第五話

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突然の発光に化け物は怯んだ様子で身を引いた。光はすぐに小さく収まっていくと、あやめの掌にあるお守りへと戻っていった。唖然としてお守りを見つめれば、まだ微かに光を放っている。僅かにだが、お守りは熱を帯びているようにも感じられた。

「何ダ、今ノは。目眩マシのツモりカッ!!! 小賢シイッ!!!」
『っ!!! いやっ…!!!』

一度警戒していた化け物は、何も変化が起きない事に気付くと再び凶器を振りかぶる。その姿にあやめはビクつくと、ギュウッとお守りを握りながら母親に抱き着いた。

「っ!? ナニッ!!?」
『っ…、…ぇ……?』
「…?何、これ…?」

しかしまたしても化け物の攻撃は不発へと終わった。振り下ろした凶器は、ガキィンッと何か固いモノによって阻まれたのだ。だが、化け物の攻撃を防ぐような固いモノなど、何処にも見当たらない。それでもまるであやめ達と化け物の間に壁でもあるかのように、攻撃は寸前の所で宙に留まった。言うなれば、あやめ達を守るように透明な壁がそこに現れたのだ。それにあやめは戸惑いを見せたものの、すぐにチャンスとばかりに母親と逃げ出した。駆け出した瞬間に、化け物も後を追いかけてくる。縮まった距離から再び攻撃を浴びそうになった時、あやめは願うようにお守りを握りしめた。すると、偶然なのかまた先程のような現象が起こって化け物の攻撃を免れられた。

『(…っ、もしかして…、)』

あやめは連続で起こったこの現象が、自分のお守りのお陰なのではないかと思い始める。突然の発光から熱を帯びているこのお守りは、自分が望んだ事を起こしていた。母親が斬られそうになった時、あやめはそれを拒絶した。その結果、まるで守るように透明な壁が現れた。

『(っ、母さん達を、助けられるかもしれない…っ!!)』

もし自分の考えている通りなら、このお守りで皆を守れるかもしれない。そう気付いたあやめは、何度もお守りに願いを込めながら皆を化け物から遠ざけた。

村の入り組んだ道を利用しつつ、あやめ達は何とか化け物を巻く事に成功した。細い道に身を隠すように肩を寄せ合いながら、周囲に化け物がいないか警戒する。逃げていく過程で少しだけコツのようなモノを掴んだあやめは、その感覚を忘れぬようにキツくお守りを握りしめた。

「…不思議な力だね…。」
『っ、!』
「そのお守り、いったい…」
『……っ、』

周囲に気を張っていた最中に、ポツリとコムイがそう呟いた。それにあやめは、思わずビクリと体を強張らせた。無我夢中で皆を守る事に集中していたせいで、あやめは皆がその不思議な力に対しどう感じているのか、全く気に留めていなかった。けれど今更になって、不安と恐怖が胸に湧き起こってくる。あまりに“異端”なこの力を使う自分を、皆はどう思っているのか。怖いと、感じているのだろうか。そう考え出すと、皆の顔を見る事が出来なかった。ぐっと唇を噛み、あやめは顔を俯かせる。暫く沈黙が続いた後、不意に頭に温もりが落ちてきた。それにビクッと肩を上げれば、今度は優しく抱き寄せられた。予想とは違った行動にあやめは目を丸くさせると、抱き寄せた母親を恐る恐る見上げた。

「きっと、あやめのご両親が私達を守ってくれてるのね。」
『…、え、』
「あなたは、本当に愛されていたのね。こうして、あなたが危険な目にあわないように、強く願ってくれていたのよ。そのお守りは、あなたのご両親の強い願いが、愛が詰まっているんだわ。」
『……っ、』
「とても素敵なお守りね。」

母親のその言葉に、あやめは息が詰まったように胸が苦しくなった。普通だったら、異端なこの力を見て拒絶する筈なのに、母親は逆にこの力を素敵だと笑ってくれた。どこまで優しい母親に、あやめは堪らずに涙を流してしまう。ポロポロと流れる涙をそのままに、あやめは縋るように母親に抱き着いた。

『っ、ごめんなさいっ…!!』
「あやめ?」
『ごめんなさっ、と、さんを…守れなくてっ、ごめんなさい…!!』
「!あやめ、」
『わた、私がっ、もっと早く、使えれば…っ!!!』
「…あなた、ずっと気にして…、」

優しいこの人達から、父親を奪ってしまった罪悪感がずっと離れなかった。それは力を発揮してから更に強くなって、どうしてあの時使えなかったのかと、何度も何度も自分に憤りを感じた。もう少し早く力が使えれば、もしかしたら助けられたかもしれない。そう思うと、どうしても遣り切れない思いばかりが募った。繰り返し謝り続けていれば、突然横から肩を掴まれた。驚いて顔を向ければ、少し怒ったような表情のコムイがあやめを見ていた。それにあやめはビクついて、また謝ろうと口を開いた。

