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食事を終えた頃には村人達も解散していて、この場に居るのは家主のベルメールさんとナミちゃん達、それからゲンさんだけになっていた。もう既に、この時点で数時間は此処に留まっている事から、10年バズーカは何らかの故障をしていたのかもしれないと結論づけた。だったら、今後どう動くべきか考えなくてはならない。10年前にどう戻ればいいのか、まずその方法から探さなければ。いやその前に、現在地の確認からしなくては駄目か。

『…あの、少しお聞きしたい事があるんですが…。』
「何だね?」
『此処は何て言う場所何でしょうか?』
「此処はココヤシ村だよ!」
『ココヤシ村…えっと、国の名前は?』
「国?いやいや、此処は東の海イーストブルーに浮かぶ島の一つだよ。」
『……ぇ、イーストブルー…?』

イーストブルーって、東の海って事、か?太平洋…とかの事だろうか?初めて聞く言い方だな。と言うか、幾ら島とは言え何処かの領土の筈だから国の名前はある筈だ。

『ん、と…此処はアジア圏内って事ですかね?』
「?アジア…って何かね?」
『え、いやほら、北欧とか欧米とかありますよね。』
「?…スマン、初めて聞くな。ベルメール、お前分かるか?」
「いえ、私も初めて聞くわ。少なくとも海兵時代の時、割とあちこち飛び回ってはいたけど…。そんな島知らないわね。」

『………え、ホント、ですか…?…、』

あまりにも予想外すぎる所で行き詰まる羽目になり、ウチは思考がだんだんと鈍くなっていくのが分かった。
え、嘘だろ。そんな事ってあるのか?
いやいやそんなまさか、んな事あってたまるか。
気が動転しそうになりつつも何とか冷静を保ち、ウチは世界地図を見せてくれるよう頼んだ。地図さえあれば何とか解る筈だ、と甘い考えを持っていた自分はものの数秒で見事に砕かれた。

『…これが、世界地図…?』

渡された地図を見れば、そこに描かれていたのは見た事もない地形図だった。あの広大な国であるロシアやアメリカ、特徴的な形をした母国日本は何処にも見当たらない。それ以前にまず、島の数が多すぎる。呆然とその地図を見ていると、ゲンさんは更に驚く事を言ってのけた。

「世界地図と言うよりは、この東の海イーストブルー全域を記した地図だがな。未だ未知の海域もあるから、正確な世界地図と言うのはまだ無いんだ。」
『未知の海域って…。』
偉大なる航路グランドラインだよ。赤い土の大陸レッドラインの向こう側にある海の事さ。」
『え、何? グラン、ド…ライン…?レッドライン…って?』
「何だ、知らんのか?」

先程と同様にまた新たな言葉が出て来て、ウチは軽く混乱し始めた。話を聞けば聞く程手掛かりとはほど遠く、寧ろ疑問が増えるばかりだ。取りあえず今の情報で整理出来た事は、まるで別の世界に居るような状況にある事しか分からなかった。

『(…別の世界? 異世界とでも言うのか、コレは。ふざけんな、んなわけない。幾ら何でも、それは非現実的すぎんだろ…!! 絶対、違う。冷静になれ…!!)』

「どうした、大丈夫か?」
『あ、はい…。すみません、何でも無いです。』
「しかし、珍しいわね。旅人なのに偉大なる航路グランドラインを知らないなんて。てっきり地図を見るくらいだから、他の海から来たのだとばかり思ってたわ。」
『……他の?』
西の海ウェストブルー北の海ノースブルー南の海サウスブルーよ。貴女は何処出身なの?」
『……………、』
「?香織お姉ちゃん?」

──何だよ、それ。そんなの、ウチは知らない。何で海が四つに別れて、しかも出身がそんな分類の仕方になるんだ。益々ウチの知る常識から遠ざかっていく。

……“此処”は何処なんだ?

ウチは一体、“何処”に居るんだ?


