が起きたと判断した両親達は、素早い動きで避難に移ったのだ。

「コムイ、あやめ!こっちへ!早く!」
「…!村が…っ!」
『…ぁ…っ!』

外へ出れば、村の現状が悲惨な事になっていた。轟々と立ち上る炎に黒煙、倒壊した民家、そして逃げ惑う村人の姿。その中で何よりもあやめの目をひいたのは、見覚えのある不気味な物体。しかもその数はあの時よりも数体多く、更には一体だけ人に近い形を為していた。よく見れば不気味な物体達の周りには、あの時の両親のように服だけが取り残されている。それにあやめは言いようのない恐怖が体を巡る。その時に人型の化け物と一瞬だけ目が重なったように思えて、ゾクリと体を震わせた。意識を其方に向けていたせいか、足元が縺れて転んでしまった。その拍子に首から下げていたお守りが外れてしまう。慌ててお守りを取りに戻り、あやめは無事見つけたお守りを手にホッと少しだけ胸を撫でおろす。

「あやめ!!」
『ぇ、』

「見ィつケた!」

両親達の叫ぶ声が聞こえたと同時に、あやめの頭上に影が落ちる。機械的な声色にゆっくりと顔を上げれば、ニィッと嗤う化け物がこちらを見下ろしていた。あまりの近さにあやめは体を固くし、ただ畏怖の瞳で化け物を見つめるしか出来なかった。両親達が何かを叫んでいる声も、化け物が何かを言っている声も、恐怖のせいで耳に入ってこない。逃げなきゃいけないのに、逃げたいのにまるで金縛りのように体が動かない。化け物を見つめていれば、そいつは凶器を手にあやめに振りかぶる。それが何故だかとてもゆっくりに感じられ、あやめはただただその様を見つめる事しか出来なかった。

「うあ゙あぁ゙っ!!!」
「父さんっ!!!」
「あなた…っ!!!」

『──え…、……え…?』

襲ってくる筈だった痛みは、寸前の所で間に入ってきた父親によって免れた。しかしそれは、皮肉にもあの時と同じで。

「あやめ…!! 早く、逃げ…!!!」

言い終える前に、父親の体中に星の模様が広がって、パアンッと乾いた音が響き渡った。その光景に、あやめの頭の中は真っ白になる。

──消えた?父さんが、消えた?

──あの時みたいに、父さんは…

──私を、庇って……



『───イヤァアアアアッッ!!!!』

理解してしまった瞬間に、あやめは絶叫した。ガタガタと震えながら、掻き集めるように父親の残骸を抱き締める。まだ温もりのある父親の服に、酷い絶望感が押し寄せる。軽く錯乱してしまったあやめには、完全に今の現状を把握出来ないでいた。逃げる事をせずただ泣き喚く少女に、化け物は容赦なく再び襲いかかった。だがそれは咄嗟にあやめの腕を引いた母親によって避けられる。

「あやめ!! しっかりしなさい!!」
『ぁ、あっ…!! とぉさんがっ、父さんっ!!!』
「あやめ!!!」
『っ…!!! か、ぁさ…!!!』
「気を確かに持ちなさい!!!」
『…っ、!!!』

バチッと両頬を挟まれて、あやめはようやっと正気に戻された。溢れ出る涙で視界がぼやける中で、母親の強い瞳だけがはっきりと映った。そんな母親の姿にぐっと唇を噛み締めると、あやめは母親と共に走り出した。

「あやめ!! 母さんっ!! 後ろ…っ!!!」
「逃がサナいヨ!!」

だが既に迫って来ていた化け物に、背後から襲いかかられる。あまりの至近距離に間に合わないと判断したのか、母親は娘だけでもと守るように抱き締めた。母親の肩越しから迫り来る化け物に、あやめはドクリと嫌な心音を立てた。このままじゃ、母親までも失ってしまう。私を庇って、死んでしまう。

──いやだ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だっ!!!



『──やめてぇえええっっ!!!!』

そう叫んだ瞬間、カッと眩い光があやめ達を包み込んだ。