四 不完全な君へ

柱合会議の後
義勇は自身の屋敷には帰らず、杏寿郎と共に煉獄家の屋敷へ向かった。あれ程くたくたに疲れていたのに何故か今は全く疲れを感じない。

「水柱!●とは知り合いなのか!」
「……昔に少し」
「ほう!」
「ずいぶん探し回った」

煉獄と義勇は屋敷への道を走る。

煉獄家の屋敷に到着すると、杏寿郎はなんの躊躇いもなく門をくぐる。義勇は門の前で立ち止まり、深呼吸をして呼吸を整えた。

鼓動が速い……。

此処に、●がいるのか。
会うのは頻繁じゃなくとも、いつも俺たちの真ん中に居た●。俺と錆兎が…人生で初めて好きになった女子。


「カァア…アアア!婆……サン!婆サン!」

義勇が屋敷へ足を踏み入れようとすると、右肩に止まっていた義勇専属の年老いたカラスが突然叫び出した。


そのしゃがれた声が聞こえたのか、煉獄家の屋敷の中から1羽のカラスが飛んで来て、義勇の左肩に止まった。

「アラアラ!?ジイサン!!久シブリネ!生キテイタノ」
「カァァ……婆サン…ニハ負ケン」
「………………」

再会を嬉しがるカラス夫婦が両肩で騒ぎ立て、義勇は動くに動けない。それに耳に響く。

「カァァ!ジイサン、マダコノ色男二ツイテイルノネ!私ガ付ク子ハ、皆早ク居ナクナルワ!」
「カァァ……義勇ハ、強イ!カアアァ」

「カラスお婆ちゃん、どこに………」

煉獄家屋敷の門から、カラスを探しに出て来た娘がひょこっと顔を出した。
その娘を視界に捉えた義勇の目は大きく開き、心臓がまたドックンと脈打った。懐かしい雰囲気を持つその娘は、少し背が高くなって、髪も綺麗に伸び幼さを残しつつも、大人の女性になった●だった。
●も、義勇の姿を見て驚いた顔をしている。

「………あ……」
「水柱!両肩にカラスをはべらせて何をしている!この娘が俺の継子である、●だ」

杏寿郎は●の背後からぬっと姿を見せ、自然にその肩へ手を添える。●も特段それに動じる気配はない。

「……………」
「水柱……ですか?」
「うむ!水柱、冨岡義勇!昔からの知り合いと聞いたが、違うのか?」
「……………」

義勇と●は見つめあったまま喋らない。
あれ程探していたのに、いざ会うと言葉が出て来なかった。

義勇を見つめる●を、杏寿郎は意味深に見つめ、絡み合う2人の視線を断ち切るように義勇の前に立った。

「まあ、入れ!水柱。●、茶を頼む」
「は、はい」


義勇は煉獄家の客間に通され、1人座っていた。
目の前では、●でなく煉獄の弟がカチャカチャとお茶を入れてくれている。


「待たせたな、水柱」
「……失礼します」

杏寿郎とその背後に、●の姿があった。義勇は●から目が離せない。その姿を視界に捉える程に胸が鳴る。


綺麗に……なった。
俺は●に鬼殺隊を抜けるよう説得しに来ただけだ。なのに……懐かしいような、この苦しい気持ちは何だ。


義勇と杏寿郎が向き合って座り、●は杏寿郎の斜め後ろに正座した。久方ぶりの再会であるのにも関わらず●は義勇を見ずに、硬い表情で手元にあるお茶を見ていた。千寿郎が入れたお茶からは、ゆらゆらと白い湯気が出ている。
●と義勇を交互に確認した杏寿郎が、一つ息を置いて話し出した。

「水柱。俺の屋敷までわざわざ足を運んだのは、●に話があっての事なのだろう」
「えっ……?」

●は驚いて顔を上げた。
義勇は杏寿郎と同じ模様の羽織を着る●を、今度は睨むように一瞥する。

「……●。鬼殺隊を抜けろ」

表情を変えず静かに言い放たれた言葉に、杏寿郎と●は更に驚いて義勇を見る。義勇の顔は冗談を言っているようには見えない。

「突然何を言い出す」
「……話はそれだけだ。●の分の鬼殺の指令は全て俺が引き受ける」

義勇はそれだけ言うと、静かに立ち上がる。それにつられて●も立ち上がった。

「な、何を突然…!」

●は、心底納得いかないという表情で義勇を見た。そんな●に歩み寄り、手を伸ばした。

「待て、水柱!」

杏寿郎の静止で義勇の手がピクリと震えた。

なんだこれは…
視界がふらつく。
そういえば、長いこと●を探し回っての移動ばかりで寝ていない。

身体から力が抜けていく。










会いたくなかったわけじゃない。

ただ、会うのが怖かったんだ。

●に会って、また自分の想いと戦うのが。
忘れ切ることが出来なかった●へのこの想いのせいだ。俺は、自分で●と他人との幸せを願っておきながら…未練まみれだ。
●に会えば、また醜い自分と向き合わなければならなくなるのは目に見えていた。●には、錆兎がいるのに……



