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それは、あまりにも突然の出来事だった。
いつも通りの賑やかな日常の中、学校を終えて向かった先はツナの家。今日はツナの母親が午後から家を留守にするらしく、ランボ達のお守りを受ける事になっていた。本来ツナが見る筈のお守りも生憎と補習が重なり、他のメンバーも部活やらで時間が空いていなかった結果、特に予定もなかったウチが引き受ける事にしたのだ。ツナの母親からランボ達を預かると、ランボ達の要望で近くの公園へとやってきた。どうやら今日は誰もいないようで、ランボ達はそれが嬉しかったのか、思いっ切り公園を駈け回っている。暫くはその様子をベンチから見守っていたが、今はふう太に誘われ一緒に砂場で遊んでいた。そしてふと、公園を駈け回っていたランボ達が騒ぎ出し様子を確認すれば、どうやらケンカを始めてしまったようだった。毎度の事ながら恐らくランボが発端であろうそのケンカを仲裁すべく、ウチは二人に近づいた。丁度その時、泣き出したランボが例の如く10年バズーカを取り出し使おうとして、イーピンが慌てた様にそれを止めようとした。咄嗟の動きだったせいか、イーピンは投げるように10年バズーカを弾き飛ばす。そしてそれが、運が悪い事にウチの方へと飛んできた。予想だにしなかった事にウチは避ける動作が遅れ、あろうことかぶつかった衝撃で被弾してしまった。10年バズーカに被弾するのはこれで二回目だ。前は入江の作戦で未来へと飛ばされ、色々と大変だった。流石にもうそんな事はないだろうと思っていたのだが、まさか再び当たる羽目になるとは思いもしなかった。だがまぁ、今回は5分も経てば大丈夫だろうと割と冷静に考えていた。


フッと景色が一瞬にして変わり、まるで見知らぬ土地に自分は立っていた。
数回瞬きをしてから辺りを見渡すと、やたらと緑が多い。寧ろ人工物を探す方が難しいくらい、辺りは自然物に囲まれていた。風に乗ってきた仄かに香る潮は、きっと海が近い証拠だろう。
耳を澄ませば波音も聞こえてくる。

『(…何処だ、ここ…。)』

暫し呆けてからウチはゆっくりと歩き出した。とりあえず聞こえてくる波音を頼りに、海の方へと向かってみる。案外近くにあった海辺は、とても広かった。

『へぇ…綺麗…。』

広大に映る水平線に思わずそう漏らす。食い入る様に海を眺めながら、10年後の自分は一体ここで何をしていたのだろうと考えてみた。こんなに自然豊かな場所で、マフィア関係の仕事でもしていたのだろうか。それにしては随分と穏やかな場所であるけど、まだ町や村等を観ていないから判断し辛い。

『…とりあえず、探してみるかな。』

もしマフィア関係の場所なら迂闊な行動は避けるべきかもしれないが、何も手懸かりが無いんじゃ動くしかない。慎重に行動しながらウチは奥の方へと足を進めた。少し中へと歩いていくと、村のような場所へと辿り着いた。すれ違う人達は皆穏やかそうな人ばかりで、張っていた警戒心も少し薄れてしまう。今いる通りは商店街なのか、軒を連ねるお店は何処も活気に溢れとても元気だ。飛び交う会話から聞こえてくる言語は聞き馴染んだ母国語である事から、海外ではない事が分かる。

『(…でも、皆顔立ちが西洋人みたいだな…。)』

顔の作りは外人に近いのに、言語は日本語。何となく妙な違和感を抱きつつも村を散策していたら、突如背後の方から怒鳴るような大声が響いた。周りの人達も驚いてその声の方へ振り返っている。ウチもそれに倣って振り向けば、海岸の方から数人の男達が現れ、突如暴れ始めた。

「か、海賊だぁー!!逃げろ−!!」

その突然の襲撃に村人達は驚愕し、恐怖に顔を歪めて逃げ惑う。中には果敢に抵抗を示す人もいるが、力の差は歴然だった。唐突に起こった出来事にウチは目を見開きつつ、先程誰かが叫んだ言葉に内心首を傾げた。

『海賊…?海賊って、…あの…?』

歴史や書物に描かれている海の荒くれ者、“海賊”。現代ではその存在すら、もう既に無いに等しいくらいの存在だ。特に日本なんて無縁の存在である。そんな、もはや空想上の奴等が今目の前にいることが不思議でたまらなかった。

「きゃっ…!!」
「邪魔だ!!ガキ!!」
「や、やめろっ!!!」
「ひっ…!!!」

まずい、と思った時には既に体は動き出していて、ウチは両足首に付けているVGボンゴレギアに炎を灯していた。

形態変化カンビオ・フォルマ!モード・ブーツ!薙刀!』

呼び出し現れた四匹の動物達に、ウチは間髪を入れずにそう叫ぶ。すると二匹の兎は薙刀へ、二匹の狼はブーツへと姿を変えた。薙刀を手にしたと同時にウチは少女の前に飛び出し、襲い掛かろうとした男の剣を受け止めた。

「あ?!んだテメェ…!!」
『はっ!!』

突如現れたウチに驚愕している男に素早く回し蹴りを喰らわし、吹き飛ばす。ブーツのお陰で威力の増した足技を喰らった男は、ドカァっと派手な音と共に建物にぶつかった。そうすると当然こちらに気を引く羽目になるわけで、次々と飛び掛かって来る奴等を相手に武器を振るった。流石に一度に数人の男を倒すのに手間は掛かったが、割と早く片がつきウチは息を吐く。取りあえず奴等を縄か何かで纏めて置くかな、と考えていた所で突如後ろから歓声が上がった。あまりの喜びように若干驚いていれば、あっという間に周りを囲まれてしまう。口々に感謝の言葉を告げられ何だか気恥ずかしくなっていると、不意に袖口を下に軽く引っ張られた。視線を下げれば、先程助けた小さな少女がウチを見上げていて、その顔には幼い少女らしくキラキラとした笑顔でウチを見つめていた。