『っ、ごめんなさっ…、』
「謝るな。」
『っ…!!』
「父さんは、あやめにそんな風に思ってもらいたかった訳じゃないんだよ。」
『…っ、…?』
「僕達だって、絶対にあやめを責めたりしない。」
『…でもっ、』
「家族を守りたかったから、父さんはあやめを守ったんだよ。結果的に死んでしまったけれど、父さんは守ろうとしてくれたんだ。」
『…、』
「誰かのせいとかじゃない、あやめが気負う事じゃない。たらればを考えても、変えられないんだ。」
『っ、』
「だから、父さんがあやめを守って死んだ事を、あやめが拒絶しないで。あやめが父さんの死を否定したら、それこそ父さんは報われないよ。」
『…っ!』

コムイはあやめが謝り続ける事で、父親の死んだ理由が否定され続ける事になると厳しく伝えた。それに気付いたあやめはついて出掛かった謝罪を呑み込んで、キュッと口を結んだ。そんな妹の姿にコムイは胸を痛めながら、優しく抱きしめた。

「人間ミィーッケ!」
『…っ!!!』

束の間の休息も呆気なく終わり、新たに化け物に見つかってしまった。咄嗟に反応を示したあやめが、皆を庇うように少し前に出た。そんなあやめに皆は驚いて、下がるように注意する。しかしあやめはお構いなしにそのまま壁を作り上げた。

「何だァ、通レネェ!!」
『っ…!!』
「オ前ノ仕業か、ガキィ!!」

ガンガンと攻撃し出す化け物は、防がれる原因を作り出しているあやめに気付くと、更に激しく攻撃を繰り出した。至近距離で行われる攻撃にビクつきながらも、あやめは負けじと化け物を睨み返した。

『(…私が、守るんだ…っ!! 優しいこの人達を、絶対…っ!!!)』

この不思議な力を拒絶せず、父親を亡くした事も責める事なく、受け入れてくれた優しい家族。そんな優しい家族を、もう誰一人喪いたくない。そう強く思ったあやめは、今出来る最善の事を選んだ。この力を最大限に利用して、家族を守るんだ。あやめはギュッとお守りを握りしめながら、ただ只管に強く願いを込めた。

『(お願い、皆を、守って──!!!)』

────ドクンッ

『……ぇ、』

そう強く願った瞬間、胸に激しい痛みが襲ってきた。あまりの激痛に、あやめはその場に崩れるように座り込んだ。それと同時に、バリィンッと何かが割れるような音が響き渡る。

「「あやめ!?」」
「ヤッタ、破ケタ!!!」
『…っ、はっ…は…っ!!!』

──胸が痛い。苦しい。何で。色々な感情が混ざりながら、あやめは激しく痛む胸を抑えた。上では壁が破れた事を喜んでいるのか、化け物が嬉しそうに嗤っている。それにあやめはキッと睨み付けながら、もう一度強く願いを込めた。しかし壁が現れる様子はなく、それどころか更に激痛が胸に襲いかかってきた。

『(っ…何で…っ!!?)』
「ナンダ、オ前、睨ンでんジャネェよっ!!!」
『(お願いっ、お願い出てきて…っ!!!)』

頭上から振りかぶってくる攻撃に、あやめは祈るように必死にお守りを握った。それでもお守りは何も願いを叶えてはくれず、寧ろ熱を引かせていった。とうに光を失っている事にも気付かずに、あやめは縋るようにお守りへ願い続けた。そして、不意に温もりを感じたと思った瞬間。

『───え…、』

目の前で化け物に斬りつけられている母親の姿が目に映った。化け物に斬られた母親が、力無くあやめにもたれ掛かってくる。耳元には酷く乱れた呼吸が聞こえ、触れた場所からトクンと脈打つ鼓動が弱々しく伝わってくる。

『…あっ…!! かあさ…っ!!!!』
「…っ、にげ、て…!!!!」
『ぁ、ああ…っ!!! うそっ、いやっ!!! いやぁあっ!!!』
「コ、ムイ…っ、おねが…っ…!!!」
「っ、母さんっ!!!」

「二人を、お願いね…っ!!!」

それが消えかけている命の温もりだと理解するのに、時間は掛からなかった。斬られた傷口から星の模様が徐々に広がっていくのを、あやめは絶望しながら見つめていく。そんなあやめの頬を母親は一撫でし、最期にコムイに妹達を託してから笑って消えていった。儚くも灰へと変わってしまった母親の残骸は、風に吹かれて散り散りに飛んでいく。それを呆然と暗い瞳で見つめていたあやめは、その隙に化け物によって掴み上げられてしまう。地面から足が離れ、ギリギリと首を絞めるように力を込められる。父親と母親を再び目の前で喪ってしまったショックから、あやめは抵抗する気力が殆ど残っていなかった。