『義勇………頼む………』


『……●を頼む』



義勇がハッと目を覚ますと、見知らぬ天井が見えた。外は暗い。

先日と同じ、狭霧山に居る狐面の錆兎の夢を見た。今度はしっかり錆兎の声が聞き取れた。義勇は深く深呼吸をした。

「錆兎…いいのか。俺に任せてくれるのか」


義勇は布団からゆっくり起き上がり、枕元に畳まれていた自分の羽織を着て、襖を開けた。かなり寝てしまったのか、気分がいい。
暗い廊下には2つほど蝋燭が灯されているが、煉獄家の長い廊下は奥までよく見えない。義勇が一歩、廊下に出ると、トタトタと廊下を歩く足音が聞こえてきた。足音はこちらに向かってくる。

「……あ」

暗い廊下の先から現れたのは、風呂上りなのか、濡れた髪に肌着物1枚という格好の●だった。

蝋燭に照らし出される襟元ははだけて、それでなくても妖しく素肌が透けそうな●のその姿に、義勇は頬を赤く染め、咄嗟に口元を手で覆う。だけど目は逸らさない。

「…………」

そんな義勇に構うことなく●は無言のまま、義勇の横を通り過ぎようとする。義勇はその腕を掴み、自分の寝ていた部屋へ引っ張り込んで襖を閉めた。


「なっ、なにを」
「服を着ろ。髪を乾かせ」
「…………」

義勇は●に背を向けてそう言った。

●はいつもこんな格好で家の中をうろついているのか?…この屋敷には煉獄も弟も居るだろう。煉獄は●のこの姿を見て…。
とてつもない嫉妬心が義勇を包む。

「水柱様の命令は聞きません」
「……………」
「……私は、鬼殺隊を抜ける気はありません」

●は義勇を見ないままそう告げた。
挨拶もなく、突然に鬼殺隊を抜けろと言われたことをかなり根に持っているようだ。

「………」

何だ……
●の俺に対するこの他人行儀な話し方は。……昔はこんな話し方じゃなかった筈だ。まるで初めて会う他人のような。狭霧山での過去を大切に覚えているのは自分だけなのかと思わせる口調だ。

義勇の中では煉獄への嫉妬心と、寂しさが渦巻いた。

「部屋へ戻ります……」
「……………」

義勇は襖を開けようとする●の腕を引き、身体を壁に押しやった。●は、部屋の壁と義勇に身体を挟まれる。すぐ目の前には、隊服に光るボタンが見えた。

「な、何をするんですか」
「………名を」
「え?」

●は、間近に迫る義勇を意味がわからない、と言うように見上げた。義勇の瞳は冷たく、怒気を含んでいるように見えた。

「昔のように…、名を呼べ」
「……い、今は上官と部下です。名前でなど呼べま」
「構わない。それに●は鬼殺隊から抜ける。上官も外官もない」

●は、ムッと義勇を下から睨みつける。そして、迫り来る義勇に臆しながらも口を開いた。

「私は鬼殺隊です!…炎柱煉獄杏寿郎さまの継子です」
「やめておけ。危険すぎる」
「わ、私のことは放っておいて下さい」
「それはできない」

俺はもう、何も遠慮しない。しなくていい。
錆兎に頼むと言われた以上。

●は、俺が。


義勇の手が、風呂上がりで火照った●の頬を優しく撫でる。指がふっくらとした唇に触れ、そのまま首元を通り過ぎ鎖骨を撫でた。

「……ぎ……ゆ……?」
「●………」

義勇の指が再び頬を撫で、お互いの鼻先が当たりそうな程近付いた途端、●は、悲しそうな、泣きそうな顔で義勇を見つめた。その顔を見た義勇はハッと手を止めた。

「●!ここにいたのか!」

襖を勢いよく開けて現れたのは、煉獄杏寿郎。
その音に驚いて2人は急いで距離を取った。義勇は●に背を向ける。

「何をして……む、●。その格好は改めろと言っただろう」

杏寿郎は自身の着ていた羽織を●の肩にかけ、腕の中に抱き込んだ。

「す、すみません、師匠」
「…2人で何をしていた。…いや、何をされた」

杏寿郎の口からいつもの笑みが消え、義勇を横目に睨みつける。いつもとは違う、低い声だ。
●は杏寿郎の腕の中で顔を見上げる。

「同意の元か?」
「ち、違」
「そうだ」

●の言葉を義勇が遮ると、2人の視線が義勇に向かう。

「なっ、何を!水柱ともあろう方が」

嘘をつくとは!
同意の上、というのが気に入らなかったのか●はぷんぷん怒りだした。

「煉獄、話がある」
「昼間の用件か?」

●は、義勇をキッと睨みつけた。

「ぎ…水柱様!私のことは放っておいて下さいと言いました」
「俺も、それはできないと言った」
「…●、部屋へ戻れ」
「……はい」

杏寿郎に言われ、部屋に戻ろうとする●はふいに義勇を振り返った。その顔には影が落ち、悲しそうな怒ったような表情をしている。

「貴方が最初に『俺に構うな』と言ったんですよ…。私の事も…放っておいてください」

絞り出すようにそう言って、●は小走りで部屋に戻って行った。
自分も人に向けて言ったのだから、その心境は理解できるだろうと思って口から出た言葉だった。
全くもって2人の思いは非なるものとも知らずに。



***

2021.11.06編集!

ちょこちょこ編集するかもしれません。

2020.02.22編集
2020.02.19



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