「お姉ちゃん、助けてくれてありがとう!!」
『…どう致しまして。怪我はしてない?』
「うん!」
『ん、嘘は駄目だよ。膝、擦り剥いてる。』

こちらを見上げている少女に目線を合わせる為に膝を付くと、視界に入ってきた傷が目に付き指摘する。けれど少女はその傷をものともせずにニカッと笑った。

「これくらい平気!男の子達と喧嘩する時より全然痛く無いもん!」
『ふふ、随分とヤンチャなんだな。』

「ナミ!!」

「!ベルメールさん!ノジコ!」

可愛らしい見た目に反して意外とヤンチャな少女に笑っていると、人垣から女性と小さな少女がこちらに駆け寄って来ていた。どうやらこの少女の家族らしく、目の前の少女も女性に飛び付いていた。

「ノジコから聞いたわ。大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。このお姉ちゃんが私を助けてくれたんだ!」
「そう…無事で良かった。ありがとう、この子助けてくれて。」
『いえ…。』

「スマン、ちょっと通してくれんか。」

「ゲンさん!」

また一人、人垣の奥から現れた男性は何故か帽子に風車を挿していた。思わずそれを凝視してから目を合わせれば、その男性の顔に見覚えがあった。確か、海賊達に果敢にも挑んでいた人達の先頭に立っていた人物だ。その事をぼんやり思い出している間に、男性はウチに感謝の言葉を口にした。

「私はこの村の駐在をしている、ゲンゾウだ。海賊から助けてくれてありがとう。貴女がいなかったら、今頃どうなっていたか…。」
『いや…大したことしてないんで…。』
「旅人の方かな?ここでは見慣れない格好をしている。」
『あー…まぁ、そうですね。』

ある意味間違っちゃいない。
10年後にタイムトラベルしているんだからな。

「もし良ければお礼をしたいのだが、如何かな?」
『や、別にいいですよ。ウチ、そんなに此処に長くは……、?』

そこまで言い掛けてふと気付いた。
ウチが此処に来てあれから何分経った…?
まだ5分経過していないのだろうか。それにしてはやたらと此処に滞在している気がする。時間を意識すると1分1秒が長く感じる事はあるが、それでもおかしい。急に黙り込んだウチを目の前の男性−ゲンさんは不思議に思ったのか問い掛けてくる。それに我に返ってから、ウチは曖昧に笑って見せた。

『あー、えっと…じゃあ、お言葉に甘えても良いですか?』
「勿論だとも!」
「あ、ねぇゲンさん!彼女、私の家に招いても良い?私もちゃんとお礼がしたいのよ。」
「あぁ、だがベルメール。大丈夫なのか?」
「平気よ。最近は収入も安定してるし、少しくらい余裕があるもの。」
「ゲンさん!俺達も礼がしたいから心配いらねぇよ!」
「ベルメール、これ使っておくれ!」
「俺のも持ってけ!」

次々と色々な食材がベルメールと呼ばれている女性に集まり、とてもじゃないが食べきれない量になっていく。その様子に驚いて目を瞬かせていれば、両手に小さな手が絡んできた。片方は先程助けたオレンジ色の髪の子で、もう片方は水色の髪の女の子だった。

「私、ナミって言うの!こっちはノジコよ!」
「ナミの姉のノジコです!ナミを助けてくれてありがとう、お姉ちゃん!」
『どう致しまして。』
「お姉ちゃんのお名前、なんて言うの?」
『ウチの名前は…香織だ。宜しくね、ナミちゃん、ノジコちゃん。』

一瞬フルネームで答えるべきか逡巡し、とりあえず名前だけに留めた。小さく笑みを浮かべながら名乗ると、二人も可愛らしい笑顔で頷いてくれた。そのまま二人に手を引かれ辿り着いた場所は、村の少し外れにある小さな民家だった。料理が出来るまでの間、お礼だからと手伝いを断られたウチはナミちゃん達と一緒に遊んでいた。いつの間にか集まってきていた村の子供達と一緒に戯れていたせいか、この数時間で懐かれてしまったようだ。特にナミちゃん達には懐かれたのか、ずっと側を離れる事は無かった。子供が好きなウチには、これだけでお礼は充分なくらいとても楽しい時間を過ごさせてもらった。

『(…ランボ達、大丈夫かな。)』

そして自然と思い出すのは、此処に飛ばされる前の事。突然居なくなって、そのまま消えてしまったウチを心配しているかもしれない。中々帰らないウチに不安になって泣き出していないだろうか。子供達だけをあの場に残してしまった事を不安に思っていると、そんなウチの心情を察したのかノジコちゃんが心配そうに顔を覗き込んできた。

「香織お姉ちゃん、どうしたの?」
『…ん?あぁ、何でもないよ。さぁ、次は何をしようか。』
「ごめんなさい、お待たせしました!さぁどうぞ!中へ入って!」
「香織お姉ちゃん、出来たって!行こう!」
『おっと、』
「あぁもう!こらナミ!そんな引っ張らないの!」

勢いよく手を引かれ皆で中へ入っていけば、これまた豪勢な食事が用意されていた。ここまでされる程大それた事はしていないのだが、これでは逆に遠慮するのは失礼になりそうだ。ウチは用意された食事を有難く頂き、沢山の人達に囲まれながら楽しい時間を過ごした。