「お姉ちゃん…?」
「…まぁ、でも、それにしてもよく今まで無事に旅を出来てたわね。このご時世、海は荒れまくってるから大変じゃなかった?」
「だが、あれだけの海賊をあしらう強さだ。納得も出来よう。」
「でも女の子なんだから、あんまり無茶は駄目よ。幾ら貴女が強くたって、数で襲われたら一溜まりもないわ。」
「この大海賊時代に旅に出るのだから
、余程の理由でもあるのだろう。」

『──……、かい、ぞく時代……、』

──まただ。また一つ、ウチの知る“世界”から遠ざかる。こんなんじゃ、何一つ過去へ帰る情報は得られないんじゃないか。そもそも、“過去”と言う表現すら怪しいのだ。この場合、最も適した表現は──。

“世界”、なんじゃないか。


『────っ…!!!』

あぁ、もうそう考えるのが自然に思えてくる。だって有り得ない事ばかりが当然のように起きているんだから、そう思わざるを得ないだろう。
だとしたら、どうする…?
ウチはこれから、どうすればいい?
どうやって、帰ればいいんだ…?

「香織お姉ちゃん!?」
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「どうした、大丈夫か?」

辿り着いた結論に絶望にも似た虚無感に襲われ、思わずしゃがみ込む。片手で顔を覆うように隠して、深い息を吐き出した。その吐息は何処か震えているようにも感じられて、自分が相当参っている事が分かった。そんなウチの様子を心配して、ベルメールさんがソファへと誘導してくれた。座り込んだウチの前にはナミちゃん達の心配そうな顔が並んでいる。その顔が奇しくもランボ達と重なり、ウチは自然と安心させるような笑みを浮かべていた。
…そうだ、くよくよしていても何も変わらない。
帰るんだ、絶対に。絶対、皆の元へ帰ってみせる。
ぽんぽんと、二人の頭を優しく撫でながらウチは顔を上げた。

『……あの、突拍子のない事なんですが、もう一つ聞きたい事があるんです。』
「?えぇ、何?」
『──この世界では、“異世界”から人がやってくるなんて事、有り得るんですか?』
「…は?」

ウチが問い掛けた質問に、誰しもが呆けた顔を浮かべていた。当然と言えば当然の反応なのだが、この様子ではやはり“有り得ない”事なんだろう。余りの呆けぶりに苦笑を溢しながら、一応補足をしておいた。

『例えばそう言うお伽話だとか、何でも良いんですけど。』
「…異世界、ねぇ。あったかしら…。」
「ノジコ、知ってる?」
「ううん、知らないわ。」
「スマンが私にも記憶にないな…。」
『そうですか…まぁ、そうですよね。すみません、唐突に変な事聞いて…。』
「お姉ちゃん、何でそんな事聞いたの?」
『んー、ウチね、色んな所でそう聞いて回ってんだ。有り得ない御話とか、伝説だとか、その島によって様々だからさ。そう言う不思議な御話が好きなんだよ。』
「へー!!じゃあ色んな御話知ってるの?」
『まぁ、少しだけどな。』
「聞きたい!聞きたい!香織お姉ちゃん、御話聞かせて!」
「あたしも!」
『いいよ、じゃあ座って。』

きゃいきゃいと楽しそうにウチを見る二人を隣に座らせ、ウチは自分の世界ではメジャーな御話を聞かせた。どうやらこの世界では知られていないようで、ウチは密かに胸を撫で下ろす。勿論、あれは嘘っぱちだ。そう言って置けば余り不審に思われず、せいぜい変わり者に見られるくらいで済むだろう。現にゲンさん達も特に追求する事も無く、ただ珍しげに此方を見ているだけだった。
暫くナミちゃん達に付き合ってから、そのまま今日は此処に泊めて頂ける事になった。その申し出は今のウチにとってはとても有難い事だった。荷物は一応あるものの、果たして日本の通貨、いや元の世界の通貨が通用するかは分からない。この分だと当面の間は、この村に留まって稼ぎ先を見つけてお金を貯める他なさそうだ。お金を貯めて、その合間に情報を集めよう。先程の地図を見る限り、大半の面積が海を占めているから多少なりとも航海術をかじっていた方が良いかも知れない。どうやらこの世界は今、大海賊時代とやらを迎えているようだから、きっと船は余り出ていない筈だ。そう自ずとやるべき事を整理していけば、やはり先は長くなりそうだな、と溜め息が漏れる。だが、どんなに時間を費やそうとも絶対帰らなければいけないんだ。だったらやるしかない。少しでも早く戻る為には、今最善の方法へ進むしか道はないのだ。

『(…大丈夫。絶対、何とかしてみせる。)』

カチャリ、と手に握っていたVGボンゴレギアを見つめひと撫ですると、ウチはゆっくりと目を閉じた。


──出来ればこのまま、夢であってくれたらいいのに。


そう何処かで願いながら、ウチは眠りに落ちていった。



end.