「やめろっ!!! あやめを放せっ!!!」
「ウルサイなぁ、オ前から殺シテやロうカ?」
『…!!! っ、…は…っ、だ、め…っ!!!』

捕らわれたあやめを助けようと、コムイが化け物に石を投げつける。それが気に触ったのか、化け物はコムイへと意識を向け始めた。それに気付いたあやめは、咄嗟に化け物の注意をこちらに戻そうとする。しかし化け物は完全にコムイへ標的を定めてしまったらしく、凶器を振り上げた。それに最悪の想像が簡単に予想出来てしまい、あやめは必死に逃げるように叫んだ。それでももう逃げ出すにも間に合わない距離に、凶器がコムイへと降り掛かる。もう駄目だと絶望を感じた瞬間、強い衝撃があやめ達を襲った。正確には、化け物に突如何者かの攻撃がぶつかり、その衝撃で化け物諸共あやめは吹き飛ばされたのだ。あやめは地面へ叩き落とされて、その衝撃のによりそのまま気を失ってしまった。



『──…、…ん…?』
「あやめ!? 起きたのかい!?」
「ねーちゃっ…!!」
『…、お兄ちゃん…?リナリー…?』
「お目覚めのようですね。」
『…、……?…だれ…?』

ぼんやりと誰かの話し声が聞こえて、あやめの意識は浮上する。目を開ければ、心配そうな顔をした二人がこちらを覗き込んでいた。まだ覚醒しきらない頭でボウッと二人を見つめていれば、聞き慣れぬ声が入ってくる。声の方へ視線を移せば、やはり知らない男性達がそこに居た。不思議に見ていると、その内の一人の男性と目が合った。

「彼女の目が覚めたようですし、直接彼女と話をしましょうか。」
「待って下さい!ですから、お断りしますと何度も…!」
「此方も何度も説明した通り、貴方方には初めから拒否権はありません。」
『?…、…?リナリー?』
「……、」

すると何故か男性とコムイが軽く言い合いになり揉め始め、リナリーがあやめの腕にくっついてくる。一向に状況が読めないあやめは、ただ首を傾げてリナリーを見る。そのリナリーはコムイ同様にムッとしたような、何かを嫌がるような表情で男性を睨んでいた。

「初めまして、私は黒の教団のエクソシストです。」
『…?えっと……、』
「君にはこれから、私達と一緒に来てもらう事になります。」
『……ぇ…?どういう…?』
「君は、どうやらイノセンスの適合者のようだから、私と一緒にエクソシストにならないといけないんだ。」
『ぇ、…え?…あの、…え?』

淡々と話される内容に理解が追いつかないあやめは、困ったように眉を下げた。初めて耳にする言葉ばかりで、全く話が分からない。それでも構わずに男性は話を進めていく。

「君のその手にある“石”は、イノセンスと呼ばれているモノなんだ。」
『…イノ、センス…?』
「君は、その石に不思議な力が宿っている事を知っているだろう。」
『!』
「そしてその力を君は扱えた。つまりそのイノセンスの適合者…君はその石に選ばれたんだ。」
『選ばれた…って…、』
「イノセンスに適合した者はエクソシストと呼ばれ、アクマと戦わなければならない。」
『アクマ…?』
「君もよく知っている、化け物の事だ。」
『アクマ…あれが、アクマ…。…あれと、戦う…?』

ただでさえ話の理解が遅れているのに、あやめはあの化け物──アクマと戦わなければならないと言われ更に混乱した。脳裏に浮かぶのは、両親達を奪った化け物の姿。あの恐ろしい化け物と、自分が戦う?

『…っ、や、だ…っ!』
「!あやめっ、」
『やだ…っ、いやだっ!』

浮かび上がるのは、両親達が消えてしまう瞬間ばかり。そして、あやめ自身が殺されそうになったあの時の感覚。体験してしまった死の恐怖が蘇り、あやめは怯えからガタガタと体を震わせた。その姿にコムイは胸を締め付け、男性から庇うようにあやめを抱き締めた。

「…帰って下さい。何と言われようと、あやめは連れて行かせません。」
「それは出来ません。適合者である以上、彼女には我々と戦って頂かなければならない。」
「っ、こんなに小さな女の子を、あの化け物と戦わせる気なんですかっ!? 怯えたこの子を、無理矢理危険な場所へ放り込むのが、貴方達の、教団のやり方なんですかっ!! 」
「どんなに幼子だろうと、どんなに年老いていようと、関係はありませんよ。アクマはエクソシストにしか倒せない。エクソシストは数が少なく貴重な存在故に、適合者と判断されれば強制的に戦場に連れていかれるのです。」
「だからといって、納得出来る訳が…!」
「納得して頂かなくとも、して頂きます。それに、彼女と暮らしていても平穏な日常には戻れませんよ。」
「何を言って…!!」
「イノセンスを所持し、ましてや適合者の彼女といれば、何度でもアクマに狙われます。今度こそ、貴方方は死んでしまいますよ。」

『………ぇ……?』